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【落武者魂】 2010年07月

落武者魂

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愛媛県にてタンデム解禁なる。

 ちょっと前にTwitterには書いたんですが、8月1日から愛媛県でタンデム自転車の二人乗りが認められることになりました(念のために書いておくと、タンデム自転車を一人乗りして走行することはどこでも禁じられていません)。愛媛県のタンデム解禁は今年頭に「まずしまなみ海道から。その後の様子を見て全県に拡大」とでていたので、とりあえずしまなみだけ解放後、放置されるんじゃなかろうかと思っていたら意外な展開でした。

いくつかの全国紙に出ているようなのですが、毎日の記事が一番まともそうだったのでURLをはっときます。
http://mainichi.jp/area/ehime/news/20100724ddlk38040452000c.html

しまなみ海道:タンデム自転車で走行可能に 県が規則改正、広島県側も前向き /愛媛

 サイクリングファンの聖地として知られるしまなみ海道を、一般公道では走行できない2人乗りのタンデム自転車に開放する取り組みが加速している。広島県尾道市と今治市を結ぶしまなみ海道(約70キロ)のうち、愛媛県側について県公安委員会が23日、県道路交通規則を改正。8月1日からタンデム自転車が通行可能になる。広島県側についても、湯崎英彦・広島県知事が規則改正を検討していることを同日、明らかにした。【栗田亨】

 今治市で開かれた両県知事らによる広島・愛媛交流会議で、愛媛県の加戸守行知事がタンデム自転車解禁に触れ、「広島県側でもお願いしたい」と要請し、湯崎知事が「県公安委員会が改正を検討している」と応じた。

 しまなみ海道は自転車愛好家の人気が高く、海道沿いに14カ所あるレンタサイクルターミナルでも年間5万2000台(09年度)が利用されている。

 タンデム自転車は、道交法によって公道での走行はできないが、サイクリングによる地域おこしを目指すNPO法人「シクロツーリズムしまなみ」が昨年、愛媛県にタンデム自転車の解禁を提案。県警と走行実験を重ね、県公安委員会が8月から県内全域での走行を認めた。

 解禁の動きを受け、今治市はタンデム自転車購入の検討を開始。同NPOの稲田里香副代表は「しまなみ海道は日本の原風景が残っていて、世界から人を呼べる地域。解禁はその一つのステップになる」と歓迎していた。



 この記事では広島県側でも検討が行われていることが具体的にあげられています。西日本では兵庫県と愛媛県と比較的近い場所で改正がなされているので、広島県で問題になる可能性は低いと感じます。広島県で解禁してくれると新幹線で輪行できるのでかなり楽チンなのですが・・・。
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避暑サイクリング

 福生にクルマを置いて奥多摩周遊道路をぐるりと一周してきた。なにしろ平野は暑いから、むしろ熱いから山へ行こうとまたひと月くらい自転車に乗っていないカミさんを連れて。

 残念なことにいきなり五日市街道、特に混んでもいない対抗4車線の道路でエルグランドかなんかにクラクションの連打+ぎりぎりの幅寄せ+前に出ての急ブレーキを食らう。わけがわからない。結構離れてはしっていたカミさんも同じような嫌がらせを受けたとか。そろそろ免許の取得時と更新時に精神鑑定を必要とする時期が来てるんじゃないだろうか? ガソリンももっと値上げしてもらっていいし、高速の割引もやめてもらっていい。それくらいでクルマに乗れねえとかいう人たちは乗ってもらっても経済効果無いだろ。むしろ社会コスト負担の増大のほうが大きいんじゃないか?だいたい高速割引って平日休みの人にはなんら恩恵無いのに、なんでそういう声が取り上げられないか不思議・・・。

 さて嫌な話はさておき、檜原村に入って南秋川沿いにはいったところで「お腹が減った」とのクレームが出たのでちょうどでてきた料理屋でおやきを食い、ゆっくりゆっくり登って登って都民の森についたら気温27度とかでてる。30切りました。肌寒いくらい。アイスクリームを食って、今日は奥多摩へ向かいます。

 風張峠では気温25?26度の表示。おいおい、ウィンドブレーカーなくって大丈夫かね。って下りだす。小河内ダムまで来ると「暑い」。たぶん30度くらいかな。もうお昼過ぎ・・・。ここからはクルマが多い。特に石灰や川砂利を運んでいるトラックが結構多くって怖いんだよね。鳩の巣でご飯を食べて、古里のセブンイレブンでお水を補給。吉野街道から帰るつもりだったけど、大型のダンプやトラックのほぼ全てが吉野街道に流れていることを発見。

 いつからか吉野街道のほうが走りやすいような気がしてたけど、このまま青梅へ下りてみるかな、と走ってみたらどうやら正解っぽい。交通量もかなり少なくなって走りやすい感じ。道も線形改善されているところがあってずいぶんとスムーズになっている。御岳山のところのコーナー外側にあったおみやげ屋がなくなってセブンイレブンになるみたいで驚き。昔、あそこで元自転車部だったという少年がバイトで売っていた川魚の塩焼きをみんなで食った思い出があったのだけど。少し寂しいね。

 青梅市街は渋滞気味だったけど、そこをぬけたらまた走りやすくなって一気に福生まで。もう4時過ぎになってしまってたけど、やっぱり少々暑い。アスファルトが熱を持っていてそれが輻射してきてるんだろう。

 というところで福生に戻り、帰りましょうと高速にのったら「事故渋滞12km」・・・。

 というわけで避暑には檜原村ですね。地元の方が「クーラーなんか使ってない」とおっしゃられてました。うらやましいなあ。

北海道1200km 「男たちはしばらく西へ」-4

 4時間きっかり寝て、ゆったりと準備をし宿をでたのは朝5時ごろ。予定では3時ごろに出立だったのだけどな。なんだか夜半に雨が降っていたようだけど、ほとんど上がっているようだった。一応防寒も兼ねてレインジャケットだけ着こみ、チェーンオイルを塗りなおして走りだす。すると雨の勢いが強くなってくる。まいったね・・・。まあ、残りは330kmくらいかな。もうだいたい終わりという空気が流れ出す。途中で仮眠所で休んでいたのであろうMarkが追い上げてきてしばらくつかず離れずな感じで走り続ける。しっかり寝ているはずなんだけど、回復したという気はしない。消化器系が弱いつうことなんだろうね・・・。回復力の高い人がうらやましい。ねたましい・・・。機械の星にいったら鋼鉄の内臓をもらえるだろうか?どこにあるの、機械の星・・・。

 雨にけぶる十勝港を過ぎると久々の海岸線。やっぱり向かい風のまんま。これは襟裳岬まで行けば追い風になるはずなんだけどなあ・・・と思うのだけど早朝のTVでみた風向き図はあまり良い予想をしていなかった。おそらく襟裳岬の西側では山塊にあたった風が山にそって流れているので結局襟裳岬へ向けての風向きとなるのだろう。これは日高を過ぎるまでは諦めたほうがよさそうだ。そして明柄の良い僕は海岸線で風が強く吹いているのを確認すると同時に減速。Markは僕を置いていってしまったので一人旅・・・。



 ほとんど交通量のない道路が続く。この海はオホーツク?太平洋?いずれにしろなんとなく淋しげな海だ。その寂寞とした道に時折モダンな長大トンネルが設置されている。ちょっと景色に似つかわしくないくらいの施設。こんなところにこんな立派なトンネルが必要なのかと思うくらいの。そう、ここは「金の延べ棒を敷き詰めて舗装された」とまで揶揄される莫大な予算を投じて建設された道路なのだ。そのなも「黄金道路」。向かい風で苦しんでいたら、道から離れた高台になにか石碑が見えたので自転車を運びあげてみると・・・あの有名な「黄金道路」の碑。



 そして全くと言っていいほどクルマが通らない。走りやすくっていいんだけど複雑な気持ち。時折小さな寒村が浜辺へ取り付くように見つかって、崩れ落ちそうな木の塀に「神はすぐ来る」と。神はすぐに来るのかもしれない。でもそれはここではないと思わせるようなもうひとつの最果ての景色。さすが別名「最果て1200km」。



 襟裳岬へ近づくと常日頃から吹く強風のせいか大きな木がまったく見られなくなる。笹の原っぱを吹き抜けてくる風が容赦なく速度を奪い、海霧がじっとりと体を包む。霞んで見える海岸線のむこうにひときわ濃い霧が立ち上がる場所が見える。それが遠くに霧けぶる襟裳岬。なまじっかみえてるというのがさらに気持ちを辛くさせるなあ。なんで笑ってるんだろう?オレ。


※AJH撮影

 しまいには視界が遮られるような霧になって、そこが襟裳岬のPCになっていた。駐車場の端っこにスタッフの方々が控えてくれていた。さっきからコーンラーメンが食いたいんですが、と聞くと、そこでラーメンは食えるがこのあたりはつぶラーメンかなあとのこと。おみやげ屋さんに併設された食堂に入り「つぶラーメンをひとつ」と伝え、「ところでつぶって何ですか?」と聞いてみる。実は知らなかったのだ。

 つぶとはつぶ貝のことらしい。よくわからないが、ラーメンはおみやげ屋さんとして(悪い方に)期待していたほどではなく、普通の味。美味しくいただく。休憩していたスタッフの人に「かなり休んだし今回のペースは速いので、もう後ろには人が少ないんじゃないですか?」と質問すると「いやいや14番目でしたよ」とのこと。14番目?トップはゴールしたとかしないとかなのに?うーん、どうやら「すごく速い人々」が10人くらいいて「ゆっくりタイムアウトまで楽しむ人」がたくさんいて、その間にちらほらとまばらな参加者が走っている、という具合らしい。そのちらほらに入っているので、あんまり人に会わないのだ。もしかしたら実はこのブルベは何らかの理由でキャンセルされていて、それを知らない僕ら数人が走っているのではないかと思えたほどだ。


※AJH撮影

 襟裳岬を出ても予想通り向かい風が続く。しかもけっこうな角度のアップダウン。そして悪いことに眠気までが襲ってきた。うーんにゃむにゃむ・・・。消化器系がへたれているようでトイレにも行きたくなったのでコンビニへ流れこみ、少し休んで再発進。列島縦断マラソン中!というのぼりをあげて荷物を積んだ手押しクルマを押す男性をみかけた。反射ベストにジャージっぽい姿なので「もしかして手押し車を車両として参加した人がいるのか!?」とも思ったけど、そうではなさそう。話を聞いてみようかとも思ったけど、眠くてダメ。



 ・・・。日高へ近づくにつれ、ようやっと脚が回り始める・・・ようなそうでもないような。相変わらず海岸ぺりの道。黄金道路とは違って、交通量は少なくない。トラックも多いのでちょっとストレスフル。胃腸を気遣いつつも何か食いたいなあと思っていたら、なんだか小奇麗なお店を三石でみつけた。久しぶりに自転車から下りてお店へ入ると、創業100年の羊羹屋さんだとのこと。せっかくなので自宅へおみやげの羊羹セットと、なんだかもう終わりな気分がしていたのでスタッフの方々にもと羊羹をたくさん買い込む。するとフグバック通常モードには入り切らなくなったので、マチを広げるモードを発動。お店の方にイオン水なんかももらって、さあ日高へ急ごう!



 日高のPCはマドレーヌ一個だけ。なぜならマクドナルドの看板が見えていたから。椅子に座って飯を食うゾーと走り出したら・・・なんと7月31日グランドオープンですと?僕のご飯・・・。と走っていたが日高の街は一般的な郊外の街で、ショッピングセンターもありモスバーガーもあった。モスバーガーでしばし休憩し、発進。すぐにトイレに行きたくなり・・・もうこれから何も食わねーぞと決める。下痢ってわけじゃないのよ、今回も。

 コンビニ風酒屋でトイレを借りて(残念ながら和式)、リポビタンDを飲んで残り150km行きましょうよと。のたのた夕日を見ながら走っているとなぜだかz氏がやってきた。ようやく海岸からコースはそれて待ちに待った追い風。二人で増速して・・・コンビニ休憩。z氏が「僕はもうへたれ走りです」というので「望むところです」と答えた。そして妻に「12時頃ゴール」とメールして迎えにきてもらえるよう手配した。



 さあて次のPCまで100kmもない。二人で追い風の中走ればあっという間だろ、常識的に考えて。

 だが、この人(誰?)に常識は通用するわけはなかったのであった・・・。

まだ続く・・・。

北海道1200km 「男たちはもっと南へ」-3



 雄武にたどり着いたのは日の出の直前、予定時刻より1時間早くついた。1時間弱早くでているから当然なのだけど。雄武のセイコーマートでくつろいでいると、実はここはPCでは無いときかされる。どうも新しい版のキューシートで変更されたのだという。そこで走りだしてみると、1km程先にスタッフの方が待っているコンビニがあってそこが本当のPCだった。危ない危ない。



 PCをでてオホーツク海まで見通せる場所では上がったばかりの太陽が燦々と輝き海面を照らしていた。素晴らしい光景。オホーツクの夜明けだ。感動、感動・・・ちくしょう!いつまでこのオホーツク街道は続くんじゃい!しかも日が昇るとともに風も出てきたようだし・・・しかも5時間以上寝たのになんだか眠くなってきたし・・・。くわーっ!直線続きすぎ!追い風カムバックプリーズ!



 湧別の街でようやくオホーツク海とさようなら。本当はサロマ湖も余裕があれば観に行こうと思っていたのだけど、もうこのオホーツク街道には関わりたくない。まっぴらごめんだおさらばさいさいと右折すると、風に真っ向対決する形に・・・。みかけたセブンイレブンに倒れこみ、ゆっくりと朝食を食う。デジカメの故障を切り分けるためにSDカードを買って試してみるがやっぱりダメ。これで本体故障の可能性が高まった。しかしまあ、ソニーよ。よりによってこんなところで壊れることはあるまいに。だからクソニーって言われちゃうんだぜ・・・。



 さてさて600kmは越えたぞ。ということは残り半分しか無いってことだ。このセクションは最大の峠越えが続くセクションだけど、それぞれ370mくらいと400m。どちらかというと敵は向かい風だなあ。そんなことを考えながらしばしぼんやりしている間にブルベライダーが2?3人通過。その人達はこの日320kmの走行中にであったブルベライダーの全てであった・・・。



 勇払の次は遠軽という街に入る。これはしっかりとした地方都市っぽい。このコースでDNFしやすい街のひとつと言えるだろう。そこから次のPC温根湯までは・・・なんだかぼんやりしていて記憶が余り無い。普通の田舎だったなあ。たぶん。温根湯に到着はちょうど正午のころだったのだろう。日陰がなくって辛かった記憶。そしてそこからがヒルクライムだ。



 この登りはぜえぜえはあはあしなくっても登れる程度のものなのだけど、虫の襲撃が怖かった。あぶみたいな虫がぶんぶん周りを飛ばれると気が気ではない。刺激しないようにとも思ったけど、近づかれると手をブンブン振り回し、奇声をあげて威嚇せざるを得ず、それでもふと気づくと太ももなんかにがっちりくっついていて怖い。泣きそう。泣きそうになって地面を見ると、なぜだかヤマビルがうにょうにょ動いているのを見つけたり・・・。ああ、僕もキタキツネや鹿を見たいよ。蠅やあぶやヤマビルなんかみたくない・・・。



 大きなヒルクライムを終えて下りに入ると蝶やらトンボやらに突っ込んでく仕事が始まる。蝶は走行風ではじかれてしまうのかぶつかることもないけど、トンボはごつって感じでぶつかる。嫌な感じ。そんなムシムシランドを終えて本別にたどり着いたころには日も傾き、夜が始まろうというころ。いよいよ風が強くなってきたが、いくしかない。この日320kmは全行程向かい風・単独走行だったなあ。しかし、なか日が一番辛いね、気分的に。明日になっちゃえばもうほとんど終わりだもんな。さて、行きますか、明日へ向けて。



 帯広の平野に夕日が沈んでいく。北海道の景色は広く大陸的だと聞いていたけど、西海岸の大陸的な雰囲気とはちょっと違う。何が違うのかというと華色が柔らかいようだ。あっちでは空気が乾燥しているせいかはるか遠くの景色までエッジがシャープ、くっきりはっきりしていた。日本の景色は遠くになるにつれ柔らかく霞んでいく。優しい感じ。その優しい感じの遠景がゆっくりと闇に落ちる。そしてなにも見えなくなった。この夜は誰もいない、本当の夜の暗闇・・・。


????



 あまりに静かな真っ暗闇をフグライトで切り取った視界を頼りに走る。帯広空港南にあるこの道路は舗装も良くって走りやすいのだけど、ときどき巨大な糞なんかが落ちているので気が抜けない。あとしばらく走れば気持ちのいいベッドが待っていると思うとこの辛い日の最後なのに脚がだんだん軽くなってくる気さえする。主催者の用意してくれた仮眠所をパスし、さらに1時間程走ってナウマンゾウの里、忠類をすぎてホテルへ飛び込む。寝るぞ!さて何時間寝ようか?予定より1時間ほど遅れてしまっているが・・・思い切ってしっかり眠ろう!



 だらだらと続く。

年間距離。

Facebookのfriendに定期的に走行距離のレポートを上げる人がいるんだけど

Current mileage for 2010 = 10,338 bike, 386 run and 2.25 swim.

いったい何をして暮らしている人なんだろう・・・。たぶんリタイアした人だとは思うんだけど・・・。
そしてこの先には何があるのだろう?

知れば知るほど不思議なものがでてきてワクワクするなあ。