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【落武者魂】 2011年09月14日
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落武者魂

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2011年のパリ・ブレスト・パリ。 おわっちゃう。

PC DREUX 残り距離 到着時間06:04 閉鎖時間06:42

 DREUXのPCはでっかい文化施設?体育館?のようなもの。ゲートにスタッフが立って来る参加者行く参加者を誘導している。しかし・・・すさまじい数のスタッフだなPBP。しかもこの数日間日夜を通してボランティアされているのだ。頭がさがるどころではない・・・。ブルベカードのチェックを終えてすぐのホールには無数のテーブルと椅子が並べられていた。その一番窓際(たぶん全ての壁際も)には仮眠する死体のようなブルベライダーたち。僕らもそこに混じって倒れこむ。アラームの設定は7時過ぎ。ここの閉鎖時間はとっくにすぎてしまう時刻だが、実は日の出が7時すぎなので其れに合わせたのだ。目が覚めればこの払暁ではなくって、明らかなまっさらの”朝”が訪れているはず。そうしたらきっと自分に目が覚めたと言い聞かせて走れるはず。さらに30分以上・・・1時間近い睡眠時間も得られるのだ・・・。


※たけさん登場

 コントロールの建物をでて入ってきたのとは違う方向へ誘導される。予想どおりすっかり朝の空。黄色がかった日の出の時間だ。僕らは同じ時間にまとまって出発した自転車集団について街を行く。DREUXの街はけっこうしっかりした街で、信号も交通量も多い。考えてみれば、今日は平日の朝。出勤の車がたくさん走る中をこれまた大量の疲れ果てた自転車乗りがのそのそといく。でも、其れを押しのけるような車はない(この前後のひとつきほどの滞在中を含めても、普通に走ってる自転車や、歩行者にクラクションをならしたり脇をかすめていく自動車はみかけなかった。たとえ自転車が車道の中央をたらたら走っていても、歩行者が赤信号をどうどうと渡っていても。しかも欧州たってラテンのフランスとイタリアだったのに)。ただ街には坂も多くって(このコースに坂の少ないところなんか無いけど)、街から出る頃にはやっぱり一人旅。広い・・・けど、茫漠たる広さでとは感じないような牧草地。ふときづくとたけさんやinainaさんがやってきては前方へ去っていく。



 もう彼らにとってはウィニングラン気分なのだけどうけど、僕らはおそらくまだ貯金マイナス。時間内に完走できる自信はあるけど確信は無い微妙な状態。後ろからものすごい勢いで男性二人乗りのタンデム自転車が追い抜いていった。あとで知ったことだが、この自転車のストーカー(後席)は白い杖をつく視覚障害者であった。たしかにタンデムなら多少の障害があっても問題無い。以前も別のイベントで片足の女性タンデムライダーをみかけたな。とか思っていたら、タンデムどころか片足のロードレーサーも70時間台で完走していたとか。いやもう、すごすぎる・・・。


※祝福・・・。

 ああ、もう残り少ないなあ・・・とか思い始めた頃になんかアップダウンが激しくなる。おいおい、マジかよって感じ。走っている間中ずっと、とくに終盤になってからは平均速度と到着予定時間を推論し続けているので、ここにきてのこのアップダウンはズシンと重い。心がバキッ!と折れたところで上りに入っても自転車が軽い。ついに細君が覚醒したようだ。ほとんど力を入れていないのにけっこうな坂をぐいぐい登っていく!もうこの坂はまかせた・・・!


※闇夜を救ってくれた白馬の騎士。リンダさん。

 残り10kmの看板。まだアップダウンが終わらない!でも、後ろからなんだか涙声が。なんでも「もう終わってしまうのだと感慨深い気分」「この痛みからついに解放されるかという思い」が渾然一体となって深く感じ入っているのだとか。こっちはようやっとタイムアウトしない目処も立ち、さっさとおわってくんねーかなとぶつぶつ呪詛をはきつづけている殺伐状態。最後の坂を登り終え、見知った景色が戻ってくると周りにイタリア・フランス連合が一緒になって走っていく。さらにリンダにもおいついてサン=カンタンの街へ入り、最後のロータリーへ!僕はここで細君に準備させていた動画撮影を開始させる(が失敗しやがった)。10時半ごろ、ゴールのゲートへ突入。ブラボーブラボーの観客の歓声に「ありがとう!」とでっかい日本語で応え、最後のコントロールへ入っていく。自転車の置き場所とコントロール受付の場所の把握で手間取りつつ、スタンプをもらったのは10時40分過ぎ。最終的な貯金時間はやっぱり1時間程度。ギリギリではないじゃんとも言われたけど、自分的にはかなり際どかった今回のブルベ。いくつかのちょっとしたIFで時間外になったかもしれない(あるいは別のIFでもっと余裕ができたかも知れないけど)。首の皮一枚をつなぎ続けたような気分・・・。

PC SAINT-QUENTIN-EN-YVELINES 残り距離0km 到着時間10:46 閉鎖時間11:30



 スタンプをおしてもらい、自転車をこのコントロールの敷地から出すための用紙をもらう。それからセンサー計測用のマグネットも記念にくれた。コントロールでいくつかの用事をすませ、ご飯はどうしようかなと思っていたらたけさんたちはここですませるとのこと。kazさんに教えてもらっていたクスクス屋さんにもう一回行ってみようかと思っていたけど、だらだらしてオダックス埼玉軍団の到着を見ていたらここで食べることになってしまった。でもまあ、あとで通りがかってみたらくだんのクスクス屋さんは昼間開いていなかったので丁度良かった。



 夜8時にまた会いましょう、という約束をかわしてベルサイユのホテルへ戻る。シャワーを浴びてちょっと横になるつもりが・・・ああ、目覚めたら午後11時。約束の時間はとっくに過ぎている!それにドロップバッグ回収はどうするのよ!?寝坊しましたごめんなさいメールを送りつつ、サン=カンタンのドロップバッグ回収ホテルへ向かう。タクシーの運ちゃんが「お前らPBP走ったの?どうだった?完走したのか!すげーな!」と言ってくれる。なんでPBP走ったとわかったんだろうか・・・。ホテルへ行きカウンターで「ドロップバッグを引き取りに来たんだけど・・・」とダメもとで聞いてみると、ついて来いとのこと。ホテルの会議室に連れて行かれる。会議室はあの独特のスメルが・・・床にはまだ回収されていないドロップバッグがたくさんあった。この中に・・・あの独特のスメルを放つ何かが入っているのだな・・・。とりあえず僕は自分のドロップバッグをチケットと引き換えに回収。待たせておたタクシーで帰る。タクシーの運ちゃんはメーターより安くしか請求しない。なんという親切・・・。

 タクシーを見送って、僕らは新たな問題の解決に入る。それは晩飯。もはやPBPを離れた僕らに食事を提供するものは何も無い。なんとか・・・開いているレストランを探さねば・・・。しかしとっくに午前1時を回ったベルサイユの町に開いている店はなく・・・。一時間ほど歩きまわって諦めてホテルへ戻る。ロビーにいたホテルのスタッフに「なにか食えるものないか?」とダメもとで聞いてみると「ルームサービスでとればいいじゃん」とのこと。ルームサービス!そんなゴージャスな考え浮かばなかったよ!さっそく部屋に戻ってメニューをみてみると、値段ははるがなんでもある・・・と思った。早速頼んでみたら・・・時間が時間なのでサラダしか無いとのこと・・・。でもチキンがのってるよ!と。とにかく何か食わないと死ぬのでそれでよしとしてこの日は終了・・・。僕達のPBPはようやく終わった。

 走っている間は、なんでこんなところを何度も走るもんかなとずっと思っていた。その気分や、同じような景色が繰り返されることの絶望感、眠気への恐れ、そういったものはなかなか伝わらない。問題は自分にも残らないことだ。終盤にいつものようにネガティブなことを言っている僕に誰かが言った。終わったら楽しい事しか残らないよ、と。そうしてゴールした後の僕は次回はどうやって走ろうか、とか考えてしまっているのだ。



 さて、その後、PBPより辛いイタリア寝台列車との戦いが待っているとはこの時はまだふたりは知らない。
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2011年のパリ・ブレスト・パリ。 おさきまっくら。

PC MORTAGNE-AU-PERCHE 残り距離 到着時間00:25 閉鎖時間1:26

 さらにぐっと斜度があがるとその先がPC。MORTAGNE-AU-PERCHEは往路では単なる補給ポイントだったところ。ここまで来たんだと感慨深い。トイレへ走る細君を降ろして、自転車を置く場所を探す。タンデムを置くスペースはなかなか見つからず、建物のずっと裏手の壁に立てかけることに。戻ると彼女がすでに食事をプレートの上に置いて待っていてくれた。ここのミートソースはパスタも含めてけっこうおいしい。普通に食べてもおいしいくらいだったと思う。90時間クラスの日本人もけっこういて、誰々は見かけたか?とかどうなった?みたいな会話が少し。それから脚を椅子にのせて床に寝転び15分ほど・・・眠る。寝て起きるとたけさんがやってきてひとりでは夜は辛いので一緒に行こうと持ちかけられる。ここからは下り基調なので、タンデムも同じ様なペースで走れるはずという。まだ頭がはっきりしていなかったのと、細君をもう少し寝かせたかったこともあって「下り基調ならすぐ追いつくので、ちょっとしたら行きます」と答えた。そのつぎの瞬間の記憶ではもう目の前に誰もいない。本当にそんなことをしゃべっていたのだろうか。

 また時間の貯金を失ってMORTAGNE-AU-PERCHEを出ると、多少休んだことと食べたこともあって気分は元気になっていた。この区間は下り基調・・・とはいってもそれは80kmくらい走る全体を見渡して、のことでミクロな目で見れば登りはいくらでもある。というか、前半はこれまでの悪夢を引きずるような登り。もうやけくそなので闇にむかって「さあ!いよいよおもしろくなってきた!」と叫んでみる。「パンの耳をもらいにいくぞ!」とか。

 道端では寝転べるスペースがあればどこにでもサイクリストたちが寝転んでいる。こんなところで寝転ぶならPCで寝てたほうがよかろうに。トイレもないし寒いし。LEDの青白いライトに照らされて見える彼らはもはや幽鬼のようだ。道の両端にそんな幽鬼がごろごろ・・・ここはインパールかフィリピンか。小さな眠っている街に入ると道が入り組むので妻と僕とのよっつの目を見開いて街角に貼られたコースガイドを探し、その矢印をみつけると「右!」「左!」と叫んで曲がっていく。ビーフラインのような上り下りを何回繰り返しただろうか。ついに本当の下り基調にまでやってきた。登りのきつさはなくなり速度が乗るが、後席の細君は急激な眠気に襲われたようでときどきガクッ!となるのがわかる。とにかく自転車から落車さえしなければ・・・自転車にしがみついていてくれればサン=カンタンまでは連れてってやれる。だからハンドルから手を離さないで!と祈る気持ち。そんな真っ暗闇の状況の中、後ろから声がかけられた。リンダ・ボットという日系のサイクリスト。以前、西海岸でブルベをやっていた時の知己だ。とはいえ、そんなによく話していたわけではないしあまり顔を合わせたこともなかったのでよくこの闇の中で僕らを見分けてくれたものだ。彼女は「なにかトラブルはないか?眠いの?カフェインタブレットあるわよ?」と話しかけてくる。細君が「目覚ましはまだ残っているんだけど、胃がつらくって・・・・」と言うと「なら、眠気覚ましにお話ししましょう」と。なんという親切。この殺伐とした闇夜に白馬の騎兵隊が現れた!という気分。

 共通の知人のことやらRAAMのこと、現況なんかをたどたどしくだけど会話する。下りっぽいところでは速度もでて路肩にたけさん?や数人の見知った顔が立っているのもみかけたがそのままいき過ぎてしまう。リンダは他の知り合いの様子をみに下がっていったりまた戻ってきたり。本当にありがたい。けど、どうやら細君の限界が近づいていた。とあるところで今までにないほどの「ガクッ!」がきた。これはもう無理と思わざるを得ない。気温が低いし、どうにも寝転べるような所がないけど・・・しかたない。リンダに「もう限界っぽい、ここまでありがとう。ちょっと寝かせてから行くよ」と告げる。そのまま脱落して自転車を町外れの民家?の壁沿いに。そして門柱の脇が風避けになっているからそこでエマージェンシーブランケットに包まって眠るように指示する。

 僕自身はそこまで眠くないのでタンデム自転車と共に風よけになるように門柱のそばに立つ。けっこう風あるなあ・・・。かなり寒いな・・・俺の体温が奪われちまうなあ・・・と・・・お!これって追い風じゃんか!と気づく。しかもゆるーいけど下り。今飛び出していかずにいついくんだっ!とうずうずうず。15分弱、なんとか耐えて「追い風なんだ!」と細君を追い立てて街の外れへ飛び出す。あとはガムシャラに漕いでいってDREUXのPCへ。