アクセス解析
【落武者魂】 2013年12月19日
FC2ブログ

落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

カテゴリ

検索フォーム

2013年12月19日

2013/12/19  シドニー!!!!
2013/12/19  シドニー!!!

シドニー!!!!



 寝るときにはDNFルーザーズしかいなかった寝台部屋にもいつのまにかたくさんの参加者がつめこまれ、真っ暗ななか準備をする。まるで見えないうえに音も立てにくいとあって持ち物のを確認できず、いくつもの忘れ物をしてしまったが、それに気付いたのはずっと後のこと。ゴールしてからのことだ。朝5時頃に食堂へ行き、朝ご飯を食う。そして紅茶を飲んでいるとブルベカードも用意されていた。スタートのサインをもらって、さあ、行くか。SMA1200-mini 200kmブルベ。

 すでに明るくなって行く空の下、マンスフィールドを出発してからしばらくは、ゆるやかに下りながら(感じないほどの下りだけど)一直線に進んで行く。早朝のためにクルマ通りはほぼ皆無で気持ちのよいサイクリングだ。なんとなしに去年の北海道ヘルウィーク、600kmブルベで中標津からしばらくの道がこんなんだったかな、と思う。トンットンットンッという音が響いて来てなにかと思ったら、カンガルーとすれ違うところだった。初めて見る「生きた」カンガルー。野生のカンガルーだ。

 青い色調の世界の彩度があがりだすと、少しずつ風が吹いてくる。
「さすがに一日休んでるから脚が回ってるなー」とか思っていたら、オーストラリアトレインにぶち抜かれる。なんというか、倍違うよ、あれは。っていうかあのペースで4日目か。あのくらいのペースでも走りながら回復できるんだろうな、ああいう人たちは。食ってるものが違うってやつかね。


※サインボード。最終日はいくつかみかけた。ひっそりと慎ましく置かれている。

 そのうち単独で走っている別の参加者に追いついた。
 おまえどっから来た?
 日本だ。
 日本か。Tってやつにあったぜ。面白いやつだな。
「ところで眠そうだけど、大丈夫?」
「マンスフィールドで寝なかったんだ。そのときは眠く無かったんだが、いまは辛くなって来た」
 というわけで、しばらく彼の目覚ましを兼ねて並んでおしゃべりしながら走った。辛いとか、こんなに登るとは聞いてねえぞ、とかそういう話。あと死んでるカンガルーのこと。
 そのうち風が強くなり、彼は僕の後ろに回って風をやりすごそうとするが、ほどなく坂が始まってちぎれていった。

 ところで、このブルベは冗談なんだよな? 最後の200kmをルーザーでも楽しんでくれよな、ってことだよな。面倒だからPCのオープンクローズは1200kmとあわせてあるか、そもそも存在しないか、そんなとこだよな。ブルベカードちゃんと見てなかったけど・・・まさか・・・。もしや・・・。

 PC1はYEA。”イエー”と読む。ちなみに昨日乗ったクルマのボランティア用ドキュメントに「YOKOSO YEA E」というメモ書きがしてあった。ヨーコソ イエー エ。日本人にも発音しにくい・・・。 

 ここでブルベカードを広げてみると・・・ああ、なんてこと。オープンクローズはT+x:xx という表示で書いてある。Tはスタート時間。そして最後のゴールクローズを見ると、それはT+13:30。つまり普通の200kmブルベと同じ規格だ。このコースは220km弱。ブルベのルールでは「最低200km、1割の増加までは200kmブルベのコースとして適格」なはず。そしてその場合のクローズ時間は200kmブルベとかわらない。20km弱追加されたからといって制限時間はかわらない。なんという罠。トラップ。本来なら、ここは平均12km/hくらいで走ればクローズにはひっかからない。だが、SMA1200-miniでは15km/h以上で走らないとアウト。たった3km/hの違い。だが一日休んだとはいえ、そこまで540km/8000mを走って来たのだ。疲労は完全には抜けていない。

 YEAの町をでてメルボルンへ。この辺の幹線道路ではついに「メルボルンまでxxkm」の表示が出始めた。だが、僕らはその幹線道路で突っ切るわけではない。道はぶどう畑の丘陵へそれて、さらに余計な山並みへと切り込んでいく。高い木々による林に囲まれているというのが、ここまでの山道とは違っている。ずいぶん穏やかな景色になってきたが、登りは優しく無い。最後まで、最後まで苦しめる気か。

 森の中の村を乗り越えたら、林の中を下るワインディング。SMA1200で唯一の楽しい下り。途中でタイヤのサイドカットで停止している日本からの参加者をみつけて停止。ずいぶん昔からサドルバッグにつっこんであったタイアブートを進呈して、ヒールズビルへ向かう。癒しの村。だが、二人して走っていてPCを見落としたようだ。村を抜けてもPCが見つからない。近くを歩いている人に聞いて戻るも、やっぱりみつからず。村の奥へ入ってみるがわからず、その先で道路工事をしていた人に聞いて、さらに戻ることを知る。「アマチュア・レーシング・クラブ」という施設だから、てっきり小さなモーターサーキットかと思っていたが、実は馬場だった。道路からはPCは見えないけど、看板は置いてあったのでなんで見落としたのだろう。


※なんで見落としたんだろう。

 さて、ざっくり計算するとよほどのトラブルが無ければ完走は問題なさそうだ。12時間くらいかな。あれ? 200kmブルベって12時間半だっけ? 13時間半だっけ? いつもわかんなくなるんだよね。ヒールズビルを離れると、段々交通量が増えてくる。すぐに「段々」ではなくって「如実」に増えてきた。路肩は無いし、トラックはほとんど自転車を避けてくれない。すごいストレスフル。メルボルンの端っこにかかったようで、ファストフードの店がロードサイドに並んでいるのが見えた。さっそくマクドナルドへ入ってみる。
 オーストラリアのマクドナルドはなぜかマクドナルドとマックカフェのカウンターが別個にある。コーヒーなどはカフェでないと買えないそうだ。僕はとりあえず値段を見て「400円くらいの」チーズバーガーセットを、と頼んで400円(円換算)を払う。チーズバーガーだけが置かれる。おそるおそるメニューを確認すると、単品400円かよ。コーラをさらに頼むと400円を追加で取られた。チーズバーガーとコーラで800円・・・。


※メルボルンに入ろうというあたり。このあたりから交通量が増えてくる。

 チーズバーガーを食べながら一息ついていると、ふと虚しくなってもくる。うーん、1200km走るためにきたというのに、200km走れるって喜んでたら駄目だよなあ。もう少し悔しく思わないといけないんじゃないだろうか。でも、圧倒的に走力不足だったから悔しさもなあ。ああ、でもこれが悔しいって気持ちなのかもしれない。

 町に入るとなぜか坂はよりきつくなり、その脇をトラックその他がゴンゴン突っ走ってくるという恐怖のシチュエーション。イメージで言えば、サンフランシスコ並みの坂に都内甲州街道なみの交通量。辛い辛い。こんな状況で自転車なんか走れるのかよ(退勤時間前後のせいもあったかも)・・・と思っていると、町の中に進むにつれ自転車通勤者みたいなのが増えてくる。だがこんどは路面電車のレールも増えてくる。雨もパラパラ落ちて来た。信号も多いし、道も分かりにくい。わかりにくいのでGPSの地図サイズを変更すると電源が落ちる症状がでる。やっぱなんかデータに問題あるんだろうな。キャンベラのときと同じで、データ量が多いと何か問題が入り込んじゃうんだろう。

 公園内のサイクリングロードに入るべきところを通過してちょっと迷う。サイクリングロードっても、遊歩道みたいなものだ。夜間は閉鎖されるそうで、ギリギリゴールを目指していた人たち(およびスタッフ)はずいぶん混乱したそうだ。さて、最後の退勤ラッシュの大渋滞の道から、川沿いに建設されたサイクリングロードへ入る。ものすごい数のツーキニスト。しかもやたら速い。そんなに広くは無いのだけど、追い越しをしかけてくる人は少なく無いから要注意。さらに道が閉鎖されてるっなんで? 道を間違えた? と思ったら、船着き場の出口にサイクリングロードがかかっていて、そこが可動橋になっているようだ。ちょうどボートを出しているところのようで、随分と待たされる。対岸を見てみると退勤ツーキニストたちが大渋滞を起こしている。


※1


※2


※3 左下にいるブルーシートをかぶった人は釣り人。

 雨は小降りだけど、段々強くなって来た。町中の大渋滞にもまれながらゴールの公園へ。ツーキニストトレインにくっついて渋滞を切り抜け、湖畔へ出る。建物がどれだかわかんなくって困ったけど、なんとかヨットクラブに到着。ブルベカードを提出。約12時間でゴール。
 やれやれ、もう走らなくていいんだ。


※ツーキニスト逃げ集団。



 ヨットクラブの二階はパーティ会場になっていて、すでにゴールした人たちと、ボランティアスタッフの人たちが歓談していた。というか、本当にボランティアスタッフの人たちなんだろうか。ずいぶんと人数がいるんだけど。適当に参加者へのインタビューがあったり、パース・アルバニー・パースへのお誘いがあったり。10時頃になってお開きになったので、ジャンボタクシーを呼んでもらってホテルへ帰った。シドニーのタクシー料金よりずいぶん安かった気がするけど、なんでだろうか。



 駅前のホテルもビジネス向けだからかシドニーより広くて安い。朝食はちょっと高いみたいだったから、明日の朝はどこか散歩がてら喫茶店を見つけて摂ろうか。とりあえず今はおやすみメルボルン。


特別編につづく
スポンサーサイト



シドニー!!!

 午前4時に起きて用意をした。まだ外は暗いが1時間も経たないうちに明るくなるだろう。こちらは日本で言う5月くらいなので日が長いのだ。食堂で食事をしながら、スタッフに「ところで、自転車に乗らずにメルボルンへ到達する方法はないかな?」と尋ねる。だって昨日、精魂尽き果ててリタイヤを余儀なくされたのに、今日になって急に走れるわけなくね? とかなめたことを考え始めてしまったのだ。
 もっとも、公共交通機関の疎な国なので、誰もはっきりとした答えを持たなかったのだけど、結局「っていうか、ドロップバッグとか運んでるトラックに自転車載っけてってやるんだから、それでいいんじゃねえの? 明日から走ればいいじゃん」っていう話になる。すでに心は折れているので、それなら助かるなあという気持ちでスタッフの撤収までだらだら過ごすことにした。

※ちなみに後で調査したところ、ローレルヒルまで長距離バスが来ているようなので、それに載っけてどこかの駅へ行きメルボルンまで行くことは出来るようだ。また、鉄道に自転車を乗せる場合は「箱」が必要で袋ではダメらしい。実際にシドニーへ帰る便でダメだと言われたようだ。バスに乗せることが出来るかどうかもイマイチ不明。たぶん箱に入れれば荷物室に入れてもらえると思うだのけど。いずれにしろオーストラリアブルベでのDNFはかなり厄介そうだ(というか日本が帰還しやすいだけか)。長距離鉄道もバスも1日一便かそこらだろう。



 ドロップバッグのトラックに自転車を積み込むのだが、どうやるのかなと思ったらドロップバッグの山の上に自転車を置いてくだけだった。スタッフが豪快にドロップバッグの山を踏みしめて登り、自転車をぐいっと押し込む感じ。ああ、こりゃ飛行機に積み込む荷物なんかボロボロに壊れるはずだよ。そんなの全然気にしないって言うのが常識なのだもの。



 人間はボランティアスタッフのおばさんのクルマで移動。このかたは参加者ポールの奥さんで、シドニーから800kmのところからポールのサポートを兼ねてボランティアをしているようだ。つまり片道2000km運転するわけ。独りで。で、帰りはポールを乗せてクルマで帰るわけでトータル4000kmかよ。実のところ、彼女はすっかり疲れているようで運転を代わって欲しいとしきりにぼやいていた。でも免許も保険も無いからなあ。申し訳なし。
 幸いだったのは、この人は大阪で英語の教師をやっていたとのことで、僕の拙い英会話能力でもつきあってもらえた。それでいくらかお手伝いもしたのだけど、面倒なので割愛。


※巨大なユーカリの木が倒れている。ダウンヒルのコーナーの先。陽が落ちるとかなり危険だ。そして電話も通じない。深夜、この下りでウォンバットと衝突した参加者は、何時間も倒れたままでたまたま通りかかったクルマに救出された。なにしろ連絡手段が無いから。ちなみに倒木は国立公園へ連絡して撤去されたようだ。

 ヒュームレイクで他の参加者を見送り、乗せてもらうクルマが変わってマンスフィールド方面へ向かう。途中、倒木をみつけてどかそうと試みたり、道に迷ったりしながらその日の宿泊地へ。まだ午後6時くらいだったと思うのだけど、すでに10台以上のバイクが到着していた。半日で340km/4000mを越えて来るのね、フツーに。この時点で、他の日本人参加者の状況は不明。晩飯を食っていると、主催スタッフがやってきた。
「おいお前ら、明日の朝ブルベカードやるからな」
 なに言ってるんだこのオヤジは、と思っていたら、参加申込書(兼権利放棄書)が渡された。Audax Australiaの書類だ。そのイベント名の欄にオヤジがこう書き込む。
”SMA1200-mini 200km。”
 なるほど、最後の200km(正確には220km弱)を200kmブルベに見立てて走ってみろということか。なるほど、それは面白い趣向だ。あの高地で蠅にたかられて死体になってしまったと思っていたが、実は生きていたとは。そうじゃないかとは思っていたが・・・。


※超速い人たち。左の黒いシャツの人も参加者。くつろぎモードに着替えてる。

 つづく。