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落武者魂

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Mad Dog Drag ブレーキを取り付けてみた

 自転車用のブレーキと言えば、ドラムブレーキがあげられるわけだけど、生産大手のアライがその製造をやめてしまったので困っている方も多いだろう。アライのドラムブレーキと言えば、超長距離自転車冒険旅行においてその超重量を支えるため、あるいはタンデム自転車で使われることが多いものだったからだ。製品の寿命、耐久性は非常にすばらしく、10万キロくらいではシューの交換さえ必要ないとも言われるが、もしもの故障、あるいは新造自転車に利用できないということで、世界中のサイクリストから不安の声が上がっていたのだ。

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※アライのドラムブレーキ。ずっしり。

 そんな中「アライのドラムブレーキの互換品を作る」という有志が現れた。それから数年、なかなか進捗のほどを聞くことは無かったのだけど、ついにMad dog drag brake(http://maddogdrag.com/)として世に出た。故あって、それを入手したので全世界数千万のタンデムバイクオーナーのためにレポートを記しておこうと思う。それと重旅行車オーナーの方々のために。

 まず、アライのドラムブレーキについて触れておこう。
 タンデムなどの重量車は下りにおいて速度が上がりやすく、減速は難しい。これはグラビティの問題であり、車両の問題ではない。問題というより特性と言うべきだった。映画”インターステラー”にあるように、重力は時空間を越えて伝わり、絆もまたそうであるので、タンデムはグラビティパワーを存分に使うことが出来るのだ。

 下りにおいて最大の問題は、その速度を殺すために発生する熱量だ。きちんと放熱を考えながら運用すればよいのだけど、なかなか常にそうはいかない。あまりにリムが加熱されるとタイヤチューブ内の空気が膨張し破裂することもある。ときに、それはリムを破壊することさえあるという。
 そこで、減速をしつつも、熱量によって破損を招かない装置としてドラッグブレーキ、つまり引きずるブレーキが用意された。これは、たとえばパラシュート(飛行機で言うドラッグシュート)でもいいのだけど、ダウンヒルごとにパラシュートを回収したたむのは大変だ。それでドラムブレーキがよく使われるようになった。自動車で言えば、ハンドブレーキを引きっぱなしにするようなものだ。
 これによって、長く急な下り坂でも、速度を事前に殺し、安全な走行を可能とする。スゴイね。

 ながらくこのドラッグブレーキとしてはアライの製品が用いられ、フレームでもこのブレーキ対応のダボが設けられ、ハブもそのためのネジが切られている。フレーム側ではアライドラムブレーキコンパティブルかどうか、ハブではスレッド(ネジ山)が切ってあるかどうかでドラムブレーキレディかどうかを判別できる。
 Mad dogブレーキは、このアライ規格に準拠するものだ。

 これは、アライのブレーキ。重量が2kg以上もあり非常に重い。熱容量の確保と放熱板が重みを増している。競技用のタンデムロードは、一般的なロードバイクと同様の装備であるので、このような重量物を用いない。また、そのため軽量化されたものも存在しない。このブレーキはもとは一般車向けに作られたのだと思われるが、そういった用途も現在はバンドブレーキなどに代わったため、金型劣化に従って生産終了となったのだろう。
 今では海外のオークションサイトなどでたまに入手できるくらい。ただ、日本各地の観光地のタンデムレンタサイクルに装着されていることがある。ブリヂストンのタンデム自転車が採用していたからで、廃棄車を入手するなどすれば、オークションサイトで少し稼げる・・・かな。

 Mad dogブレーキは、放熱板を廃するなどによって重量を1kg程度にしている。シューなどはアライ互換のようだ。取り付けてみよう。

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※ベースプレートを取り付けた状態。後に説明するが、ベースプレートとハブシャフトスリーブの間にワッシャーを挟んでブレーキカバーとの位置調整をしている。

 まずはベースプレートをハブにとりつける。ねじ込むだけでOK。その後はこんな感じ。

↑内側
ハブ
ベースプレート
ハブシャフトスリーブA
ブレーキカバー
ハブシャフトスリーブB
↓外側

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※ブレーキカバー。というかブレーキ本体。レバーがワイヤで引かれると、内側の半円形のブレーキシューが左右に拡大してベースプレート外径に押し付けられて制動する仕組み。こんなん読むより実際に見れば一目で分かる。

 今回利用したWhite Industryのタンデムハブでは、それがスレッドを切ってあるモデルであっても現在はハブシャフトスリーブが一体化されてしまっていて、ドラムブレーキの取り付けが出来ない。その旨を先方に申し出て、WI社の社内に転がっていた三分割のハブシャフトスリーブを送ってもらった。三分割の真ん中部分を抜いて、そこにブレーキカバーを挟むようにして取り付けるわけ。もしこのブレーキを使うために新造するときは、事前に伝えておくようにした方が良い。もしかしたら、もう無いかもしれない。

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※カバーの表側。

ブレーキカバーと書いたが、こちらが本体とも言える。裏側にはシューなどを動作させる機構、表側にはフレームとの取り付けアームと、ワイヤーで引く動作アーム。フレームとの取り付けアームだが、フレームとブレーキの位置は規格化されていないので、あわないときは「慎重にアームをまげて動作するようとりつけろ」とのこと。精度? なにそれ? ヤンナルネ。

 シャフトが通る穴にはシムがはめ込まれていて、複数の規格に対応する(規格があるか判然としないし、二種類しか対応できないけど)。この写真ではすでに取り外したあとだ。これはただはめ込まれているだけなので、おしこめば外れる。ブレーキカバーとベースプレートとの隙間はシャフトにワッシャーを噛まして調整する。ただまあ、フレーム合わせの割合が多分にあるので、どのような状況にあっても異音を無くすというのは難しいだろう。そこまで規格がしっかりしていない。多少シャリシャリと音がしても、気にしない胆力が必要。

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※手にしているのがハブシャフトスリーブ。三分割されたもっとも外側の部分。真ん中の部分はブレーキを挟む空間になるので、ドラムブレーキ使用時には使用しない。これはWhite Industryのハブの場合なので、他のハブだと違うやり方かもしれない。たとえばWI社のスリーブはネジで固定されるが、DT Swiss社の古いタンデム用ハブでははめるだけ、など。

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※取り付けた状態。結構、高級感がある。

 自転車用ドラムブレーキの仕組み、取り付けに関してはネット上に情報が皆無に等しい。だいたい1990年以前の物事の情報はネットでは見つかりにくいのだ。Mad Dogブレーキを取り付けてる英語のサイトもみつけたが、どうもワッシャーによる隙間の調整を間違っているか、ハブシャフトスリーブの形状上、どうにもならないのか、微妙な感じになっていた。なので、このだらだら書いた読みにくい文章がMad Dogブレーキの唯一のレポートとなるらしい。

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※最終的にはこんな感じ。ワイヤーはちゃんとクイックリリース可能。アライのドラムではクイックリリース用の部品はサードパーティが作っていたようで入手できるかどうか不明。Tandem's Eastに在庫見たような気がする程度。アライに比べるとずいぶんコンパクトに見える。放熱板がないだけだけで随分変わるものだ。

 質感はいいし、重量がほぼ半減するのはとても魅力。旧来のタンデムバイクをモディファイするには悪くない選択だ。もっともドラムブレーキは10万km使ってもシューの交換さえ必要ないというくらい耐久性があるので交換する機会があるのか微妙。また新造する場合にはほぼディスクブレーキになってしまうだろう。
 それでもなお、新しいドラムブレーキを使いたいという方にとってはMad Dogブレーキは最高の選択となるだろう。

シドニー!!!!?

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 さて、1200kmの一方通行のブルベコースともなれば、スタートへどうやって戻るかというのもひとつの問題になる。もちろん日本からシドニーへ飛び、帰りはメルボルンから飛ぶことにすれば問題ないわけだ。けれど、僕はシドニーのホテルへ荷物をおいてきていたし観光もしたかったので、メルボルンから”自転車以外”の方法で帰ることにした。鉄道だ。オーストラリアの長距離列車XPTのシドニー-メルボルン路線(カントリーリンク線)。しかも寝台列車。

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※メルボルン駅。世界的に有名な建築らしい。そして、これは近郊路線。

 メルボルンの駅は有名な建築物のひとつ。広大な波打つ天井が空高くに張られ、その下に多くのホームが並んでいる。その一番はじがXPTのホーム。一日二便が朝晩に出発し、約12時間をかけて両都市を結ぶ。日中を走る昼行便は、ずーっとひたすら荒野を眺め、夜行はひたすら真っ暗な荒野を眺めることができる。なんというか景色的には微妙な路線だが、旅客鉄道としては2011年のPBP後に乗ったパリ-ベニス便の100倍はコンフォータブルであった。

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※ドアの横に荷室っぽいのがあったので自転車などをしまった。右下にあるホイールバッグと灰色のケースがそれ。なお、輪行袋不可。段ボール化。

 車両は1970年代にイギリスで製造されたもの。まだ樹脂よりも金属が幅を効かせていた時代。ステンレスの御殿のような趣がある。なお、自転車を持ち込むには箱(段ボール可)が必要。輪行袋でさえNGとされてしまうので注意。箱がないときは駅で買えるんじゃ・・・ないかな? どうかな?

 車両は二等車、一等車、一等寝台車に別れる。これに食堂車がついている。食堂車というか、売店車か。ちょっとしたスナックなどを購入可能だ。僕らはせっかくなので一等寝台車に乗った。この車両は10個ほどの個室が備えられたもので、個室一つにつき日中便は三名、夜行便は二名が割り当てられる。二つの個室につきひとつのシャワーブース兼洗面所がついているが、これはもうステンレスの工作に溢れた部屋でちょっと圧巻。狭いシャワーブースに洗面ボウル、便座、シャワー台が必要なときにだけ展開するように誂えられている。

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※一等寝台。昼行モードは3人がけ。

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※一等席。二等とどう違うか不明。

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※食堂車・・・というか売店車。

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※ユニットシャワールーム。上段が洗面台、下段がトイレ。下ヒンジの引き出し式。流すときは「戻す」とその傾きで流れる仕組み。二つの向かい合った個室の間にひとつ設置。

 搭乗すると車掌さんがチケットの確認とお泊りセットを持ってきてくれる。これには軽食や飲み物なども含まれており大変オトク。また、このときに朝食のメニューなんかも聞いてくれる。メインはサンドウィッチだったけど、それにつう副食や飲み物なんかを選択できる。

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※一等寝台寝台モード

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※乗客用お泊りセット

 また、ベッドをしつらえてくれるのも車掌さんだ。すぐに寝台状態になってしまうので、座席に座れるのは発車待ちの間だけと思って良いくらい。発車してしまうちまもなく日が落ちてしまうので、シャワーをあびて寝るくらいしかすることがない。そして、目が覚めればもうシドニー間近だ。
 シドニーの駅は、こちらはクラシカルで味わいがある。料金も一泊分のホテル代を考えれば、そう高くはない。ゴージャスな列車ではないけど、ちょっとだけ変わった旅を気軽に楽しめるだろう。

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※シドニー駅!

PAP1200 第四日 パースまで 約230km

 皆が起きていた。外も明るい。みんなは5時に起床、僕は5時半の予定。つまり僕はみんなより遅く起きあがればいいんだよな・・・しかし寒いな。寝袋を閉じ直そう。むにゃむにゃ・・・不思議な夢を見た・・・ボーラを履けば速く走れる! だから一旦家に帰ってボーラを履いてみた。よーし・・・そして気づいた。すでに7時をすぎていることを。って皆いない! 仮眠所のホールはすっかりがらんとしてるじゃないか! 飛び起きて準備。とりあえずドロップバッグになんでもかんでも突っ込む。置き忘れさえ無ければ、どうとでもなる。
 そして7時半にはPCを飛び出した。PCに残っているバイクは5台くらいだったか。ファイナルファイブだ。その一員にY氏もいるようだったが、大丈夫なのか。いや、落ち着け。こういう時こそトラブルが危険で危ない。まだクローズまで1時間半くらいあるんだ。深呼吸して、ゆっくりと。
 朝食代わりに食パンを二枚ひったくるようにして持ってきた。ちぎりつつちぎりつつモグモグ。

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※「あーん、遅刻遅刻! 初参加から寝坊ってヤバいよねー!」

 今日もアップダウンから始まるが、景色はかなり潤いある荒野といった感じだ。あまり荒れてない。主に牧場。潤いを感じるのは雨がぱらつくからかもしれない。ときどきサーッと降って止む。体が冷えるほど濡れることもないけど、これからの天気が気になる。基本的には晴れるみたいだけど。もうひとつ気になるのは風向き。今のところはやや向かい風だ。

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 オールバニから内陸に入ってからの牧場では、その多くで羊が飼育されている。昨日通過したカタニング周辺ではいくつか羊のセリがあることが告知されていたし、ワギンではでっかい羊のスタチューもあった。初日と二日目は牛が多かったが、ここにきて逆転した感じだ。
 ふと気づくとたっくさんの羊がこちらを見ていることに気づく。おやあ、と近づいたりすると一目散に逃げていく。好奇心などでこちらを見ているわけではなくって、警戒しているのだな。

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 ここまで来て問題が発生した。PCとしてポイントされている場所にPCが無い。PCの名称も具体的なものではない(おおきなくくりの地名のみ)ので、データが間違っているとかなりダメージがでかい・・・。コースデータを誤ったのか、それとも道を間違ったのか・・・。たしかに随分とGPSに表示されるPCまでの距離が短いと思ったんだよ。ここのPC間はまだ20km以上あるはず。分岐はほぼ一回のみ。20km行ってみてしまうか、その分岐に戻って後続を待つか・・・。
 後続の人数は少なくっていつ来るかわからないし、ウィリアムズでDNFしてしまっている可能性もある。不安を抱えて進むことにしよう。
 ちょうどこのあたりからハエが湧いてきた。どこからともなくぶんぶん回りを飛び始める。ウザい。野生動物の死体があるわけでもないのに。

 ほとんど車の通らない道だが、アップダウンは続く。やがてけっこう車通りがあってアップダウンが続く道へと合流した。それもやっかいだけど、ロードトレインが来るごとにハエが蹴散らされるのは良い。そうだ、何もかも良いということも、すべてが悪いということもないのだ。世界はバランスによってなりたっているのだなあ。
 そんな悟りを得ることなど出来るはずも無く、20kmほどイライラしながら走る。「この辺だぞ? 大丈夫か? もう戻れないぞ」と焦ってくる視界の隅に「AUDAX」と書かれた小さな看板が見えた。砂利道の入り口の地面に小さく置いてある看板だ。あぶなく通過するところだったよ、と思いつつ入っていくとオダックスオーストラリアトレーラーが設置されたPCだった。よかった、間違ってなかった。
 このPCはハエが多くて閉口だけど、藪でトイレをすませサンドウィッチをぱくつく。先客もいくらかいて、僕は随分と追い上げてきているようだ。よしよし、あと150kmくらい。

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 相変わらずの道を相変わらずのペースで走っていると、”英国オープンカーの集い”とすれ違う。MGとかジャガーE-TYPEとかカニ目とか、そういう奴ら。
 やがてアップダウンが終わり、ちょっとしたダウンヒル。とはいえ、このコースは最高でも300mちょっとなので、ほんとささやかなダウンヒルだ。
  PinjarraのPCは公園の中。小川を渡る細い小さな吊り橋を渡っていく。日本だと「自転車は不可」か「自転車は押しなさい」とか書かれているもんだけど、そんなものは無いし、誰も気にしない。
 それなのに、なんだか不安になる小市民。
 さて、残り85kmくらい。午後8時には到着できるだろう。
 
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 さすがにパースから100km圏内で高速道路(オーストラリアの高速道路は基本的に自転車走行可。初日に高速道路を横切るw箇所が何度かあった)近くとあって、Pinjarraは普通の街だ。昨日のカタニングの寂れてない版って感じ。と書かれてもわかりにくいと思うが・・・。
 その高速道路まで来ると、それをくぐって初日に通ったサイクリングロード。あとは自動車との事故の心配なくパースまで戻れるってわけだ。信号もな・・・ってこのコース、1200kmに信号っていくつあった? 覚えてるのは一箇所だけなんだけど? もしかしたら本当に一箇所しかなかったかもしれない。個人的には最小信号数だな、いままで走った1200kmの中で。

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 サイクリングロードに入ったら待望の追い風。脚がくるくる回る。乾燥したコッペパンをちぎりつつちぎりつつ走る。だんだんとすれ違うサイクリストが増えてくる。通勤サイクリストたちだ。背中にバックパックを背負い、TTバーを握ってものすごいスピードでやってくる。去年のメルボルンに比べるとずいぶん少ないけど、アスリート度はそのぶん上がってる感じ。
 網羅的な地図が見つからなかったのだけど、このサイクリングコースはパースとその周辺都市を単純につなぐだけでなく、住宅街それぞれへ網の目のように広がっている様子。ジャンクションにはそれぞれの行き先と距離が記された看板がかならずあって、まさに自転車用の高速道路網の様相を呈している。遂にGPSは1200kmの走行距離を示す。しかしまだ30km近く残っている。うーん、このおまけはいらない。ほんとにいらない。もうやめたい。うんざりだ。

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 夕暮れ、そして太陽が沈む頃にパースの街に入った。寝坊して2時間ほど遅れてしまったわけだけど、むしろ最高のタイミングで戻ってきたようだ。茜色から群青に移りゆく空に、摩天楼が煌めいている。そして軽く追い風。最高すぎる。いままでで一番素晴らしいゴールのタイミング。
 サウスパースのメインストリートを駆け上がり、最後の交差点(ここにも信号あった!)で止まると、ちょうどシャワーを浴びてリフレッシュしたシアトル軍団がバーへ繰り出しているところだった。「Hi Jun! コングラチュレーション!」とハイタッチしてくれる。うひゃー、すごいタイミングだは。よってたかって詳しくゴールの建物への道筋を説明してくれたり、ってそこに見えてるし、受付したんだからよく知っているんだけどw。

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 そう、ゴールは受付時にも使われたボーリング(日本のボーリングとは違う)倶楽部の建物。入ってゴール受付をすませる。最後のスタンプを押して、メダルをもらう。それとプラスチックのコイン二個。このコインでビールなどのドリンク二杯と引き換えられるらしい。サンドウィッチなどの軽食ももらえるので、ホールにはまだ大勢の参加者たちが歓談をしていた。
 ゴール受付のスタッフに「どうだった?」と聞かれたので「すごい幸せな気分だ。もう自転車に乗らなくていいからね」と答えると、笑ってくれた。

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※オダックス・オーストラリアの実務を一手に担うアリソンさん。問い合わせの対応から、スタッフの配置、実作業その他、どこにいても現れる……。

PAP1200 第三日 ウィリアムズまで 約320km

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 オールバニの次のコントロールは「クラレンス山の記念碑」なるところ。参加者のしおりにはオープン-クローズの時刻が記されていたので、数キロしかないうえに頂上PCなのに? と思っていた。オールバニをぎりぎりで出たら確実にタイムアウトじゃん、と。実際には通過チェックのみ。ただ・・・平均斜度が10%以上で、最後の数百メートルは20%を超える(と後から聞いた)。その最後のセクションは舗装の色も変わっていたので躊躇無く自転車を飛び降り、押して歩いた。ここで脚を使うわけにはいかないのだ。

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 この記念碑はANZACのためのもの。ANZACとはオーストラリア・ニュージーランド連合部隊。第一次世界大戦に大英帝国の同盟国として欧州の戦線に送り込まれる連合部隊は、ここオールバニの泊地で集結して西へ向かったそうだ。当時のオールバニは西オーストラリア最大の港だったのだという。記念碑の上には助け合う両国の騎兵像があるそうだけど、真っ暗で何も見えなかった。
 しかしなんというか、このPCはここから朝日を見るためのものなのだろうけど、よほど遅れているか、脚が強さにまかせてゆったりスタートするかしないとただの暗いPC……。光のトンネルのごとく設置された街灯などがあって奇麗なところもあったけど。

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 日が昇ると暑くなってくる。スターリングランチ国立公園のPCは当初と場所が変わったとのことで迷う。キャンプ場に設置予定が、その数キロ先の道ばたの駐車場になっていた。トイレも日陰も無い。薮に入って用を足そうとするといきなり無数のハエとアブ?のお出迎え。超コワイ・・・。
 とはいえ、道中ではハエもカンガルーの死体も心配したようなことはなかった。初日の夜だけだったな、カンガルーの死体がごろってたのは。ハエもほとんどいないと言っていいだろう。去年に比べれば天国だ。シドニーメルボルンはトラウマ級だよ・・・。

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  次のPCまではずっと北風に悩まされる。ほとんど遮る樹木も無いので吹きさらしだ。そして路面は荒く手の痺れがきつい。足の親指がペンチでつぶされるように痛みだしたのもこのあたりだ。この痛みは久々だが、キツい。伊勢1000での手の痺れは収まって来たようで、やっぱ収まらない。こんなことしてちゃ当たり前だけど。先週からの風邪はこの日はほとんど咳き込むことは無かった。

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 Gnowangerup(ノワンギャラップ? 読めんw)のコントロールでお昼ご飯。西部劇にでてくるようなド田舎の街。スポーツ公園の建物でボランティアの方々が作った食事をとれる。ホールのはじっこでゴロゴロしてたい衝動に教われるが、それをふりきって出発。次はカタニングか。向かい風は相変わらずで、景色も相変わらず。鉄道の路線が加わったくらいか。一回の走っている列車は見なかったけど。途中に小さな停車場と町があった。だいたいこういう田舎町は人の気配が無いのだけど、その小さな町ではコースの脇に自動車のテールゲートに腰掛けた家族が手を振ってくれていた。なんか嬉しい。ただ、参加者もまばらに走っているから、よほど退屈なんじゃないかと思うけど。

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※PBPのオフィシャルのオートバイはロード系だけど、PAPではアメリカン系。

 ロードトレインについても記しておこう。オーストラリアでは鉄道の敷設がされていない地域が広くあり、そこではロードトレインというトラック輸送が行われている。簡単に言えば「列車のように荷台車を連ねたトラック」。ひどいところだと全長100m超におよぶこともあるらしい。PAPの間によく見かけたのは荷台車を2〜3台連ねたタイプ。3台ともなると吸引力はダイソンを上回るのでかなり危ない。
 牽引するトラックもかなり厳しいらしく、遠くから独特の加給音(スーパーチャージャーだと思う)が聞こえてくるので身構えることは出来る。オーストラリアの郊外の道路は対向二車線でも制限速度は110km/hだったりするので結構怖い。

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 カタニングは寂れた都会。都会といってもビルがあるわけではないけど。
 PCは公民館の前におかれた机と食事のつまれたテーブル。休んでけ休んでけ、コーラはいるか? サンドウィッチはどうだ? とかやたら親切にされる。なお、このイベント中、唯一のコーラをここで飲んだ。さらに付け加えると、このイベント中、現金は一切使わなかった。クレジットカードも。すべてPCで提供されるものでまかなえる。超オトク。

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 残るPCはふたつ。ワギンとウィリアムズ。どちらも宿泊可能なPCだが、より遠くのウィリアムズを仮眠所として選択してある。最終日を短くしたいのと、ワギンでは早くつきすぎて眠れない虞があるからだ。そのワギンまではリカンベントに乗った若いアジア人と一緒になった。登りではこちらが、下りでは向こうが速い。そしてここは下り基調のセクション。突き放されて真っ暗な道を進んでいると、彼が止まっている。どうしたの?と問うと「月を見たかい?」と。その指が指し示す方を見るとうっすらとした月。
「月食だよ」
 ああ、そうなのか。そういえば昨晩は月明かりがあったのに、今は真っ暗だ。
「月が隠れたから天の川も見えるよ」
 たしかに天の川まで見える。すごい。半径数十キロにわたって人工的な明かりのほとんどない荒野だ。満天に小さな星々が無数に、そして天の川がぼんやりとかすんで広がっている。月はまだ切れ味鋭く細い。しばし天を見上げながら走る。が、実はGPSの電池が無い。予備は使ってしまった。ドロップバッグには沢山あるのだが、なんで昨晩積み込まなかったかな。
 ここからしばらくは一本道のはず。GPSの電源を落として、遠ざかるリカのテールランプを必死で追う。

 ワギンには8時半ごろ到着。ここもそれなりの規模の街らしい。実のところ、このあたりはパース-オーリバニの最短経路近辺なので、街道沿いならばちゃんとした街があるようだ。このPCで休憩はせずにトイレを済ませ、バナナを食ったらパンを握って出発。もう月食は完全に終わっていて満月(だと思う)があたりを照らしている。街灯と都市の明かりの中で暮らしているとわからないけど、満月の月明かりというのはとてもすごい。ライトを完全に消してしまっても問題なく走ることが出来る。木々や自分の影もはっきりわかるくらいに。

 12時ちょうどくらいにウィリアムズへ到着。貯金9時間。5時半に起きて6時過ぎにスタートすればいいかな。5時に起きるように申告している人が多いようだけど、そのラッシュが済んだくらいがちょうどいいかも。じゃ、そういうことで、とお願いして寝袋にくるまった。

PAP1200 第二日 オールバニまで 330km

 と、ここまで読まれた方はなんとなく感じられていると思うのだけど、話の山場みたいなものは無い。注目すべき名所や、不安高まる難所もない。退屈かと聞かれれば、たいていのロングライドは退屈なものだし、と答えるしかな。このコースを簡単に説明すれば、淡々と繰り返し続けるアップダウンをこなし続けるだけ。なんというか、あれだ。まるでPBPのコースのようだ。どこまでも続く丘陵を抜けてアップダウンがどこまでも続き、ただひたすらペダルを回し続ける。PBPの場合はPCごとの街がちょっとしたスパイス、気分転換になるが、PAPではいつのまにか移り変わっていく植生がそれにあたるだろうか。単純に”荒野”と書いているけど、森林地帯だったり、地平線の彼方まで見通せるようなところだったり、牧場だったりといろいろあるものだ。

 ナニャップを4時頃に出発。気温は6度と表示されていたが、上下ともにゴアのレインウェアを着込んでいるので寒くはない。徐々に夜が明けていくと、ここは森林を抜けていくルートだったことがわかる。広域農道ビーフラインのようだ。少しあたたかくなってきたところで雨具を脱ぐ。やがてペンドルトン(Pemdolton)の街についた。445km地点だ。
 ここでは朝食を食べていたシアトル軍団に合流。一緒にスタートするものの、バックパックを置き忘れていたことに気付いて引き返す。この気づいたポイントまでに10%近い登りが続いていたのでガックシ。しかも当然グループからは脱落ということになる。一人でペースを作るのは意外と厳しい。

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 シアトル軍団の走り方は、休憩後はしばらくウォーミングアップでペースがそこそこ緩い。だから追いつけるかも、と必死に追う。無理。そして足が売り切れ。ペースがガクンと落ちたところに「とても速くて、ゆっくりPCを出ても問題ないからゆっくり出てきた」現地集団がやってきたので「ついてかせて」とお願いしてくっついていく。なんとか千切れずにPCにたどり着くと、シアトル軍団が出ていこうとするところ。カップヌードルをかきこんでそれを追い上げる。なんとか追いついたが、もはや脚は回らず、やがて脱落。またもや一人旅。無駄に脚を使ってしまったけど、こういう目的がなければ一人でだれてもっとペースを落としてしまっていただろうから、プライマイゼロかな。

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 繰り返されるアップダウンが止まらない。アップのてっぺんにあがると、その次の次の次のアップダウンまで見通せるなんてザラ。コースプロフィール(断面図)で見ると、緩やかにいくつかアップダウンが連なってるな、という程度であっても、それらは実はさらに複数のアップダウンで構成されていて、それらも実は・・・というフラクタルアップダウン。どこをとって見ても同じようにアップダウンが繰り返される。アップダウンアップダウン、書き過ぎだ、と思われちゃうかもしれないけど、実際にはもっとたくさんアップダウンがあるのです。

 路面を評すのは難しい。轍などは皆無と言っていいい、ヒビや段差、継ぎ目なんかも無い。工事で掘り起こした跡も、たいていは奇麗にならされている。ほら、日本より路面よっぽどいいじゃん、と言えるかというとそうでもない。表面の粒度が荒いのだ。小石をアスファルトの上で突き固めたような感じ。走っていると細かい振動がずっと伝わってくる。大げさにいうとチェーンソーをずっと握ってるような。大げさだけど。
 おそらくロードトレインのような”超”重量貨物車を前提に敷設されているんだろうと思う。ちょうど大型車のタイヤが通る位置だけさらに目の荒い舗装になっているように見えることもあった。乗用車を運転していてもロードノイズはやかましいらしい。そんな路面だ。ただ、きれいな舗装のところはガラスのようにスムーズで、道路の用途によって舗装を変えているのかもしれない。

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 太陽が天頂から傾き、やや翳りがでてくるころ、デンマークという地域に入った。このような小規模自治体はShireで表現されるようだった。Welcome to Shire of Denmark!、のように。かの赤表紙本に敬意を表して庄と訳したい。つまり、ここは「デンマーク庄」だ。
 ずっと無人の森の中を走っていたけど、ようやく人家がぽつりぽつり。人家というより、工場(きわめて小規模な)などが点在しているらしい。作っているのはケーキやアイスクリームなどが多い。なるほど、デンマークとはデンマーク移民なのだろうな。
※なお、到達したのはデンマーク人らしいが、移民したのかどうかわからない。

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 夕焼けのころにデンマークに設置されたPCへ。600kmを突破。このまま順等にいけば22時過ぎには今晩の宿泊地オールバニへ入れる。手持ちの補給食をざっと鑑みるに、ここでゆっくり食事する必要は無さそうだ。バナナを食べてさくっと出る。すぐに陽が落ちた。テンションも落ちた。だんだんペースが落ちていく。なにもかもが落ちていく。

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 多少、雲は出ているものの、木々の影や地平線は見てとれる。街灯なんかどこにもないのに、と思っていたが、満月にちかい月齢のおかげで月明かりがある。ほとんど一直線と言っていいだろう二車線の幹線道路を黙々と走る。ときどき追いぬかれ、追いぬくことはない。GPSが表示する距離計だけが、進捗を実感できる唯一の指標だ。

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 GPSの電池交換なんかでリフレッシュしつつ(しかし真っ暗なのでそれも一苦労)、ようやくオールバニの街へ。意外としっかりした街で、明るい時間に来ることが出来たならだいぶ印象が違ったんではという感じ。PCの合宿所はだいぶ登った場所にあり、しかも住宅街の奥まったところ。この街は海に面した一面以外は険しい山に囲まれているので、平坦な港の一部以外はどこへ向かってもけっこうな坂だ。そんなわけで10%を上回る坂を登らされるのだけど、PCの場所が見つからず無駄ヒルクライムをしてしまう。それでもようやく、なんとか22時過ぎに到着し、受付でブルベカードにチェックをしてもらう。部屋は早く到着した人は個室、僕らくらいの到着だと四人部屋。そしてもっと遅い人は廊下に雑魚寝だったそうだ。なんという格差社会。実はここは「しおり」では個室だとの事だったので、四人部屋になってしまってちょっと残念。でも、仕方ないね。
 食事・シャワー・睡眠・朝食のルーチンをこなして、翌朝は4時ごろに出発予定だ。残りは500km強。
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