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【落武者魂】 2009年07月14日
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落武者魂

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2009年07月14日

GRR1200km 北の地獄の巻

「ここには紙しかないんだ。ごめんな」 Grass Hopper CPのスタッフ

 わずかな仮眠を終えて妻とともに数百メートル先のSusanville CPへ向かう。ここも体育館のような建物だけどTaylorsvilleよりはかなり大きい。入り口近くにスタッフのチェックがもうけられていて、その先に食べ物がいろいろと置かれているテーブル、そして脚付きの担架が並べられていて仮眠スペースのようだ。奥にはシャワーなどもあるとのこと。

 胃腸の重さを感じているので、パスタやパンなどを無理無く食べられるだけ食べてCPを出る。スタッフから「しばらく追い風だから」と言われる。しかしすでに18時を回っており、迫りくる闇の方に不安がでてくる。6時間かかるとすると24時くらいにAdinか。まあよい。ここからはイーグルレイクの周辺にある4つの峠を越えることになる。それぞれは厳しいものではなさそうだが、全体的に高原ということで気温が下がるだろう。Susanvilleに運んでもらったバッグの中になぜか十分な防寒具が入ってなかったので、気落ちしながらAntelope passを登っていく。この峠はSusanvilleから北に見えるを山壁を斜めにナイフで削ったような道。非常にダイナミックだ。そこを1時間ほどかけて登る。うーん、ちょっと時間がかかりすぎだ。あの程度の睡眠では体力があまり回復していないが、いつものこと。回復力を鍛えたいなあ。

 峠のてっぺんで強風にさらされながらウィンドブレーカーを羽織る。すねだけが剥きだしなのが何ともいえずいやな具合。さて、Adinまで残り100km弱、耐久するとしますか。


 4つの峰が連続するかと思っていたら、それぞれの間に緩やかな場所が広がっていて、それが意外と心に堪える。ダウンヒルからヒルクライムまでスムーズにつながっていれば辛くても飽きないのだけど、こうただっぴろいところに放り込まれると結構厳しい。GPSに入力された峠のピークの表示を救いにこつこつとペダルを進める。二つめを越えるとイーグルレイク。すでにその先の山並みに日は沈んでいた。夜が僕を追い越していく。

 三番目の峠の前に小さなCPが。ここまで50kmほどで初めての人の営みの雰囲気があった。消防署の庭に天幕が張られていて、様々な食料が用意されていた。トイレは無く、紙だけはあるけど・・・とのこと。今思えば消防署のトイレが借りられたのではないだろうか。それともあれは消防の施設だけで無人? 他の休んでいたサイクリストにあわせてスタート。あとは最後の峰を越えると長い下りになるはず。一緒にスタートした参加者はすぐに見えなくなる。真っ暗。自分のライトに照らされる範囲の外は完全な闇。少し目をそらすと自分が立っているのかどうかもわからなくなる。空間失調?

 ようやく最後の登りを終えた。Adinまで長い下り・・・寒い!むちゃくちゃ寒い!余りに寒いのでブレーキひきっぱなし&ときどき停止。いきなりリタイヤ願望が跳ね上がるが、こんなところでどうやってリタイヤできるのか?電話も通じない。通りがかりのサイクリストに頼もうにも、彼らがCPでそれを連絡し、救援がくるのはいつになるのか。この闇の中で立ち尽くし続けるのはいろいろと無理がある。せめてSAGがやってくればリタイヤもできるのだけど・・・トイレにも行きたい・・・。だから進むしかない。「もうやめてやる」「さむいー!」などなど絶叫を山々に響かせつつ、這々の体で凍えながら1時半にAdin到着・・・。さらに到着チェックもそこそこにトイレへ飛び込む。ここから・・・トイレ耐久ブルベの始まり・・・。

 AdinのCPは田舎の集会所を借りているようだ。無駄に広い厨房があって、スープなどを出してくれる。ホール側の奥には衝立があってその先のくらいところが仮眠場所?ここでジョセフにSD600以来、ひさしぶりの再会。「どのくらい寝たの?」と聞くと「あんまり」とのこと。「私は遅いからあまり休めないんだ」と。

 軽く補給をとって、ドロップバッグから予備の防寒具を引き出す。これでなんとかなるか、と少しほっとする。体力の回復をはかるため、食卓の近くでエマージェンシーシートにくるまって15分ほど眠る。あまり眠った気はしないが、長くも休んでいられない。なにしろSusanvilleからの110kmに8時間ほどかかってしまった。目が覚めるとジョセフの姿は無かった。先に行ったのかと思い、旅支度。実際には彼は先に行ったわけではなく、ここで長い仮眠をとったようだ。僕は結局このCPで1時間半も費やしてしまった。トイレにこもったりして・・・。

 Adinから少し行くとAdin passという峠。それさえ越えれば行きの大きな登りはもう無い。無いのだけど、だんだんと睡魔が襲ってきた。下りきったあとの睡魔は特に厳しく、あまり目が覚めていた記憶がないほど。そういう意識低下状態の間に距離が進んでいればいいなあ、と思うもののGPSを見るとほとんど進んでいない。そういう半睡眠状態ではスピードもでないのか、そういった状態は一瞬でしかないのか、そのどちらもなのか。

 真っ暗な闇の中でライトの照射範囲だけをみつめている。すると、右端に路肩の白線しか見えない。その白線がふらふらと動いているのだけ。想像してほしい。真っ暗な中、視界の右端に白い縦線がゆらゆらしている光景を。これはものすごい催眠効果がある。時折背中からさっと照らされるように明るくなって目が覚める。クルマのヘッドライトかと思うが、頭上が開けた場所で月明かりが差し込んでいるのであった。見上げるとほぼ満月。そのおかげでライトはひとつしか点灯せずとも不安はない。路面は横方向のひび割れは多いものの、縦方向のひびや深い穴などは少ないので安心して走ることはできる。交通量が少ないのだろう、路肩につもるゴミも無い。でも眠い。

 やがて夜が明ける。眠さはMAX、便意もMAX。サドルに腰をかけていると、それによって圧力がかかっているのでなんとか耐えられるのだけど、ダンシングなどで腰をあげると解放されたと誤解した便意が僕を襲う。しかし腰を下ろしたままだと、路面のひび割れが引き起こす振動が便意を強めていってしまう。前門の狼、肛門の虎とはまさにこのこと。さらに時折寝ぼけて路肩に突っ込んだり対向車線に飛び込んだり・・・。ハイシエラののどかな風景が、その雄大なる退屈さが、固まりになって僕に襲いかかる。これは死ねる・・・。眠いんだよ・・・!もはや自転車とは関係ないところで辛い。辛すぎる!

 とにかくAlturasまでたどり着けば折り返しまでの残り30キロちょっとは平坦なはず。せめて600kmは走ろうよ、と自分を鼓舞しながら眠気と便意に耐えて7時過ぎにAlturasへ。到着チェックを受けてトイレへ飛び込む。ん?いまやばい感じじゃなかったか?どーんという気持ちとともにレーパンをチェック。まあ、大丈夫そう。だけど無色無臭のなぞの液体が排出された可能性もあるので、念のためパッドをよく拭いてさらに手を洗うための消毒アルコール(携帯してる)を塗っておく。気持ちだけでも清潔に。

 


 AlturasのCPは公民館(たぶん)。食堂でパンケーキをひとかじりし、DNFすべきかどうかしばし迷う。考えても考えてもトイレ問題と眠気以外はリタイヤ理由がない。後者はともかく前者は十分な理由になりそうだけど、脚も問題なく回ってるし、体力的にはまだ動ける。うーん、折り返しまではいってみるかなあ。おや?脚は問題ないって右膝や右足首が痛かったのは・・・触ると痛むやん。でも気づかないでいられるなら大丈夫!

 Alturasからは平坦と信じていたのに、実はゆるやかな登り。当てが外れるとがっかりしてポテンシャルが低下する・・・。坂というほどの坂は無いのでへろへろと進み続け、ただっぴろい草原へ。ここからは見えないが、草原の左手の向こうはGoose Lakeという湖だそうだ。そしてこの道の行く先はオレゴン。そしてその間にあるのがDavis Creekの折り返しポイント。ようやくたどり着いた北の果て・・・。トイレ、トイレ!何はなくともまずトイレ!

 


つづく
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GRR1200km 夜行列車の巻

「脚力とかが強いことが大事なんじゃないんだ。精神力だ。精神力の強さが大事なんだよ」-ピーター・リー

 100人程が公園の駐車場から出て通りに揃う。一応、道路に青い線が引いてありそれがスタートライン。せっかくだからということか、ピーターとアンダーソン、ジョーンズ(全員アジア系)が近くに並ぶ。通りがかるクルマが「なんだなんだ」と行った雰囲気でゆっくりと通り過ぎる。道路封鎖も無し。大量の自転車で勝手に一車線封鎖状態。でも通りがかるクルマは誰もクラクションなど鳴らさない。不思議な顔をしてみているけど。

 しかしある意味国際規格の大イベントなのに、溢れる手作り感がなんともおもしろい。ダンが何やら合図して”なんとなく”スタート。CP2 Orovilleまで160kmほどは完全にフラット。しかも基本的には追い風。素晴らしい勢いでトレインが進んでいく。もちろん1000km以上の長丁場ということもあり、誰も息があがるような走りはしていない。皆、自己紹介しあったり、旧交を温め合ったりしながらどこかサイクリング気分の高速トレイン。いやはや楽しくってしょうがない。

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 道がフラットなら景色もまた平坦。大きな区分の水田や畑が左右に広がり、ときおり懐かしい夏の草木の匂い、そして水田の匂いが流れてくる。路面が金網の跳上橋を渡る。これ、雨のときはどうするんだろう。コースはその平坦な景色の中を右へ左へ直角に曲がるのみで、これまた単調と言えば単調。なんだか昔のF1にあったどこかの市街地コースのようだ。やがて夕日が地平線へ向かって沈んでいくけど、遮るものが少ないのでなかなか暗くならない。とはいえ、まずは一回目の日没。途中にチェックをしないウォーターポイントと二つのシークレットCPがあって、だんだんと集団が壊されていくものの、なんとか10人くらいになったおそらくは中盤のグループにひっついて走る。このグループの先頭はライトスピードのタンデムを駆る夫婦。先頭交代などまったくしなかったので、最終的には後続のもっと大きな列車に吸収されてしまった。やはり戦いは数だな。

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 CP2 Orovilleには23時半ごろに到着。ここのCPは街のスポーツジムを借りて設営されているらしく、ヨガルーム(といってもかなり広い)に大量の補給物資や、仮眠用マットなどが準備されていた。さすがにまだ眠る人はいないようだけど。がやがやとした雰囲気で、ちょっとペースが速かったんじゃねえか、といった話題なんかが聞こえてくる。160kmを5時間半だから、確かに数字上はハイペースだけど、追い風と列車効果を考えるとこんなものかもしれない。予定時間よりは数時間早く到着しているものの、6時間程度で走れる可能性は考えていたし、ここから先はずっと登りなので帳尻が合うだろうとも思っていた。


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 ピーターに「調子はどうだい?」と言われ「まだ楽しいね。でも『なんでこんなライドに参加したんだろう』とか考えていたよ」と答えたら「そういうことは考えちゃ駄目だ」とたしなめられる。たどたどしすぎる英語でしか話せない人間がくだらない冗談を言ってるとは思えないのだろう、真面目に心配して真面目に答えてくれている。自分の英語力を棚に上げてしまうけど、総じてアメリカ人には自虐的な冗談は通じにくいような気がする。いや、単に心配してくれちゃうんだな、嬉しいことに。

 そんなに長居した気はなかったのだけど、いつのまにか人影が少なくなってきている。ちょっと急いでCPをでるがまだまだ後続がぱらぱらと入ってきていてすれ違った。Orovilleからは文明を脱してJarbo Gapという長い峠へ向かって登っていくのだけど、街を抜けてしばらくはフリーウェイ沿いの田舎道をゆるやかに上り下りする。やがて幹線道路を離れ一直線の登りに。すでに日付も変わり、まっくらな中にぽつぽつと赤いLEDの灯火が続いている。追い抜かれることはほとんどないが、追い抜くことはもっと少ない。でもそれでいい。とにかく完走しなければ。サンディエゴ1000kmで確立した「脱力走行」を徹底して走る。どこまでも力を抜いた脚はまるでマリオネットのような力の入ってなさ。どこの筋肉にも力が入っておらず、ただカラカラとペダルが回るにまかせて回す。直前にサドル高さを低く変えていたせいでちょっと膝頭があがりすぎかなとも思っていたのだけど、そういう違和感はすっかり消えてなくなり、うまいこと「脱力」に成功しているようだ。

 Jarbo Gapの頂上手前でPCH Randosのリンダと合流。日系人の彼女は去年秋の200kmや春のダブルセンチュリーなんかで所々一緒に走った。彼女の夫も自転車に乗るのだけど、ロングライドは嫌いだそうで単独参加だ。GPSに頂上が表示されたので「あれがてっぺんだ」と言うと「そうみたいね」と言ってくれる。300km付近まで大体は彼女に先行する形で視認距離を走り続けたのだけど、CP4のTayrorsvilleで先に行かれて以降、その姿を見ることはなかった。結局、リンダは72時間ほどでゴールすることになる。一定のペースで走り続けられるって言うのは強いなあ。

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左)トンネル。照明があったのはここだけ。どれも短い。 右)Tobin Resort

 Jarbo Gap(別名Yankee Hill)を下った先は100milesほどの登り。しばらくは大きな渓谷の中を走り続け、Tobin Resortという渓谷沿いのCPへ到着。すでに午前3時。CPになっている丸木小屋風の食堂でしばし休憩。だいたい200kmを越えたあたりということで一段落なのか、けっこうにぎわっており、ソファなんかでちょっと仮眠をとっている参加者もいる。用意されている料理をいくらか腹に収めてスタッフに出発を告げる。GRRではCPへの到着と出発をそれぞれ記録していて、スタッフにそれを告げないとならない。記録としては、後から見て「この人はここでこれだけ休んだんだな」というのもわかって面白い。

 Tobin resortを出ても登りつづけなのだけど、斜度は3%ほどしかないし追い風が続いているので全然苦ではない。ただ夜を徹して走るのは久しぶりなので、それはちょっと不安だけど、不安だからといってどうすることもできない。そしてちょっと寒い。高度も1000mに達しようとしていてただでさえ気温は下がっているはず。特にこの払暁には気温がぐっと冷え込む。早く陽が登ってくれと思うが、夜空は茜色になりつつも深い渓谷のために朝日は差し込んでこない。耐えるしかない。寒いのは嫌いなんだよな。

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 すっかり明るくなった頃、GPSに「坂終了」という文字が。GPSには主立った峠のピークの位置を推定で入力してある。これは精神的に助けになるのだ。ここでは「終了」と言っても、ピークというより山間の小さな湖のある盆地に到着しただけ。盆地の端をめぐるようにしてGreenvilleの Info Controlへ。Greenvilleは小さいながらも街の体をなしたところ。ここにある金物屋の店名がInfo controlのクイズになっている。そこには数人の参加者が居合わせていて、朝の挨拶を交わす。誰かが「このクイズはGoogle viewでもわかるな!」と冗談を言っている。年配のサイクリストは店の前に腰掛けてしばらく休むと言っているが、ここから1時間もかからず TaylorsvilleのCPのはず。そこではゆっくりと休めるはずだ。

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 8時前にTaylorsville着。町というようなものではない。体育館か公民館のような建物がCPになっていた。ちょっとした厨房があり、そこで温かい食べ物を注文できる。人気はオムレツのようだったけど、僕はパンケーキを頼んだ。ホールの中央には16人くらいがかけられるテーブル席があつらえてあり、夜を徹して来たブルベライダーたちが食事を摂っている。壁際にはドロップバッグが置かれていて、僕は長袖RUSAジャージと薄手の長袖インナーを着込んだ。かなり冷え込んでいるな0度に近いぞ、という話題が聞こえる。ほんとうにそうだ。陽が出て来ているのに寒くてしょうがない。


 さて、Davisの600kmブルベはここが折り返しなのだそうだ。参考にしたレポートによれば、帰りはずっと向かい風に悩まされるらしい。そんな馬鹿な。ずっと南風が吹き付けているということになるが、そうすると南に空気は無くなってしまいじゃないか。そんなことはありえないので、かならず気流が逆転するときがあると信じることにする。そしてそのタイミングで帰路を走ればいいのだ。

 Taylorsvilleからは50milesほどがGRR最高地点を越える峠だ。ここから斜度もぐんとあがりまともな峠になる。斜度とともにようやく気温もあがり、自転車をとめてさっき着込んだウェアを脱ぐ。「おい、エルクがいたぜ!見たかい?」と声をかけられるが残念ながら見ていない。日光が奇麗にまばらな林や緑の地面、流れる小川を照らし出していて本当に美しい。人為的なものかどうかわからないが、山火事があったようで木々の下の方はこげて黒ずんでいる。そういった山火事もまた自然の維持循環の一つの要因になっているというのが、このあたりの自然保護の考え方なのだ。

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 Antelope Lakeへ到着。ダム湖だけど、人工的な感じのしない奇麗なところだ。ここからGRR最高地点付近はなんとも風光明媚なところで、なんとも心地よい。やたら広大で大自然の巨大さに畏怖されることも無い。これくらいがちょうどいいのだ。地平線の彼方まで人間の営みが見えないときの、あの何とも言えない不安のようななにかは、精神的に堪える。湖を回り込んでCPへ到着し、スタッフにトイレの場所を聞くが、けっこう離れているキャンプサイトに行かなくてはならないらしい。それでは仕方が無い。あきらめてわずかな休憩で前進することにする。GRRのCPは大きく二つに分かれていて、屋根のあるフル規格のCPと、キャンピングカーやトレーラーなどで物資を運んで来てテント設営されているここのような簡易CPがある。簡易CPの方ではトイレは無いので要注意だ。基本的には「薮があるじゃん」という話なのだけど「でっかいのを」と言うと「うーん、紙はあるぜ」となる。トイレットペーパーを持って走っている人もいるので、そういう覚悟も必要なのだろう。

 Antelope Lake(後にAntelope Passも出てくるけど、まったく別の場所)を出立してしばし燦々と照りつける日光の中を登り続ける。すでに高度は2000mに近づいていて、空気そのものは暑く無いとはいえ絶え間ない太陽光と斜度のある登りのせいで汗が落ちる。それでもある程度登りきり、一段落だなと思ったところで後ろからマイクで何か叫ばれる。パトカーかな、と思ったがSAG(サポートアンドギア。つまりオフィシャルのサポートカー)が「ここがGRR最高地点だぜ!」って叫びながら追い抜いていくところだった。すばらしいタイミング。この名もなき山頂をすぎてもアップダウンは続く。最終的に急な下りになるのだが、そこは帰路の焦点となる場所だ。Janesville gradeと呼ばれている。8kmほどで700mほどを一気に下り抜けJanesvilleの集落へ。ここでようやく携帯の電波が入った。ぎりぎりアンテナが立つ程度だけども。さて、現在時刻は14時すぎ。大きなCPであり宿泊の予約もとっているSusanvilleへはここから1時間程度で到着するだろう。しかし、そうするともともとの予定到着時間だった17時?19時からはあまりに早まりすぎている。細君は補給物資を持って来てくれているわけだけど、こんなに早く到着するとは思っていなかったからそれが不安であった。もし、彼女がまだまだ到着しないのであればAdinまで一気に行くか?ちょっと防寒に難がありそうだけど、逆に日没までに距離を稼げる。しかし、正直眠くってポテンシャルの低下が激しい。

 結局、なんとか連絡が取れて、僕がSusanvilleへ到着するまでには彼女は到着できるらしいと判明。到着次第、先にモーテルへチェックインしてくれるとのこと。ありがたい。

 それは解決したとしてもうひとつ考えるべき問題は、この時間に到着して仮眠をとると貴重な日中の時間が無為に費やされてしまうのではないかということ。主催者はSusanvilleではなく、その100km先のAdinでの休息を推奨している。100kmということはだいたい5?6時間だろう。午後9時ごろにAdinに到着し、数時間休んでDavis creekへ向けて再出発する。これがベストなのだろう。でも、さすがに睡魔の影響もあって目の前にベッドとシャワー、着替えが用意されていると知りながらそれを素通りするのも難しい。トイレへも激しくいきたかったし。うん、実はトイレに行きたい。

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 というわけで15時過ぎにSusanvilleのCP手前にあるBest Western INNへ落着。JanesvilleからSusanvilleまでのセクションではたまった疲労のせいかあるいは眠気のせいかペースもガタ落ちだったものの、これでようやく一段落。400kmを21時間ということで、悪くは無いペース。特に体に不調は無く深刻な疲れも無い。モーテルではシャワーや着替えなどを済ませ90分程寝ることに。トイレの勢いだけが不安を感じさせたものの、ここまではあっさりとしたブルベだ。まあ、400kmとはいえまだ1/3。ここで問題が出ていたらその方がやっかいなのだけど。

つづく

GRR1200km 開戦前夜の巻

「グズグズしてる場合じゃないわよ」 オードリー・アドラー 

 カリフォルニア州の州都サクラメントの西にDavisはある。UC Davisで知られるこの街は大学のある街らしくこじんまりとしつつも活気のある場所だ。そのはずれ、住宅街にあるそれほど大きくはない市民公園がGold Rush Randonneurs 1200のスタート会場。こじんまりとした駐車場の入り口に段ボール箱で作られたような看板が。国際大会というよりは文化祭のような感じ。微笑ましい(w

 

 



 受付の建物の前に、これまた手作りの情報ボードが置いてあって、簡単なルートガイドや「とにかく水を飲め!」という標語、氷入りの袋が配られるから首にかけろ、などの説明がされていた。前回、前々回が灼熱ライドだったそうで、大型ボトル2本でも厳しいよというアナウンスもされていたほど。今週は運良く最高気温はそれほどあがらなそうだけど、そうすると最低気温が気になる・・・。

 エントリーについて少しトラブルがあったものの、まあ、それはおいといて車検などを。ライトのチェック(それぞれのライトについて予備電池の確認をされた。充電式は充電式だと言えばよいようだった)、ブレーキや反射材などの確認。ゼッケンなどの準備をすませてスタート時間までホテルへ戻る。

 

左)寄せ書き 右)クリスと僕 

 

左)ドロップバッグの山 右)僕もキャメルバッグを背負う。話している相手は「俺は今回は背負わないんだーへっへー」と言ってる(本当に)。

 2?3時間でも仮眠できればいいなと思っていたけど、残念ながら眠ることはできなかった。ふたたびスタート会場へ戻り、クリスやニコル、シャイら過去のブルベで出会った人たちが声をかけてくる。正直、全員を覚えているわけではないので大変だ。アジア系の参加者も「珍しいなあ」ってことだろう、声をかけてくる。サンフランシスコ周辺で走っているアンダーソン、テネシーから来ているピーター、ちょっと見た目若いジェームス、と僕がアジア系の参加者。僕以外の3人は台湾系のようだ。

 大方の参加者はキャメルバッグを背負うか、キャリアか大型サドルバッグをつけている。どちらも装備している人も。自転車はさまざまだが、カーボンで軽量を誇るようなものは見かけない。タンデムやリカンベントは少々。


 やがて中庭でブリーフィングが始まり、主催者のダンがルート上の注意点を簡単に説明する。特に行き帰り中間地点にあるSusanvilleに注意するようにと。そこは交通の結節点でリタイヤの誘惑にかられやすいからとのこと。というかここ以外でリタイヤするのはかなり困難。どうやっても帰ることはできないから。

 なごやかにブリーフィングは進み、最後に前回、前々回の完走者を紹介してブリーフィングは終わり。さあ、10分前だ、の掛け声で駐車場から車道へと100名ほどの参加者が移動していく。日差しはすでに夕日のものとなりつつあった。午後6時。スタートが迫る。

 


つづく

GRR1200km 事前準備の巻

「Gold Rush Randonneurs 1200への参加は必須事項だぜ」 ジョセフ・モウラー

 SD600を走ったときに北カリフォルニアからの参加者、ジョセフから「GRRへの参加はカリフォルニアのサイクリストには必須みたいなもんだ」と言われてその参加を現実的にとらえるようになった。GRRは4年に一度、同じ州内で行われる1200km級ブルベ。ゴールドラッシュ・ランドナーズ、かつての金鉱熱狂時代のルートを巡る長距離ライド。2009年に世界14箇所で開催される1200km超級ブルベのひとつだ。確かにこの時期に参加のたやすい場所にいられたのは何かの縁かもしれない。

 誘いを受けてからその後、LA600、SD1000と走り経験と自信を蓄えていった。LA600では事前の計画に頼ることができず、力押しでクリアすることを求められたが、それを達して「600まではなんとでもなる」という気持ちを作ることができた。SD1000では、それを走りきることによって「あと200km」足すだけだ、という見込みをつけることが。SD1000をクリアできたのならGRRもPBPもいけるさと言ってもらえたことも力強い後押しとなった。同時に1000kmと1200kmの200kmの差の重みも感じざるを得なかったのだけど。

 SD1000終了後、申込用紙の提出も終えてしばらくの休息期間。日本に帰国したリしつつも、二つのダブルセンチュリーをこなし、あまりなまらないようには気をつける。普段の平日はほとんど乗らないし、ローラーもめったにやらないから。この間に若干の膝の不調や気管支の痛みなんかを感じたものの、注意して悪化する事は避けられた。膝の不調はおそらくサドル高さの変更に従うものなのだろう。早めに気づくことで修正することができた。

 通常のブルベはACP(オダックス・クラブ・パリジャン)という組織が全世界統括しているが、1000kmを超えるブルベはACPではなくRM(ランドナーズ・モンデックス)が主管するらしい。まあ、直接開催するのはDavis bike club。組織としてはRM-RUSA(ランドナーズUSA)-DBCとなるのだけど、一参加者にとっては基本的にどうでもよいこと(申込不備があったので一参加者の僕もRMとの協議になるかもしれないというのが現時点だけど)。GRRの資料についてはDBCのサイトからダウンロードか、あるいは参加者宛にメールで送られてきた(郵送を希望することも可能)。装備などのルール(RUSAの一般的なブルベルールだ)、天候状況やコース概要、地図、標高差図などなど。まず重要なのはコースについてのものだ。

 さて、どうでもいい話と言えばどうでもいい話なのだけど、ここでどのように計画を立てるのかを記しておきたい。まず、このような長距離のブルベでは、細かくセクションごとに想定時間をたててもしょうがないので、ざっくりCP間を「時速20km平均では走れない」と考えて時間を算出する。たとえば50kmあるのなら3時間くらいかかるな、110kmなら6?7時間くらいかな、という感じ。もちろん、地形が平坦で序盤なら100kmなど4時間もかからないことだってある。それはあとから多少修正を入れることにしてCP間の時間を積み重ねていく。基本的に1時間単位でよい。またこの時間には休憩を含めるものとして、ややゆるめに考えておくとよい。睡眠時間はあとで考える。

 次に寝る場所について考える。今回はSusanvilleという400km地点の街を中心に考えた。ここはコース上でもっとも栄えた場所であり、モーテルなどもある。この先のCPはAdinという場所だが、100km以上離れていてそこをベースに考えると500kmを初めに走らないとならなくなる。それはきつそうだ。ということで、Susanvilleで往路復路とも休むことにして400+400+400という基本計画をたてる。

 それにCP間距離から計算された時間を当てはめると27時間+23時間+27時間、つまり77時間となった。制限時間は90時間なので13時間は余っている。ここから睡眠時間をひねり出す。睡眠時間は90分を1単位として、初めに1単位、帰路に2単位を考える。つまり4時間半が睡眠時間。それにシャワーなどの時間をふくめて、えーと7?8時間が大休憩の時間になるということか。85時間ほどでゴールできることになる。残り5時間あるので、多少のトラブルや睡魔の襲撃にも耐えられそうだ。

 SD1000が67時間での走破だったので、そこから200km分、それも疲労困憊時の200km分と考えるとそんなものかとも思う。まずはこれで走行計画としてまとめておく。今回は珍しく表を作っておいた。CPごとにそれをチェックして自分のペースを確認できるようにと。

 次に、というかもっとも重要なのは気候の問題だ。GRRは誰も(といっても南カリフォルニアの人)が「ひたすら暑い」といい「雨の心配はない」というが鵜呑みにはしない。実際、天候情報によれば夜間はかなり冷え込むようだ。天気予報サイトによれば夜間は一桁の前半までしかいかないように見える。特に今回のGRRウィークは冷え込むようだった。Susanvilleから北に高原があって標高も1500mほどが続くのでさらに気温も低くなるだろう。雨に関しては予報はでていたけど、可能性は低そうだった。その高原のあたりが一番危険そうなので、一応ドロップバッグに雨具を入れて良しとしよう。ドロップバッグとはスタッフによって指定のポイントに輸送される荷物のこと。着替えや追加の食料などを入れておくのに使う。

 コントロールポイントは結構多く、今回は100km超のCP間距離に悩まされることはない。最大でも90km弱。平均では70km程度だろうか。CPには大きく二通りあるようで、ウォーターストップ的な簡易なものと、しっかり補給できる大規模なもの。実際にはどちらも補給はしっかりしている場合がほとんどであった。コース上には事実上ほとんど物を購入する場所は無いので非常に助かった。

 ドロップバッグのコントロールはTaylorsville,Susanville,Adinの三カ所。コースが往復なので300km,400km,500km,700km,800km,900kmで自前の物資を受け取ることができる。安売りのスポーツバッグを用意して、それぞれに上下の着替えとシャモアクリーム、そしてあんパンとどらやきをつめこんだ。基本的にはSusanvilleで着替えるのみの予定だけど、予定が狂ったときのために着替えはそれぞれに入れておく。さらに補修用品としてチューブとCO2ボンベ、使い古しのタイヤも。気温が低そうなのに気づいて、厚手のアンダーを後から追加。

 だいたい準備はこんなところだろうか。あとはパンク続きのベロフレックスを諦めて耐久性重視を謳うアルトレモDDに、さらにチェーンを新品に交換。そしてサドルを少し下げた。こういう超級ロングライドの直前にいじるのはよくないのだけど。

 これでだいたい準備は完了。あとは過去参加者のレポートや、過去の記録、それに途中(taylorville)まで同じコースだというDavis600km参加者のsaganoさんのレポートなどを読み、タイムスケジュールを修正したりしたくらい。saganoさんによると戻りは向かい風に苦しめられるようだが・・・。まあそれはそこまで到達したときに悩む贅沢としようか。



つづく
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