寝るときにはDNFルーザーズしかいなかった寝台部屋にもいつのまにかたくさんの参加者がつめこまれ、真っ暗ななか準備をする。まるで見えないうえに音も立てにくいとあって持ち物のを確認できず、いくつもの忘れ物をしてしまったが、それに気付いたのはずっと後のこと。ゴールしてからのことだ。朝5時頃に食堂へ行き、朝ご飯を食う。そして紅茶を飲んでいるとブルベカードも用意されていた。スタートのサインをもらって、さあ、行くか。SMA1200-mini 200kmブルベ。
すでに明るくなって行く空の下、マンスフィールドを出発してからしばらくは、ゆるやかに下りながら(感じないほどの下りだけど)一直線に進んで行く。早朝のためにクルマ通りはほぼ皆無で気持ちのよいサイクリングだ。なんとなしに去年の北海道ヘルウィーク、600kmブルベで中標津からしばらくの道がこんなんだったかな、と思う。トンットンットンッという音が響いて来てなにかと思ったら、カンガルーとすれ違うところだった。初めて見る「生きた」カンガルー。野生のカンガルーだ。
青い色調の世界の彩度があがりだすと、少しずつ風が吹いてくる。
「さすがに一日休んでるから脚が回ってるなー」とか思っていたら、オーストラリアトレインにぶち抜かれる。なんというか、倍違うよ、あれは。っていうかあのペースで4日目か。あのくらいのペースでも走りながら回復できるんだろうな、ああいう人たちは。食ってるものが違うってやつかね。
※サインボード。最終日はいくつかみかけた。ひっそりと慎ましく置かれている。
そのうち単独で走っている別の参加者に追いついた。
おまえどっから来た?
日本だ。
日本か。Tってやつにあったぜ。面白いやつだな。
「ところで眠そうだけど、大丈夫?」
「マンスフィールドで寝なかったんだ。そのときは眠く無かったんだが、いまは辛くなって来た」
というわけで、しばらく彼の目覚ましを兼ねて並んでおしゃべりしながら走った。辛いとか、こんなに登るとは聞いてねえぞ、とかそういう話。あと死んでるカンガルーのこと。
そのうち風が強くなり、彼は僕の後ろに回って風をやりすごそうとするが、ほどなく坂が始まってちぎれていった。
ところで、このブルベは冗談なんだよな? 最後の200kmをルーザーでも楽しんでくれよな、ってことだよな。面倒だからPCのオープンクローズは1200kmとあわせてあるか、そもそも存在しないか、そんなとこだよな。ブルベカードちゃんと見てなかったけど・・・まさか・・・。もしや・・・。
PC1はYEA。”イエー”と読む。ちなみに昨日乗ったクルマのボランティア用ドキュメントに「YOKOSO YEA E」というメモ書きがしてあった。ヨーコソ イエー エ。日本人にも発音しにくい・・・。
ここでブルベカードを広げてみると・・・ああ、なんてこと。オープンクローズはT+x:xx という表示で書いてある。Tはスタート時間。そして最後のゴールクローズを見ると、それはT+13:30。つまり普通の200kmブルベと同じ規格だ。このコースは220km弱。ブルベのルールでは「最低200km、1割の増加までは200kmブルベのコースとして適格」なはず。そしてその場合のクローズ時間は200kmブルベとかわらない。20km弱追加されたからといって制限時間はかわらない。なんという罠。トラップ。本来なら、ここは平均12km/hくらいで走ればクローズにはひっかからない。だが、SMA1200-miniでは15km/h以上で走らないとアウト。たった3km/hの違い。だが一日休んだとはいえ、そこまで540km/8000mを走って来たのだ。疲労は完全には抜けていない。
YEAの町をでてメルボルンへ。この辺の幹線道路ではついに「メルボルンまでxxkm」の表示が出始めた。だが、僕らはその幹線道路で突っ切るわけではない。道はぶどう畑の丘陵へそれて、さらに余計な山並みへと切り込んでいく。高い木々による林に囲まれているというのが、ここまでの山道とは違っている。ずいぶん穏やかな景色になってきたが、登りは優しく無い。最後まで、最後まで苦しめる気か。
森の中の村を乗り越えたら、林の中を下るワインディング。SMA1200で唯一の楽しい下り。途中でタイヤのサイドカットで停止している日本からの参加者をみつけて停止。ずいぶん昔からサドルバッグにつっこんであったタイアブートを進呈して、ヒールズビルへ向かう。癒しの村。だが、二人して走っていてPCを見落としたようだ。村を抜けてもPCが見つからない。近くを歩いている人に聞いて戻るも、やっぱりみつからず。村の奥へ入ってみるがわからず、その先で道路工事をしていた人に聞いて、さらに戻ることを知る。「アマチュア・レーシング・クラブ」という施設だから、てっきり小さなモーターサーキットかと思っていたが、実は馬場だった。道路からはPCは見えないけど、看板は置いてあったのでなんで見落としたのだろう。
※なんで見落としたんだろう。
さて、ざっくり計算するとよほどのトラブルが無ければ完走は問題なさそうだ。12時間くらいかな。あれ? 200kmブルベって12時間半だっけ? 13時間半だっけ? いつもわかんなくなるんだよね。ヒールズビルを離れると、段々交通量が増えてくる。すぐに「段々」ではなくって「如実」に増えてきた。路肩は無いし、トラックはほとんど自転車を避けてくれない。すごいストレスフル。メルボルンの端っこにかかったようで、ファストフードの店がロードサイドに並んでいるのが見えた。さっそくマクドナルドへ入ってみる。
オーストラリアのマクドナルドはなぜかマクドナルドとマックカフェのカウンターが別個にある。コーヒーなどはカフェでないと買えないそうだ。僕はとりあえず値段を見て「400円くらいの」チーズバーガーセットを、と頼んで400円(円換算)を払う。チーズバーガーだけが置かれる。おそるおそるメニューを確認すると、単品400円かよ。コーラをさらに頼むと400円を追加で取られた。チーズバーガーとコーラで800円・・・。
※メルボルンに入ろうというあたり。このあたりから交通量が増えてくる。
チーズバーガーを食べながら一息ついていると、ふと虚しくなってもくる。うーん、1200km走るためにきたというのに、200km走れるって喜んでたら駄目だよなあ。もう少し悔しく思わないといけないんじゃないだろうか。でも、圧倒的に走力不足だったから悔しさもなあ。ああ、でもこれが悔しいって気持ちなのかもしれない。
町に入るとなぜか坂はよりきつくなり、その脇をトラックその他がゴンゴン突っ走ってくるという恐怖のシチュエーション。イメージで言えば、サンフランシスコ並みの坂に都内甲州街道なみの交通量。辛い辛い。こんな状況で自転車なんか走れるのかよ(退勤時間前後のせいもあったかも)・・・と思っていると、町の中に進むにつれ自転車通勤者みたいなのが増えてくる。だがこんどは路面電車のレールも増えてくる。雨もパラパラ落ちて来た。信号も多いし、道も分かりにくい。わかりにくいのでGPSの地図サイズを変更すると電源が落ちる症状がでる。やっぱなんかデータに問題あるんだろうな。キャンベラのときと同じで、データ量が多いと何か問題が入り込んじゃうんだろう。
公園内のサイクリングロードに入るべきところを通過してちょっと迷う。サイクリングロードっても、遊歩道みたいなものだ。夜間は閉鎖されるそうで、ギリギリゴールを目指していた人たち(およびスタッフ)はずいぶん混乱したそうだ。さて、最後の退勤ラッシュの大渋滞の道から、川沿いに建設されたサイクリングロードへ入る。ものすごい数のツーキニスト。しかもやたら速い。そんなに広くは無いのだけど、追い越しをしかけてくる人は少なく無いから要注意。さらに道が閉鎖されてるっなんで? 道を間違えた? と思ったら、船着き場の出口にサイクリングロードがかかっていて、そこが可動橋になっているようだ。ちょうどボートを出しているところのようで、随分と待たされる。対岸を見てみると退勤ツーキニストたちが大渋滞を起こしている。
※1
※2
※3 左下にいるブルーシートをかぶった人は釣り人。
雨は小降りだけど、段々強くなって来た。町中の大渋滞にもまれながらゴールの公園へ。ツーキニストトレインにくっついて渋滞を切り抜け、湖畔へ出る。建物がどれだかわかんなくって困ったけど、なんとかヨットクラブに到着。ブルベカードを提出。約12時間でゴール。
やれやれ、もう走らなくていいんだ。
※ツーキニスト逃げ集団。
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ヨットクラブの二階はパーティ会場になっていて、すでにゴールした人たちと、ボランティアスタッフの人たちが歓談していた。というか、本当にボランティアスタッフの人たちなんだろうか。ずいぶんと人数がいるんだけど。適当に参加者へのインタビューがあったり、パース・アルバニー・パースへのお誘いがあったり。10時頃になってお開きになったので、ジャンボタクシーを呼んでもらってホテルへ帰った。シドニーのタクシー料金よりずいぶん安かった気がするけど、なんでだろうか。
駅前のホテルもビジネス向けだからかシドニーより広くて安い。朝食はちょっと高いみたいだったから、明日の朝はどこか散歩がてら喫茶店を見つけて摂ろうか。とりあえず今はおやすみメルボルン。
特別編につづく