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【落武者魂】 2010年01月
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落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

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第二回さよならブルベ

 ふと体重を測ったら12月だけで3kg増えていることに気づいた。こんなに恵まれた環境にいるんだからもっと走りこめよとか思うのだけど、そういう思いはないのよね。もう少し足が治ればいいんだけど。その問題も、あとは足の裏だけになってきて、ゆっくりだけど着実に改善していっていると思いたい。本格的にシーズンが始まるまでに治りきれ・・・。

 と思っていたある日、また痛みが強くなってきたなあと思っていたらぶわっと体温が急上昇。38度線を余裕でぶち抜いて寝込むハメに。あんまり急激で39度も一気に超えそうだったので解熱鎮痛剤で押さえて、翌日には「これは熱があるな」くらいに。なんとかブルベ前日には平熱になったので安心してたらまた熱があがるじゃないですか。やむなく薬で抑え早めにベッドに入り、しかし眠れぬ夜を越えて午前4時半起床。大丈夫っぽい。じゃあまあいってみようか、第一回ワラジカツほどの失態は犯すまい・・・。と出発。

 ガス欠の恐怖に怯えつつスタート地点へついたのは午前6時50分前(7時スタート)。去年のサンディエゴ主催200kmブルベは雨中の寒い日だったのだけど、今回はうってかわって最低気温12度、最高気温21度という1月とは思えない天気。日本に帰りたくなくなるよなあ。コースは去年とまったく同じ。コース説明によれば毎年同じコースだとか。GPSにも去年のデータをそのまま打ち込んであって、そのデータをとっておいてよかった。ちなみに300kmも同じ、400kmは逆回りだったかな。とりあえず知った顔に挨拶。どもども、これで最後ですよって。


◆スタート前のブリーフィング。

◆早朝のさわやかな空気を切り裂いて、さあ200kmの半日ライド、スタートです。

 スタートから前方に位置して、でも追い込むようなペースにはせずにほどほどに。このコースは序盤が上りっぱなし、中盤が下り、終盤が海岸沿いのアップダウンという感じ。去年の自分の日記を読んだらアホなことしか書いていなくって情報がとれなかったものの、記憶では上りがきつかったような。まだ上りがあるのかよ、とか他のサイクリストと話していた記憶がある。

 トップ集団からはハズレてしまって単独になってしまったけど、結構いいペースで走り続ける。山岳コースだけどなんとか8時間台にできればいいな。最後にデローザ・アイドルでいいところを見せないとな(誰に?)、とばかりにサクサク進む。この景色も見納めだなあ、はじめに通ったときはなんと辛く思えたことだろう、今日はなんと軽やかなんだろう、俺も進化したものだ、とか思いつつ走る。ああ、この小屋掛けになってるバス停、なんども見たけどいい風景だ、たくさんラマがいるな、この上り道、去年は青色吐息だったな・・・。そして山間のダム湖。リカンベントに抜かれたことは忘れられない。今日は全部ブチ抜きだ(対リカンベント)


◆不思議なダムの風景。ダムマニアの先生、これは何ダムですか?



 CP2(CP1はスタート)はあたりがひらけた丘の上。ニュータウンのために切り拓かれたようなバイパス道路を登っていく。5kmを20分ほどで息も切らさず登りきり、去年の俺とはひと味違うぜ、と思っているとCP1が無い。去年は頂上付近の道端にワゴン車があってそこでチェックしてたんだけど・・・。サイクリストがひとり立ち止まってるので「CP1はどこ?」と聞くと「行き過ぎたかもしんない。いま友人が聞きに戻った」というようなことを言う。どうも彼も英語は得意でなさそうだ。このブルベはメキシコにちかいせいかメキシコからの遠征者も少なくない。200kmくらいだと各地からの参加者が来ているのでシアトルやらサンフランシスコやらのランドナーズジャージが見られて面白い。しかし、今は面白いと言っていられない。向かいの消防署からちょうど車と消防署員がでてきたので道をわたってブルベカードに書いてあるここはどこですか?と聞くと、この丘の下だよ、と言われる。マジか。

                      去年と同じ・・・!
    / 二ー―''二      ヾニニ┤  同じコースだが・・・
   <'-.,   ̄ ̄     _,,,..-‐、 〉ニニ|今回 コントロールポイントの
  /"''-ニ,‐l   l`__ニ-‐'''""` /ニ二| 場所まで同じとは書いていない
  | ===、!  `=====、  l =lべ=|
.  | `ー゚‐'/   `ー‐゚―'   l.=lへ|~|    そのことを
   |`ー‐/    `ー――  H<,〉|=|    どうか諸君らも
   |  /    、          l|__ノー|    思い出していただきたい
.  | /`ー ~ ′   \   .|ヾ.ニ|ヽ
   |l 下王l王l王l王lヲ|   | ヾ_,| \ つまり・・・・
.    |    ≡         |   `l   \__我々がその気になれば
   !、           _,,..-'′ /l     | ~''' CPは
‐''" ̄| `iー-..,,,_,,,,,....-‐'''"    /  |      |丘の手前 空の向こうということも
 -―|  |\          /    |      |可能だろう・・・・・・・ということ・・・・!



◆せっかく登りきったのに・・・。

 時速40milesで戻る。涙が溢れるのはサングラスに巻き込む風のせいだろうか。他の涙も混じっていたに違いない。下りきり、麓の町でキョロキョロしているとサイクリストがたくさんいるカフェを発見。近づいてみるとそこがCP1であった。カードにチェックをしてもらい、そのまま再スタート。次のCPまではそう遠くないはず。たしか20kmくらいだ。だとしたら四分の一程残ってる水だけでも行けるはず、と補給もせず。再び登る。登りきり時間を見ると、このペースで行けば8時間前後で走りきれるはず。まだいける。まだ俺はいけるぞ。


◆また登ることになろうとは・・・。

 ペースを落とさず次のCPまで。追い抜いていった誰もついてこれない。CP3で水をもらい、あまり休まずスタート。クリス・ハンソンたちのグループへ加わる。といってもスタートがまとまっただけで、すぐにばらけてしまったけど。それにしてもクリスはこないだの600kmブルベのときに見たよりずっとひげもじゃになっていて誰だかわからなかったくらい。彼は去年、ダブルセンチュリーだけで9回クリア、ブルベは年間8000km近く、その他のレースライドにも参加しつつカヤックやランもしてるらしい。誰もが「なぜ奥さんと娘さんはそれを許すのだろう」と不思議がっている鉄人にして僕の心の師匠だ。60歳近いはずなんだけどな。




◆師匠!そのひげはいったい!?

 ところで、ペースが急激に落ちた。あれれ?やっぱり俺ってこんなもんか・・・。汗がぽたぽたトップチューブに落ちる。鼻水も落ちる。景色はいい。木立を抜けたり、遠くの山々まで見渡せる高台に出たり、まったく飽きさせない。ただペースだけが落ちていく。






◆よく登り、よく下る。

 CP4にたどりつくとちょっと動けない。ここではいろんな食べ物や飲み物があったので、コーラを飲みポテトチップスをバリバリ食う。しょっぱいものが食べたくてたまらないのだ。なんか珍しいな、こんなにしょっぱいものが食いたくなることなんかあったっけかなあ。



 CP4をでれば数回の登り返しはあるものの、基本的には一気に下るのみ。去年はボトルを落として難儀した。今年はそういうこともなく、サイクリングロードへ。向かい風が厳しく辛いところだけども、それも厳しくはない。でも速度は13miles/h程度をキープするのがやっと。先週はタンデムだったけどあまりきつくは感じなかったのに、やっぱりこんなものが俺の実力なんだろうなあ。このあたりで9時間切れるかどうかわからないくらいに。まあ山一個分余分に走ったから、と自分を慰める。このCRももう走ることはないんだなあ、と感慨深く思えば楽になるかと思ったが、そういうことにはならなかった。



 さてCRを終えると残り60kmほどは海岸沿いを一直線。カールを食べたくってたまらない。おやつはカールのカールを食べたい。スタートでは「今日の海岸線は追い風になるって」と聞いていたけど、サイクリングロードであまり風が吹かなかったように海岸線もほぼ無風。しかし妙に寒い。特に日陰に入ると震えるほど寒いんだけど・・・。

 Oceansideの街をでるところで長袖ジャージを着込む。着込んでも寒い。走っても寒い。足も回らない。情け無い情けない。ふっと「最後の在米ブルベだし、制限時間全部を使ってゆっくり飯でもくいながら走ってもいいのではないか」とか思う。先週のLA200kmで時間をあまり気にせずウェンディーズで休んでいったように。しかしながら、そうするにはちょっと寒いな。日が落ちるともっと寒くなるだろうから、それはまずい。

 どんどん抜かれていく。序盤、あの登り直しでぶち抜いた人たちもどんどん僕を追い抜いていく。途中、集団にまぎれて走ったりする場面もあったけど、どうにもならない。そしてこの海岸線を走っていると去年おととしのライドのことが記憶から掘り起こされていく。400kmブルベではここを向こうから走ったけか、初めてここを通ったのはTour de Powayだったかな、600kmブルベでは深夜にこの坂を下って仮眠場所まで飛ばしてった、1000kmのときは寝坊して必死に北上し、ああ、そうそうこの坂でMike Berryが俺のことを待っててくれたんだよな・・・。



 陽の光が夕方に変わろうとする頃、ゴールの公園へたどりついた。結局9時間半ほど。あれれ?クリスがまだいる。彼は僕より圧倒的に速くって、だからゴールで会ったことなんか一度も無い。つうかもう着替えてるし。いつ帰るんだ、来年のパリで会おうぜ、メールアドレスは知ってるな?とかいう別れの会話。写真を撮ってもらう。彼はどうもわざわざこのために待っていてくれたようで、その後直ぐに帰っていった。サンディエゴを中心にブルベに参加するケリーとジョンとも最後の話を。ジョンは「ところでお前はいつもすごい着込んでいるな。去年の1000kmのときは驚いたぜ」と言われる。サムイの嫌いだから、と答える。今も結構寒いし。彼らと一緒にいたサンフランシスコから来ているジョセフにもパリで会えるからな、と言われる。たしかにそうだ。PBPを目指すブルベライダーなら、フランスで再会することもできる。その他のサイクリストたちも、もしかしたらロンドンで、レニングラードで、シチリアで、あるいは北海道で。しかし、もう会えない人たちもたくさんいるだろう。

   

 自転車をしまい、クルマを出す。もう日が暮れようとする公園にはまだまだ後続のライダーたちが到着してきているようだった。バックミラーをみるといつまでもジョンが大きな体で大きく手を振ってくれているのが見えた。ありがたいけど、辛くなるからもうやめてくれよ、と思っても小さく彼のその姿はバックミラーに映り続けていた。









 さて、家に帰るとあいかわらずどうにも寒い。おかしいな室内気温はそれほど低くないのに。補給が足りなくって体温を生産できてないのかしら、とか思うもふと体温計を脇に挟んで見てみると・・・おやおや・・・。再びベッドに倒れ込むことに・・・。


◆ばんじゃーい

ブルーエンジェルス in リノ



(2009年の)9月の半ばに開催されたリノエアレース。そのヒトコマはアメリカ海軍の曲技飛行隊ブルーエンジェルスのアクロバットに割り当てられていました。ブルーエンジェルスといえば世界最高峰の呼声も高いアクロバットチーム中のアクロバットチーム。その緊密に組まれた編隊の錬度は他を寄せ付けないとされます。かつては日本へ遠征し演技したこともあったそうですが、諸般の事情で「日本で飛ぶことは二度とない」というウワサです。

 細君の友人の女性写真家が撮ってくれた画像を貼っときます。例によって画像が多くてごめんなさい。クリックで大きな画像を見ることができます。

       

第一回さよならブルベ その二



 裏庭ではピザパーティが。庭にある釜で焼かれたピザやおかし、果物、ドリンクがテーブル狭しと置かれゴールしたサイクリストたちがすっかりくつろいでいた。Lisaへブルベカードを渡し、チェックを受けてからサインをする。9時間45分くらいでのゴール。おお、10時間切れたじゃないか。正直ビリだろうと思っていたのだけど「まだまだ。道に迷って電話してきてる人たちもいるのよ」とのこと。すでにゴールしていたライダーの多くはすでに見知ったーーーつまりブルベのベテランたちーーー人たちで、このあたりの道は目を瞑っていても問題ない連中ばかり。特に道に迷うところもなかったけど、慣れていないとつまらないところでミスをしてしまうのだろう。一回間違えると長い直線ばかりだから気づきにくいし復帰もしにくいのかもしれない。まあ、単純にゆったり飯をくったり景色を眺めたりしている人たちも多いのだろうけど。

 さてさて、くつろぎながら残っていたサイクリストへ最後のご挨拶。ありがたいことに残念がってくれる。Gregはここに残るためにとわざわざ仕事を紹介してくれようとしてくれたほど。さすがにそういうわけにもいかないけど。PBPで会いましょう、と伝えると彼とLisaは熱心に細君をタンデムでPBPへ参加するように口説き始める。タンデムは前方からスタートさせられるから道が空いてて気持ちいいんだ、とかホテルを押さえておくから気楽に来いとか。そういえば彼らと仲良くなったのは日本で唯一タンデムでPBPへ参加したkazさん夫妻と彼らが知り合いだったというところだったなあ。正直、今の実力でタンデム1200kmは考えられない。けど細君は少し真面目に考え始めているようだ。まあ、考えるだけなら・・・。

 ピザを食いペプシを飲みながら、ふと考えこむと涙が出てくるんじゃないかという気持ちにさせられてしまう。そろそろお暇することにしよう。ちょうど男女二人組のサイクリストとすれ違うように僕らは彼の家を後にした。そうだ、さっきの二人組は去年の300kmの後半、Santa Rosaあたりから抜きつ抜かれつ走ったんだよな。GGRのゴールでも出会った。300kmブルベのとき「なんであなたはいつも後ろから来るのかしら?」と聞かれたのを覚えている。いつか「やたら道に迷って、そのたびにあなた方に抜かれたんですよ」と言おうと思っていたのだけど、結局言えず仕舞いになったんだな。



 オシマイ。

第一回さよならブルベ その一

 12月の半ばに一端冷え込んだものの、それから暖かい感じで過ごしている今日この頃。ついに---残念ながら---ベンチュラエリアでの最後のブルベの日がやってきました。最後のブルベなんだけど、今年最初のブルベ。いままでは早朝に2時間かけてスタート地点へ行っていたのだけど、今回は近くの街で前泊することにしました。というのも細君を連れてタンデムでの参加なので。細君にとってはこれが米国での最後のブルベ。日本ではタンデムの活動が著しく制限されているのでこれだけの距離を一気に走る機会ももう無いかもしれません。

 さて、6時にスタート地点へ到着するとコーヒーショップを借り切るような感じで受付をしています。ちなみにスタート地点とゴール地点が今回は若干離れています。といっても1km弱。ゴールは主催者宅なのですが、早朝にあまりに人が集まると近所からクレームがあるみたいで、近くのショッピングセンターがスタート地点になったよう。でもショッピングセンターも買い物客以外は駐車するな、という話になっているみたいで、そのコーヒーショップ割当分に駐車してくれとのこと。なかなか大変そう。それはさておき、受付へ行くとすでに近々に帰国することになってしまったことを伝えてあったので、残念だなあという話が少し。でも受付をどんどんしなくちゃならないし、スタートも迫っているのでそういう話は後ほど、ということで。



 参加者は70人弱。ずいぶん多くなったなあ。ちなみに今日の気温は最高19度最低8度とのこと。すでに10度を越えている感じです。つまり全然寒くない。一応ウィンドブレーカーも着て4枚重ね。去年は一日中ウィンドブレイクジャケットとウィンドブレイクタイツを着ていたことを思うとちょっと不思議なくらい。スタート前にいつも通りのちょっとしたブリーフィング。シークレットコントロールとかインフォコントロールなど、初参加者にもわかりやすく説明。「あやべえ、シークレットコントロールがあるって言っちゃったよ」「クイズの答えが『Randonneurs USA』に関する四文字だって言っちゃったよ」とかアホなジョークばかり。そんなこんなでスタート時間に。空があかね色に変わる中、65人ちょっとの集団が流れ出て行きます。



 スタートからしばらくは上り。夜が明けるに連れて気温の変化が起こるせいだろう、強い風が吹き始める。去年の直進すらおぼつかない強風を思い出すが、それほど強くはならず30分もしたら進路が変わったこともあるが風はやんでいった。寒さも和らいでいるけど、ところどころにひどく冷たい空気が溜まっている場所があり、さすがにこれ以上の薄着はまだできないな、と思いつつも人によっては半袖ジャージのみ。薄着過ぎるだろとも思うけど。どうして人によってこうも気温への感覚が違うのかと不思議だ。寒さ暑さへの耐性も訓練次第で鍛えることができるんだろうか。そんなことを考えているうちに空はどんどん明るくなっていく。そしてはっきりと日がでてくると日があたっているところは暖かいけど木陰にはいるとやはり寒いという感じに。下りで30miles/hが続くような場面では体の芯に寒さがしみとおってくる。足の先が痛い。やはり冬は冬、なめてはいけないのだ。



 ちょっとした峠のてっぺんにシークレットコントロール。主催者のグレッグにハンコを押してもらう。ウィンドブレーカーを脱ぎ、指ぬきグローブに。僕のタンデムにはトランクをつけているので脱いだものをしまいこめて便利この上ない。こういった装備は重さが気になるが、重さっていってもツーリング向けに製作されたタンデム自体が軽くないわけで・・・。ところで、写っているタンデムのカップル(本当はカップルでも夫婦でもない)は日系人のサイクリストで、おにぎりをボトル状の入れ物に入れてボトルホルダーに差している。タンデムの女性はよく走行中に周りの人達におにぎりを配ってまわるそうだ。ちなみに僕らも朝ごはんにおにぎりを食べてきていた。おにぎり最高。ついでに彼女はGRRを寝ずに完走したと誰かが言っていた。たしか70時間ほどだ。300km地点までは一緒だったから、そのペースから考えると本当に寝ないで走りきったのかもしれない。



 かなり日が出てきた。前にここを走ったときはひどく曇っていてつまらん通りだったけど、今日はカナル諸島の島々まではっきり見える。そうだよ、これが正しいカルフォルニアだよな。



 CP2は山あいの田舎スーパー。店員が「なんでみんなレシートほしがるのか不思議だよ」と言っていたと妻が言う。しかしタンデムでもそれぞれレシート取んなきゃならないからめんどくさいのよね。


photo by Shai

 長い上りでPCHRのSuper Randonneurs記念ジャージを手配したシャイに抜かれながら写真を撮られた。しかし次の長い下りで抜き返し写真を撮り返す。彼は初めての600kmでゆっくり寝てもなお30時間切りするほどの剛脚なのに、なんで苦しそうに登っているんだろう、と思ったらピストだった。この先の下りは伏せてるだけで60km/h超えるのに・・・。



 次の登り返しをインナーでダンシングしていたらキチン!という音がしてペダリングがすっぽ抜ける。あっと思う間はあったので右足をペダルから外して着地するが、後席の細君はそこまではできず結局倒れてしまった。この状況は明らかにチェーン切れ。Tour de Foothillのことを思い出す。あのときはちぎれかけたチェーンがディレイラーを巻き込んで破壊していたが・・・今回はただ切れただけのようだ。リカンベントのダンが登ってきて心配してくれて停る。どうしたんだ?チェーンが切れたみたいだ。つなぐのはあるか?無いみたい。9速用のはあるぜ?と申し出てくれるがこれは10速。でも使えるんじゃないかなと彼はリカンベントを路肩に寄せる。地面にヴィッパーマンのコネクトリングが転がっていたので拾う。片方だけだったが壊れてはいないようだ。もう少しあたりを探すと残りの一個もあってそれも壊れてはいない。ダンに大丈夫そうだと伝えてチェーンをつなぎ直す。ふう、なんとかなりそう。コネクトリングの予備を忘れちゃだめだな、と思い顔をあげる。あ!なんという偶然。ここはアメリカに来て初めてのブルベで細君が足をつって転んだところそのものじゃないか!






 CP3までの長い下りで一気に前グループとの差を縮めて彼らが食事しているところに追いついた。カーペンティリアという街で、ここでレシートをもらわなきゃならない。商店街になぜだか「Torii」がある。奥にあるのは小さな商店街。いったいなぜこんなところに「Torii」が・・・。

 残り100kmをだらだらと走る。CP4も「この近所でレシートをとれ」というもので、ウェンディーズがあるのを知っていたので迷わず突入。やたら混んでいて時間がかかったけど、ハンバーガーをおいしく頂きました。時間を考えると10時間は切れるような気がしてきた。今回の200kmは1500mしか登らないのでタンデムでチャレンジするのにちょうどよかったんだけど、10時間を着ることは結局できないだろうと思っていた。でも、このまま行けばなんとかなりそうだ。だけど多分、僕らがビリじゃないかなあ。ウェンディーズにいた時も誰も走り去るのを見なかったし、CP3からこのかた二人しか見かけてない。

 僕らのタンデムは平坦な場面ではそこそこ速度を維持できるんだけど上りが続くと辛い。もうなんども走ってなんども辛い気分なSanta Rosa通りもこれで最後だと思うと、でもやっぱり辛い。へたれていると後席から「立ちこぎ立ちこぎ!」「へたれない!」などと檄が飛ぶ。なんであなたはそんなに元気なのですか?でもたしかに立ちこぎした方が楽に登れていく感じがする。やはりふたり分の体重をこめるというのは侮れない効果があるようだ。

 Moorparkの住宅街に入り一気に下る。その勢いを殺さずGregの家へ走り切ると、自転車置きが路上に置かれていていくつか自転車が置かれていた。さらに家の前の芝生にも自転車が倒してあって、近所の子供たちがはしゃぎまわっていた。ちょうどGregが出てきていて、裏にまわってLisaにカードを提出するように言う。裏庭に回るとピザの匂いが・・・。

 つづく