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【落武者魂】 2013年06月

落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

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本当はキビシいSR600 Fuji その四

 甲府盆地へ降りてきた。気温は若干上がっているようだが、どうにも肌寒い。この肌寒さは気温や陽のぬくもりが無いからということではないだろう。体内のエネルギーが不足しているように感じる。韮崎までおりてしまえば、この道にはロードサイドのファミレスやスーパーなどがあるから、そこで休もうという話になっていたのだが、結局デニーズとなった。デニーズではハンバーグにご飯大盛りを注文したのだけど、胃腸が既にやられていて半分も食べられない。なんという情けなさ。思えば、GRRでは途中で腹を悪くして「食べない作戦」を実施したし、PBPでは食えなくなってスティックシュガーでカロリー補給をしていた。
 よくまあ、こんな体たらくでこんな遊びを続けているものだ。
 I氏はしっかり食べているようで羨ましい・・・ねたましい・・・。

 ちょっとテーブルにつっぷしてまどろむ。
 もう時間なんかテキトーなんで、どんくらいこの店にいたのかわからなかったが、ログをみてみると一時間以上は滞在していたことは確かなようだ。ずいぶん休んでたんだな。デニーズにはドリンクバーは無いなあ、と思っていたらI氏が「飲み放題オプション」があることを発見し、温かいお茶も飲むことができた。まあ、多少なりと休めた。次のPCまで行こうか。

 次のPCの芦川駅に行く間にコンビニによる。これからの気温の低さを恐れて、レインパンツを買うことにした。レインパンツなんていうおしゃれなもんじゃなくって、雨合羽だな。ついでにカッターも買って膝丈で切る・・・つもりが切りすぎて小学生の短パンみたくなってしまった。まあ、しかたないね。カッコ悪いけど、それを履くことにした。まあ、考えようによっては蒸れなくていいかも。

 芦川駅は特筆することもない小さな無人駅。時間をみると既に12時。
 えーと、このまま行くと山中湖は4時くらいかなあ。ちょうど夜明け前で中途半端だなあ、思い切ってどこかで休めば朝の素晴らしい景色の富士山を望むことができるんじゃないだろうか。



 道が盆地を抜けようとし始めると、交通量もさっぱりと減ってしまった。最後の大きな峠、若彦峠(トンネル)。だいたい2~2時間半かな、と目星をつけて登り始める。疲労と眠気であまり出力が出ない。ひたすら登り一本の峠道。こういう場面では、どうしても集中力が散漫になりやすい。どこかで寝る場所はないかと思うが、I氏はこの峠に多いというイノシシを懸念して、もう少し良い場所にしようという。

 イノシシで思い出したが、八ヶ岳周辺では野生動物に注意だ。麦草のてっぺんのあたりでは多くの鹿をみかけた。また、野辺山からの下りでは、目の前を狸が横切ったことも・・・・・・。一歩間違えれば事故につながりかねないだけに、疲労の極みにあっても念頭において注意しながら走って欲しい。

 さて、I氏に置いていかれて一人旅。どうもこの谷間は風が吹き込んできて寒いな、とか思いながらとぼとぼと登っていく。どれほどたっただろう、I氏が「ここで休もう」と道の駅のようなところへ案内してくれる。建物の中には入れなかったが、いくらかは風をふせげる場所をみつけ、二人で休む。もう若彦トンネルまではひと頑張り。

 しかしまあ、寝ては見たものの・・・寒い、僕の寝床は風が巻き込んできている。なんとか調整するものの、うまくいかない。風邪ひきたくないなあ、などと思いつつうとうとしていたら、枕元(枕なんかないけど)でカツカツカツカツと足音がしてハッと目が覚める。でも誰もいない、何もいない。その後も、誰かが僕らの寝床をのぞき込んでいるような気がして、台湾の参加者が追いついてきたのかな、と目を覚ますものの、やっぱり何もなし。うーん、夢うつつというやつだったのだろうか。それとも野生動物が通りがかったのだろうか。

 ここを30分ほど休んで立ち去り、若彦トンネルを越えたのはもう午前3時過ぎ。残り時間は7時間を切ったが、もう残り距離はあまりない、ような気がする。でも道志みちだけでも3時間くらいはかかるよな。余裕があるとしても2時間程度かな。下りきればそこは河口湖畔。セブン-イレブンへ突入し、しばし休憩。I氏はとても眠そうで、どうみても疲れているのだけど、全然疲れていないという。たぶん、疲労というものについての感覚というか概念が違うのだろう。ちなみに、こういうやりとりをするといつも漫画「キリン」の中で出てくるやりとりを思い出す。若者がベテランのライダー”キリン”に「カタナは高速になるとハンドルがぶれますよね」と聞くと「ぶれねーよ」って返され「後ろから見てたってあんなにハンドル取られているのにッ」って思う場面を。

 僕はといえば、相当疲れている。体がエネルギーを欲しているのでペヤングを食った。外は寒いので「海外のコンビニみたいに店内でテキトーに飲食できればいいのにな」と思いながら食す。北海道ヘブンウィークでは、夜間にずぶ濡れのランドナーたちを店内でパイプ椅子まで出してきて食わせてくれたコンビニの店主がいたなあ。あれは根室だったか。本当にありがたかった。

 ここでも30分休んだ。走りだすが、I氏はあまり疲れがとれてないようにも見える。夜明けの時間だからな。ふと見ると、視界一杯に富士の姿が群青の闇の中から浮かんできている。なんたる巨大さ。刻一刻と変わる朝の光の中で、富士は様々に色と姿を変えていく。こんなのを見るのは初めてだ。群青の空を背景に、赤く染まる富士。ああ、これはまさしく赤富士だ。それはほんのひと時の事だったが、これ以上に忘れえぬ富士の姿はもう見ることは無いだろう。



 河口湖からはだらだらと登って山中湖。すっかり空は晴れ渡り、PCでの撮影スポットではこれまでにないほどパノラマ的な富士山を撮ることができた。風もなく湖面に映る富士もくっきり。初日の闇・霧・雨の渋峠に佇んでいたことがウソのようだ。台湾チームもこの風景を見ることが出来れば良いが。

 そういえば、僕のボトルだが、K氏は残念ながら体調不良でDNFしたようだった。しかし一日目の夜を渋峠で過ごし、二日目の夜は美ヶ原で過ごすとは・・・・・・。それだけで体調不良になってもおかしくないだろうと思うが、丈夫な人たちのことはよくわからない。結局、ペットボトルで過ごしてきたのだけど、思ったよりは不便ではなかった。登りは山道で交通量も少なく速度も出ないので、ペットボトルの蓋を開けるという作業はさほど支障がなく、下りでは飲む必要は特にない。平坦路が長く続くような所では、やはり自転車用ボトルでないと面倒がありそうだけど、幸いながらこのコースにそんな場所はほとんど無い。一番大きなデメリットは、カッコ悪いことだけだ。どうみても初心者っぽい。

 道志みちへの入り口、山伏峠はもはや峠という峠とも思えない。いつのまにか通過してしまった、くらいの感じで道志の渓谷へ入る。ここからはほとんどダウンヒル。陽も昇り、どこかで防寒装備を脱ぎたいなと思っていたが、いくらか眠気も強まって来たので広い歩道で少し休むことにした。・・・・・・あっという間に30分たっていた。ふたりともアラームもなく寝転んでいたので、一歩間違えるとタイムアウトしそうだったな。これで余裕時間は1時間前後になった。パンクの一回二回はなんとかなるが、大トラブルがあるとビミョーだ。それに道志が終わって相模に入ると、意外とアップダウンがあるんだよな、とぼんやりした頭で思う(実際には高尾へ向かう道にはアップダウンは面倒なほどではない)。

 道志ではやたら飛ばすクルマに時々出くわしてうんざりするが(日中の方が平和っぽい。朝方は観光に向かうサンデードライバーがかっこつけて飛ばしているようだ)、津久井あたりからの通勤ラッシュはそれに輪をかけて酷い。週末といえど、土曜日は物流が動いているのでダンプカーとトラックが多く、高尾南方のか細い道路はどれも詰まってしまっているのだ。便秘状態でどうにもならない道路を「ああ、最後まで気分よく走れればなー」とか思いつつだらだら進み、ゴールの高尾駅へ滑り込んだのはタイムアウトの一時間前。想定通りといったところ。

 しぶとく走り続けている台湾チームのふたりを迎えてから、風呂と仮眠をとるべく高尾の健康ランドへ向かった。なんというか、もう走らなくていいんだと思うと、ものすごい開放感・・・・・・。



自分なりのSR600Fujiコメント
・登りでの大変さを、下りで取り返せる無理の無いコース設定。ただし、下りでのワンミス・ワンアクシデントは、致命的な結果を招きがち。十分に注意し、注意力が低下したらただちに休憩しましょう。

・下りで取り返せるコース・・・・・・は天候に左右されやすいです。とくに高所が多いSR600では天候不順である可能性もありますが、無理はしないように。あくまで遊びです。楽しめる程度の「無理」で。

・標高2000メートルの気温は、外界とは全然違います。悪天候下では簡単に低体温に陥ります。防寒防雨装備は十分にしたほうが無難です。下りでも役立つし。

・途中、補給が難しい場所が続く場面があります。緊急用の補給食は常に備えたほうが良いですよ。

・ボトルを置いてかないように(台湾の人もボトルを置き忘れ、たまたまK氏が拾うという心あたたまるエピソードもw)。

そんなわけで、SR600 Fujiでした。特にこだわりがなければ時間の制限の(ほとんど)無いツーリスト部門で参加し、絶景を陽の光の下で楽しむといいと思います。それでは事故に気をつけて、みなさんも楽しんできてください。布団の中から応援しています。

 
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本当はキビシいSR600 Fuji その三

 ふと気づくと、ベッドに倒れこんでから1時間も経過している……が、眠れていない! ええい、この一時間は「眠った」ということにしよう。そしてさらにこれから2時間は眠ることができる。つまり3時間の睡眠をとるの……だ……!

 ああ、やっぱり眠れない! 疲労と緊張とボトルが無いことへの不安?などが折り重なっているせいか、目がギンギンに冴えてきた。水を飲み、トイレへ行くのを繰り返す。ああ、時間が無為に過ぎ去る……。どどどどどどどどうしよう……。

 気づけば外は明るい。6時を過ぎて、ついに睡眠を諦めた。天気を窓越しにチェックし、雨具はジャケットだけでいいなと帰り支度。前日のウェアなどをまとめて送り返すバッグに詰める。コンビニで買っておいたレーズンパンをもぐもぐ食い、午後の紅茶で流しこむ。なんだかあまり急ごうという気も起きずに、結局ホテルを出たのは7時過ぎ。うーん、意外と交通量が多いなあ。ちょうど通勤ラッシュの時間にぶち当たってしまったようだ。支度をもっと早く済ませて、さっさと出るべきだったな。



PC6の信濃国分寺仁王門の通過は予定から1時間以上の遅れ。今日は気温が上がりそうだ。どこかで水を入手しなきゃな。水、というかポカリスエット。ポカリスエットの900mlなら普通のボトルケージにぴったり嵌るという情報を得ていたからだ。それにできればワンタッチオープンのペットボトル用キャップが入手できないものか。100円ショップやスーパーのアウトドアの棚なんかに置いてあるやつ。もっと言えばそろそろアウトドアコーナーなんかが拡充されてボトルも入手できるかもしれない。そんな淡い期待をしながらコンビニに入るが、900mlのポカリスエットさえ見つからず……。

 二軒目のコンビニでポカリを購入すると、たしかにこれはボトルケージにぴったしサイズ。その後も通勤渋滞が怖くなるたびにコンビニに入ってチェックするが、結局ボトルは入手できないまま美ヶ原への登りへ入る。これがまた……長い。まばらにある人里をつなぐ直線的な登り。なぜかところどころで道の脇に大きなオブジェが飾られていたりする。これはてっぺんにある美ヶ原美術館のイメージなんだろうか。ぼんやり登り続けていると、このぼんやりさは眠気ではないかと気づき、ちょっと体育座りをしてうとうとする。すると、どれほど時間がたったのか、あるいはたっていないのか、チェーンの音がする。顔をあげると一人のランドナーが通り過ぎるところだった。



 そこからはI氏と一緒に登り始める。武石のキャンプ場からは補給出来る場所はないと言われるが、僕はまだ十分にポカリスエットが残っているのでそこをパス。だが結局I氏に抜かれてたらたら登る。天気はすばらしく、雲ひとつ無いと言っていいくらいの快晴。暑いことは暑いけど、高度もあるのでそれほど問題にはならない(当社比)。とにかくこの登坂も長いのだけど、それを文章で伝えることは難しい。次の文は「12時ちょっと前にはなんとか登り終えることができた」なのだけど、そこまでにも2時間近い時間が流れていたはずだ。



 美ヶ原で拉麺を食い、時間を費やして白樺湖のコンビニを目指す。美ヶ原から霧ヶ峰、車山と抜けていく行程には3時間ほどかかったはずだが、まったく苦を感じることはなかった(いま椅子に座ってキーボードを叩いている立場から思う。つまり苦しくても忘れてる)。なにしろ景色がよかった。この世界の広さを見渡せる場所は、日本ではなかなか無いだろう。雪を冠したアルプスの山々が見える。あっちにも、ほら、こっちにも。空気は澄んでいて、その肌触りは爽やかだ。車山まで達すれば、眼下にジオラマのような白樺湖の風景が見下ろせる。
 素晴らしい。
 あまりに素晴らしいので、トレーラーが車両7割分車線をはみ出して曲がってきやがって、ドライバーどこ見てやがんだと思ったら、僕を追い抜きにかかっていたバイクのあんちゃんを凝視していた(たぶん正面衝突寸前だったはず)のも、忘れてしまいそうだ。

 馬鹿なトレーラーと言えば10年以上前だけど、台風直撃の中、東名を大阪に向かっていたら、前を走っていたトレーラーが左右に車体をゆすって前の車を煽り出した。その当然の帰結として、ジャックナイフを起こしてトレーラー部分が二車線にまたがって横滑りを起こすということがあったのだけど、世の中にはそういうホームラン級の馬鹿がうようよしているので要注意だ。たぶん、そのドライバーは「20km/hくらいオーバーしないなんてありえない」とか思っていたに違いない。
 ホームラン級の馬鹿で思い出したけど、こないだ信号待ちしたら後ろから来たロード乗りが、前にとまっていた軽トラの荷台に手を伸ばした。なんかイベントぽかったしその軽トラは回収車らしかったので「スタッフとして知り合いなのかなー。でもあぶないんじゃないかなー」と見ていた。たぶん、その人は軽トラにひっぱってもらって加速しようとしたんだと思う。でも、それはゼロ発進時に用いる手段ではない。当然の帰結として、信号が青になった瞬間、軽トラに引きずり倒.されそうになるわ、僕の目の前に直角に飛び込んでくるわでひどいもんだった。
 その時に思い出した言葉が「ホームラン級の馬鹿」だ。
 いや、あれはすごかったなあ。

 何の話だっけ?
 SR600の話だ。
 そうそう、SR600Fujiの中でももっとも素晴らしい景色が楽しめるこのセクションは、SR600JapanAlpsでも堪能できるらしい。僕はもうお腹いっぱい、食べられないけど。



 白樺湖から次のPC女の神展望台まではちょっと登りがきつい。ここまで来た足にはちょっと堪える感じの道が続く。斜度がきつかったり、ひたすら真っすぐだったり。それでも女の神展望台まで登ってしまえば、八ヶ岳を見渡すことができて、これまでの疲れも、まあ、疲れはそのままだけど、ちょっと気も紛れる。ちなみに、そこまではほとんど景色らしい景色はなかったなあ。



 女の神展望台から一気に下って、そして麦草峠が始まる。これは最後の長いヒルクライム。最後の大ボス。そこへ到達すれば残り距離は200km、残り累積標高は2500m。普通に考えれば、全然終わってないのだけど、なんだか心は軽くなってきていた。残りの山は野辺山と河口湖へ至る若彦だけ。それぞれ1000mも登らない中ボス級。よほどのことがなければ完走できるだろう。



 麦草峠も2時間以上かかって登るが、特に書くことなし。頑張って登った。
 レインジャケットを着込んで下るものの、やっぱり寒さはある。しかし困ったな、この時間で寒いってことは、この先のダウンヒルが怖いな。レインパンツを送り返したのは失敗だったかも。

 麦草を下りきり、小海の方へ入っていく。小海はむか~し、クラシックカー(というわけでもないが)とかのからみの仕事をしていたころに、よくイベント絡みで訪れた。はずなんだけど、記憶に無い。そんなことを考えていたら、なんだか長閑な集落に吸い込まれるように入り込んだ。
 松原の集落だ。そして忘れられないのは、そこから見た八ヶ岳の光景の素晴らしさ。残雪を照らす夕日の美しさ。田圃もオレンジ色に輝き、ただ息を飲むばかり……。まさに絶景と思っていたら、道端の粗末な木の板に「絶景ポイント」と手書きで墨書きされていた。



 絶景ポイントを過ぎると、幹線道路に入って野辺山へ。ゆるい上りだが、交通量は少なくない。平日ならトラックが多いので、ここまで素晴らしい交通状況(クルマが少ない)にに慣れてしまった身には、ちょっと嫌な感じだ。

 野辺山はJRの最高地点。韮崎までの国道141号はひたすら下り。この下りは長く、高い速度を維持して行けるが、やはり幹線道路なのでうまく後続車に道を譲ったりしないといけない。僕らは野辺山で既に真っ暗(予定の3時間遅れ。余裕時間4時間)になっていて、路面状況もところによってはあまりよろしくないので、これも神経を使う。やがて道の脇に久々に見かけるフランチャイズレストランや、大型スーパーが現れる。上田以来、12時間ぶりくらいにみかける「都会」の灯り。白樺湖のコンビニから、補給のできていない僕らは、ちょうど良さげな店を探しながら走る。


本当はキビシいSR600 Fuji その二

 碓氷峠はそれほど厳しい峠ではない。斜度もそれほどではなく、ただダラダラと続くだけ。てっぺんに到達するとそこは軽井沢だ。少し先にあるマクドナルドへみんなで吸い込まれる。また休憩。1000kcal以上を誇るメガポテトを頼もうと思ったが、普通のメニューにしてしまう。しかし台湾の男性参加者は躊躇なくメガポテトを注文。負けた……。

 軽井沢からは浅間越という峠道を登っていく。意外と斜度があって、一気にみんなに引き離されている。でも気にしない。だってこの中の誰よりも僕は弱いから。そして弱者には弱者の生き延び方がある。肉体にダメージを与えないように与えないようにと進んでいく。実のところ、すでに全体平均速度は15km/hを割ってしまっている。これが何を意味しているかというと、通常のブルベならすでにタイムアウトしているということ。休憩を削る作戦のはずが、大休憩と雨具への着替え休憩を繰り返してしまっているので当然だ。標高が上がるにつれ霧が濃くなる。標高1400mほどの峠の鞍部に近づくと、路肩のコンクリブロックに腰掛けてk氏が眠り込んでいる。通過するついでに撮影しとこうかとか思っていたら目を覚まされたようだ。しかし気温も10度くらいだろうに、この霧の中よく眠る気になるものだ……。前日もほとんど寝ていないそうなので苦しそうだ(でも楽しそうでもあった)。



 その少し先で、先行集団が再び防寒具を着込んでいるところに追いついた。ここからは長いダウンヒルなので一旦脱いでいた雨具を着込んでいるのだろう。僕はそもそも脱いでいなかったので、そのまま下りへ突入。長野原へむけて落っこちていく。その底まで降りてしまうと空気は暖かい。雨具を仕舞いこんで近くのコンビニでまた休憩。渋峠への準備を整える。ここで時刻は午後4時半。ざっと考えるに渋峠の頂上には予定の一時間程度遅れになる。つまり睡眠時間も一時間減るということだ。ちなみに元々の予定では、上田に午前1時までに到着し、5時間の休憩を得ることになっていた。一時間遅れるということは4時間の休憩になる。もっとも7時間の余裕が有るのだから、上田からの出発時間を遅らせるというのもあるわけだ。

 そんなことを考えながら、まずは草津へ向かって登っていく。実はこの区間は草津までの登りがけっこう辛い。斜度があって交通量も少なくない。霧はあるものの、雨はもうあがっているようだ。天気予報ではもう雨は降らないはず。ほんとかな。空模様の暗さを見る限り、いつ雨が降りだしてもおかしくはないが。

 コンビニで休む台湾軍団を横目で見ながら淡々と登り続け、草津のコンビニで少し休む。バームクーヘンを食っていると、IさんとKさんがやってきた。そのまま渋峠を登っていくので、僕もそれについていく(もちろんすぐに引き離される)。すでに陽は落ちていて、街灯もない山道は暗い灰色に埋められていく。この峠は……長い……。

……長い……暗い……。

 ああ……ようやくこれは……殺生河原か……。
 停車するなとか言われても、どうしようもないよなあ。停車はしてないよ……ただ遅いだけでさ……。

 もっとも殺生河原と言われても見えてるわけじゃないんだよね……匂いでわかるだけ。

 とか思っていたら、どこからかブザーが響く。「有害ガス濃度が上昇中、危険な状態になりつつあるので、速やかに移動するように」のようなアナウンス。そういえば風があまり吹いていない。ガスが溜まっているのかな……。

 殺生河原を越えているということは、森林限界も過ぎているのではないだろうか。おそらく日中ならば上下方向に雄大な景色が広がっているはずだ。でも、今ここから見えるのは闇。ただ、なぜだかその闇の先には何もない空間がひたすらに広がっているということは肌で感じられる。

 標高は2000mを越えている。
 霧が濃くなってきた。そんな時に、路肩に自転車を寝かせてIさんが座り込んでいる。どうしたのだろうと声をかけると、脚が攣りまくるのだという。その先ではKさんが佇んでいる。眠いのだという。あたりは完全に闇。自転車のライトだけが煌々と霧を照らす。パラパラと弱い雨が降る。渋峠では天気予報などなんの役にもたたない。もし、ここで誰かが低体温症などになったらどうしようと考える。携帯はつながるんだろうか? 少し……進めばロッヂがあるから人がいるはず。あるいは自転車にまたがることができることなら、草津まで下るのが最善手か。いずれにしろ、ここに救急車を呼ぶことになっても、すぐに来るとは到底思えない。一瞬、不安がよぎる。

 ふと見ると、九十九折の下の方からいくつかの白い明かりが近づいている。台湾の人たちだろう。やはり強い。頂上近くではついに追いつかれてしまった。渋峠の頂上近くは、稜線をナイフで水平に切り取ったように道が続いていて、そこからの景色はもちろん絶景なのだけど、今は何も見えない。そして雨が強くたたきつけてきた。自転車を路肩に寄せてゴソゴソと雨具を装備する。台湾のふたりも雨装備をしている。霧も酷く、やや風もでてきた。残雪が壁のようになっているこのあたりでは、風はときに酷く冷たい。ギシギシと最後の登りを続ける。そろそろPC3の国道最高地点の石碑があるはずだ。道路の右側にちょっとしたスペースが有ってそこに。
 だが霧のためまったく見えない。
 マジかよ。
 台湾のふたりが先の方へ行っている。彼女らがいるあたりまでは石碑はないのだろうか、と思っていたが道はすでにやや下りになっている。これはおかしい。先の方で彼女らが看板が見つからないと叫んで戻ってきた。僕は看板じゃない、石碑なんだ、と叫び返してUターン。進んできた道を戻り始める。
 石碑は本当に道から3メートルほどしか離れていないはず。なんで、それが見えないんだ。ずっと道路の左側を見つめながらゆっくりと進んでいると、ふと霧が薄くなって石碑が。
「ここだッ」
 石碑に自転車を寄せると、風が吹いて霧が流された。



 普通にフラッシュを炊いて撮ると、雨粒と霧が反射して何もわからない写真になる。台湾のMさんが「別のライトで照らすから」と撮影を手伝ってくれる。そんなことをしていると、台湾の他のメンバーも上がってきた。皆それぞれ通過照明の写真を撮って、そして下りの準備を始める。ここからは標高差にして1500mほどのロングダウンヒル。ほんとはここで時間を稼ぎたいところだ。しかし霧は薄くなってきたと言っても、ときには10m先も見通せないこともある。山頂のロッヂを抜けて本格的な下りに入ったところで危険を感じて道の脇へ寄せて止める。まるで見えない。とりあえずサングラスをはずしてみると少し視界が改善するようだ。もう一度トライ。GPSをサッと見てこの先のカーブの状況を確認、霧の向こうで輝く反射光を頼りにダウンヒルを開始する。



 サムイッ! 寒すぎるッ! 体幹がブルブル震える。先も見えない。けれども僕の自転車はこんな時のために作られた。AvidのBB7ディスクブレーキはまったく不安のない制動力を発揮してくれて、ダウンヒルベタな僕でも思い切ってこの霧の中へ切り込んでいける。1600m地点のあたりで霧が晴れた。気温は8度。ちなみに1200mの場所でも気温は8度を表示していた……。


PC4の道の駅には予定の1時間遅れで到着。体は芯まで冷えきってしまっていたので、とりあえず自販機コーナーへ。だがしかしッ! なんたること! 「あたたか〜い」飲み物が無いッ! ゴウランガ……おお。ゴウランガ……。自転車のボトルをベンチの上において探すが、やはり暖かいドリンクは此処にはないようだ。道の向かいにセブン-イレブンが見えるが、ちょっと距離があるし、もう少し下れば市街地だ。そこまで進んでしまおう……。

 そういえば、今日走っている他の人達はこのあたりで仮眠を取ると言っていたな。僕だけがここからさらに菅平を越えて行くわけだ。明日の再スタートの時間も違うだろうから、もう誰にも会うことはないかもしれない。そんなことを思いながらボトルを取ろうとすると手がスカる。あ。脳裏にボトルをベンチに置いていた光景がよみがえる。っていうか、あんなところに置いたら、絶対に忘れるから注意しようとか思っていたよな……。ほら、忘れたじゃん。どうすんの?


※ボトル最期の姿

 とりあえず市街地だったのでコンビニに突入。水を買って考える。さっきのPCからも下ってきている。ここから往復すれば1時間以上はかかってもおかしくない。ボトル無しで行けるか? 明日は上田、ある程度の規模の街だからボトルか、代替品の入手も可能かもしれないが……一般的なお店の開店時間の前には通過してしまうだろう。だが戻るのは嫌だ。だらだらと決断つかずに進むと、もう湯田中の街は出てしまったようだ。空気はちょっと蒸していて温かい。雨具を着込んでいると蒸すので路肩で全部脱ぐことにした。ついでに携帯の電源を入れて「ボトルを無くした」と書き込む。
 ついでに休憩がてら読んでいると、K氏が「これから国道最高地点」と書き込んでいる。ってか、あの渋峠のてっぺんでいままで仮眠し続けてたの? あれ、ハビタブルゾーン限界を超えてたよね……。まあいい、ボトルの回収を依頼w もちろん回収してもらえなくてもそれは仕方ない。

 菅平を登り始める。
 そういえば、何年か前のスーパーアタックの菅平も雨で夜でって状況だったなあ。そもそも菅平って本当はどんな景色なんだろう? てっぺんがスキー場と宿泊街だってことしか知らないぞ。標高差は700mほど。途中で空気が冷え込んできたのでレインジャケットを羽織る。菅平に到着したのは午前2時すぎだったか。予定時間より2時間の遅延だ。ということは睡眠時間も2時間減らさなくてはならないということか。


 当初予定では1時頃に上田に到着して、6時に出発するつもりだった。5時間中、4時間を睡眠に割り当てようと。だが2時間遅れているということは、3時頃に到着して3時間休憩。睡眠時間は1〜2時間。うーん。どうせ7時間の余裕時間があるのだから、ここで使ってしまうのはどうだろう。思い切って10時まで休むことだってできるはずだ。まあ、そうするとせっかくの日中の走行時間が失われてしまうから、7時か8時……。2時間遅れたから2時間遅れてスタート、というのも良い。
 えーと考えなおそう。前半の300kmに22時間かかった。後半も22時間ですむとすれば44時間。8時間の余裕。でも疲労を考えれば、後半も22時間なんてありえないだろう。じゃあ24時間? すると6時間余る。ここで5時間使うと残り一時間。うーん、微妙。やっぱ一時間は我慢して、7時起きかな。

 菅平を下るが、すぐに寒さにやられてストップ。レインパンツも装着することにする。しかしまあ、雨や寒暖の差で何度レインウェアを着たり脱いだりを繰り返して時間を徒に費やしてしまっている気がするよ。少なくとも脱着によるタイムロスは1時間くらいはあると思う……。

 ぐだぐだと考えながら上田の宿泊予定場所に到着したのは午前3時。4時間、休むんだ……。

本当はキビシいSR600 Fuji その一

 これを読もうとする人でSR600を知らぬ人はないだろうから、説明はいらぬ気もするけど、念のため簡単な解説をしておこうと思う。SR600とは600kmで10000m以上の累積上昇量を持つコースで行われるブルベのような何かだ。これはブルベであってブルベでない。ブルベでないがブルベだ。詳細はAudaxJapanのサイトなどを参照してほしい。僕は今回、このSR600というカテゴリのFujiというコースに挑んだ。SR600 Fujiというやつだ。累積上昇は約11000m、制限時間は55時間。

 すでにこのイベントについてはいろいろな情報が流れていると思う。曰く「普通の600kmブルベより眠れるから超余裕」「上昇量など、当たらなければどうということは無い」「宇宙の尺度からすれば、全ては些少なこと」などなど。でも、そんな言葉に安易に耳を傾けてはならない。そういうことを言う彼らは外星人と呼ばれるべき存在であり、けして僕らのような常識的な存在ではない。だいたい考えてみてほしい。碓氷峠、渋峠、菅平に美ヶ原、そして麦草峠と、その中のひとつをとってみても主役となりうる超級山岳。それを連続で走ろうというのだ。超余裕なわけはない。もうすっかり更新することのなかったブログを書かねばならぬと思ったのは、つまりそこだ。フツーの人間が、フツーの言葉で語らねばならぬ。SR600 Fujiの現実を。


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 まず初めに、このようなコースを設計し、さらに煩雑な事務処理などを行なってくれている主催者の方々に感謝したい。

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 さて、コースは、まあ公式サイトとかを見てほしい。高尾駅、を出発して名栗を経由して秩父。そこから高岡を抜けて碓氷峠、北軽井沢(浅間越え)、草津から渋峠、湯田中、菅平、上田、美ヶ原と経由して白樺湖を抜けて麦草峠。野辺山、韮崎、河口湖、山中湖、道志道、高尾と戻る。秩父から高岡、そして韮崎のあたりにいくらか平坦はあるが、それ以外は登っているか下っているかというコース。あまり細かなアップダウンはなくって、でっかく登ってでっかく下るという印象。
 今年に入って自転車にあまり乗ることができないというようなところから問題は山積なのだけど、一番大きな問題は(山岳を除けば)天候。Accuweatherなどのレポートによれば、この週は全体的に不安定。高地を巡るルートだけに天候の急変などは避けられないだろう。同時にすでに初夏の気温ということも有り、低地では熱にやられるかもしれない。とはいえ、こういった装備のことについては去年のカスケイド1200に至って、ひとつの到達点に達しているので、それをベースに考える。防寒防風はゴアの雨具に依存して、あまりレイヤードしない。なぜなら重ね着による調節効果より、重ね着そのものが帯水層になって冷えを招くから。これは低出力・汗かきの僕が昼夜を徹した長時間の活動をするというケースにおける回答なので、万人に向くものとは思っていない。ただ、中途半端に防寒ウェアを持って行って荷物を増やすよりは、外気をシャットアウトする厚手のレインウェアを持っていった方が荷物も減って雨にも使えて一石二鳥だ。
 600kmというコースなので、途中に宿泊を入れたいが、それはちょうど300km地点にある上田でのビジネスホテルとした。……まあいい、このあたりは人それぞれが考えていくのが楽しいと思う。全体としては45時間で完走する予定とした。7時間の余裕をもってのゴールというわけだ。これなら富士吉田のビジネスホテルでもう一回仮眠して、明け方の富士山を見ながらというのも有りかと思っていたが……。


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 当日。朝5時半くらいに高尾駅のコンビニに到着。実はこの日には10名がここからスタートする予定となっていた。パーマネントは参加者自身がスタート日時などを決定できるので、一人で走るべきもののように思われるかもしれないが、別にそんなことはなく気が合う仲間などと走ったほうが楽しい。僕がいたPCHランドナーズなどのクラブでは、記念日や仲間の送別会などにパーマネントを走ったり、またメーリングリストなどで同行者を募集したりしていて、ひとりでチャレンジというのは少なかったように思う(ひとりでやってるから気づかないだけかもしれないけど)。今回の10名は3名は日本人だが、あとは台湾と香港からの参加者。見知った顔だし、せっかく来てくれているのだから一緒に走りたい(正確にはスタートしたい)と思ったのだ。もし、こんな機会が無ければ、SR600にエントリーすることはなかったと断言できる。

 とはいえ、グループで参加するというのはデメリットもある。それはトラブルの発生率が人数分跳ね上がるということだ。それに上りが多いコースでは走力を揃えるのも難しい。だから今回のような過酷な長丁場ではそれはゆるやかな連帯であって、一緒にいけるところは行こうよ、程度のものであると認識しないとならない。それでもなお、同じルート上に仲間がいるというのは心強いことだ。

 そんなわけで6時に高尾駅をスタートする。すぐにいくつかのアップダウンを繰り返しつつ北上。信号と通勤のための交通でなかなか速度があがらないが、青梅まで来るとそれも一段落。名栗に向かう途中の坂で僕は停止してディレイラーの調整をする。どうもトルクをかけながら坂を登るとリアカセットの上でチェーンが暴れてしまうのだ。
 そうこうしているうちに、すでに一人旅。山伏峠で台湾からの女性参加者に追いつくが、下りで引き離してしまいやっぱり一人旅に。山伏から299を経由しての秩父までの下りは、トラック街道ということもあって嫌う人も多いのだけど、あまりタイトではなく見通しもよいので僕はキライではない。あまり嫌な目にあったこともないからかもしれない。



 そんな具合で一気に下って、秩父の町中でなんとか先行集団に追いついた。でも地脚が違うのですぐに差を広げられて、街から出る頃にはすっかり一人旅に逆戻り。このあたりの道は、今年走ったアタック安中と同じのはずなんだけど、風があまりないせいか、あのときのような辛さはない。辛さもないけど速度もテキトー。実は去年から引き続いている足首や腰の痛みが怖くってあまり頑張ろうという気が起きない。ここで頑張ってもまで500kmはあるので意味もない。とにかく温存策に徹する。

 さて、昼ごはんはどうしようかと考える。計画時には軽井沢のマクドナルドを昼食地点と考えていた。そうするとスタートから160kmほど無補給。ちょっとばかしキツイ。もし碓氷峠の途中で力尽きたりすると厄介だし。まあ、順当なのは碓氷峠入り口にあるおぎのやで峠の釜めしかな。そこまでも100kmはあるけれど、その程度なら手持ちの食量でなんとかなる。ちなみにバックパックを背負っているときは、ウィダーインゼリーを2〜3個、ミニ羊羹とパワージェルを数個積み込んでいる。これだけあれば無休憩で100kmも難しくはない。休まなければ、遅くともそれだけ進むことができるという貧脚の知恵。

と思いつつ富岡を走っていると、名前が呼ばれた。止まって振り返ると台湾のMさんが僕を呼んでいた。どうも先行集団はここの食堂で昼食をとっているようだ。僕(と途中で休んでいたKさん)もランチを取ることにする。みんなでワイワイガヤガヤと食事をとっていると、アクシデントの連絡があったりという一場面も。けっこうな時間をこの店で費やして再スタート。どんよりとした空模様は、いつ雨模様に変わってもおかしくはない。天気予報的にはそろそろ降りだして、そして夕方を過ぎて降り止むはず。



妙義山がよく見えるコンビニでトイレに入っていると、また独りに戻った。そしてすぐに雨が降り始め、次のコンビニに立ち寄ってとりあえずジャケットだけ着てみる。それで走り出すと雨は本降りに変わり、結局、さっき別れた先行集団が雨支度をしているところに合流してシューズカバーやレインパンツも装備。雨が強くなったり弱くなったりする中を碓氷峠のめがね橋へ向かって進んでいく。



PC2 めがね橋 135km地点 13:30 予定より30分早着

つづく
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