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【落武者魂】 2009年07月

落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

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 細君が下りでコケた。ちょっと山っぽい住宅地を、倶楽部ランの最後尾グループと一緒に下ってたらタコ踊りしながら。最後はグラベル(土ね)になってる山側につっこむ感じで。速度もさほどでてなかったし、後ろに人もいなかったのが幸い。長袖長タイツで全身を覆ってた上、最終的に土の上だったので怪我もほとんどなく。あとはタイヤから空気が抜けてたのとハンドルがあらぬ方向へ曲がっていて、ホイールがちょっとバナナてったくらい。

 大事なかったので、あとはケーススタディとして何をしたらそうなったのかをインタビュー。初心者がどのようなミスを犯すかというサンプル収集。細君はいまだにどっちにレバーを動かすと重くなるor軽くなるか、そしてそれがスピードとどのような関連があるのか、いまいちわかっていないという永遠の初心者なので、初心者の行動パターンを知るには非常に良い。

 で、見た感じフロントがロックしたのかとも思ってたのだけど、それほどスピードでてなかったし、と思ったら「ブラケットを握っていて、下ハンに握り変えた」という。もう少し詳しく聞くと「ブレーキをかけながら」それを行ったとのこと。試してみると、難しい。つうかブレーキをかけながら下ハンに手を持ってこうとするとブレーキレバーに全ての力がかかってロックするやん。どうも左手を先に持ってこうとしたらしいので後輪がロックしたんだろう。だからタコ踊りしたのか。前輪だったら前転してたかも。あぶないあぶない。

 後輪ロックのときは、ブレーキを離してしまえばたいてい立て直せるものだけど、もう頭が真っ白になってしまってどうしようもなかったぽい。自分自身がなんどか後輪が滑ってもヒヤッとするだけで済んだのは、子供の頃に自転車ドリフト(ただ後輪すべらせて止まるだけ)?とかやってたからで、そういう経験が無ければそのまま固まっちゃうもんなのかもしれないな。

 スポーツ自転車の基礎的な操縦技術を教えるスクールみたいなのはないのかなあ。ありそうだけどなあ。
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SD200おかわり[短いレポート]

 足首のねんざみたいな痛みが消えなかったけど、ペダル回してるとあまり気にならないので(一応逡巡しつつも)サンディエゴブルベに参加。一応、1200が終わってしまって気が抜けてしまったところに間があくとやる気が本当に無くなっちゃうなーとか思って。

 お昼頃になってちょっと内陸側を走ってたら暑いこと暑いこと。それを終えてサイクリングロードにでたら向かい風が。覚悟してたけど、ひとりなので辛い。

 海へ出て、海風のおかげで一気に涼しく。残り70km。

 さらに右手にビーチが。青い空。広い海。広告をひいた飛行機が飛んでいる。沖にはいくつものヨットが。白い砂浜には溢れるほどの水着の女たち。

 畜生。俺は西海岸の楽しみ方を間違ってるぞ!絶対!
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GRR1200km 作戦終了の巻

「次?少し休ませてよ」 ニコル・ホンダ

 ブルベシートを提出してサインをする。あれ?サインしたかな?憶えてないぞ。じゃあ、また明日(というか今日)の昼間のバンケットで会いましょうと言ってモーテルへ帰る。

 


 チェックアウトぎりぎりまで眠って、GRRのバンケットへ参加するためにDavisの町中へ向かう。もうすっかりみな集まっている。おめでとう、おめでとう。誰もが互いに健闘を讃えあい、ボランティアスタッフの尽力に感謝する。食事をさらに盛って席に着き、知った顔をさがしてふらふらと。最後に一緒に走ったチームやPCH randosの面々、SDブルベの顔見知りたちと言葉を交わす。時には「次の1200はどれにでるんだ?」などと聞かれるが、さすがにもう無理だ。これほどの時間はなかなかとれない。

 

 

 


 やがて完走賞をひとりひとり呼んで配ったり、ダンがマイクをまわしてコメントをとっていったりと、閉会ランチっぽい雰囲気に。僕はクリスに「次は何走るの?」と聞く。「そんなの全然決めてないよ」と彼は言う。そして続ける。
「ほら、来週にSD200ブルベがあるだろ?」

   おわり

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   おまけ

 肉体的にはSD1000kmのほうがよほど辛かったみたいです。あのときはしばらく筋肉痛や痺れが残ったし。今回残ったダメージは虫刺されと右足首だけ。精神的にはどっちも疲れた。夜間走行が辛い。夜はちゃんと寝られれば問題ないと思う。睡魔に襲われるかどうかは運次第・・・。

GRR1200km 長征750哩の巻

「お前は完走するとわかっていたよ」 クリストファー・ハンソン

 部屋から自転車をだすとすっかり夜はあけていた。少し肌寒い。走り出すとちょうど数人のサイクリストが来るところ。Co-Motion製のタンデムに乗るジェフとメアリー、カナダからの参加者ケン、そして薬をくれたピーター。一緒にSusanvilleからJanesvilleへ走る。僕も Co-MOtionのタンデムを発注しているんだ、とか話す。ジェフとメアリーは「君は奥さんと乗るのか。それはすばらしい。僕らは夫婦じゃないんだ」とのこと。彼らの配偶者たちは自転車に興味がないので、自転車ライドで知り合ったふたりでタンデムライドをしているという。案外、そういう人たちは少なくない。夫婦ともに自転車に乗ると言っても1200kmを付き合ってくれる人はそうそういないだろうし。



 さあ、ついにやってきましたJanesville grade。平均斜度10%以上、最大19%。800km以上走ってきて現れる悪魔の壁。ここで集団は解散し各々のペースで走ることに。僕は29Tの力と 4時間の睡眠、そしてまだ本格化していない胃腸のトラブルという状況を利用して、脚をつくことなく登りきった。ただし蛇行(Tic-Tac=蛇行)を駆使して。800kmを超えてでてくるから恐ろしい感じがするが、そうでなければちょっときつい程度の坂でしかない。19%超の部分は数百メートル程度でしかない。舗装があれてたけど。ただ見ている範囲でも何人かは押してあがっていた。登れないと言うより、ここで無理に脚を使いたくないということなんだろう。





ふたたびGRR最高地点。そのアップダウンを繰り返すが、さすがに体力も多少は回復して睡魔も去り、往路よりも景色を楽しみながらのサイクリングだ。再び訪れたAntelope lakeのCP(相変わらず食事を避けてホットチョコレートのみ)をでると向かい風が始まるものの、比較的勢いのある下り坂のため苦にならない。お昼頃にはTaylorvilleまでたどり着く。すっかり暑い。ここからもずっと下りなので気楽にしていたのだけど、気になるのは向かい風。saganoさんのレポートによると、向かい風のせいでペダルを回さないとすすまない下りなのだそうだ。大げさかな、と思っていたら近くに座っていた参加者たちがちょうどその会話を。一語一句違わず「下りだけど、向かい風だからぺダリングしないとなんないぜ」と。はあ。まじかよ。でも下りだからなんとかなるだろう。




ここではパスタを作ってもらった。さすがに何も食わない走行で今日の400kmをクリアできるとは思えない。しかも昨日も最低限しか食ってないわけだし。胃腸さえもうすこし頑張ってくれれば楽なのになあ。そういえば、今日の出かけに右足首が痛かったけど、回しているうちになんともなくなった。でも傾けるといてえな。傾けなきゃいいや。

900kmをともにしてきたキャメルバッグをドロップバッグへしまう。結局水を入れることはなく、ただの防寒具入れで終わった。ここからは気温もあがるし薄手の長袖ジャージとウィンドブレーカーだけあればなんとかなるだろう。

Taylorvilleからも下り。ここから先はTobin resortの先にあるJarbo gapという初めに登った峠以外はまともな登りは無いのだ。心の中ではすでに大勝利!便意が襲ってくる以外にこれほど何もないブルベでよいのだろうか?そんな楽なことが僕に許されているのだろうか。許されているのです。


向かい風のせいで速度が伸びないけど”遅くてもいいや走法”の僕には関係ない。やがてさっきのタンデムたちが追いついてきて接続。こういった長い緩やかな下りでのタンデムの勢いといったら。向かい風など苦にせず、まったく手を着けられないあばれっぷり。



Tobin resortまであっと言う間に到着。PCH randosの人たちがいたので「この向かい風、Davisまで続くのかな」と聞くと「違うといいけどな。でもずっと続くと思うぜ」とのこと。彼らは同行の女性のペースにあわせて走行しているようだ。たしかTwitterで実況しながら走ると言っていたはずなので、そのことを聞いてみると電波が通じなくってできなかったそうだ。確かに僕の電話もSusanville以外では電波が入らなかった。



Tobin resortでもしっかり食って(トイレもしっかり二度行って)、ジェフやピーターたちと走り出す。Jarbo gapのところでタンデムのジェフたちが先に行ってくれとのことなのでOrovilleで会おうと先行することに。Jarbo gapも北側からだとそれほど長い峠ではなく、暑すぎない日差しの中で気持ちよく上り終える。その先は行きには暗闇の中に小さく赤い灯火が並んでいた坂。を下る。スピードはでるが路面のひび割れがひどい。腰を浮かしっぱなしでも何かが漏れでてくる気配はなかったので、その姿勢で下り続けていると何かカツン!という音が。なんだろう?と思ってふと手元を見ると何かが・・・あ!GPSが無い!フルブレーキで減速し、Uターンをしたところでストラップでなんとか脱落を逃れたGPSがぶらんとぶら下がってるのを発見。しかしホルダーは壊れてしまったようだ・・・。






ここから先にこそGPSが必要になるのに面倒なことになったなあ、と思いつつミスコース。いきなりこれだよ、と復帰。前のLA600でGPSをバッグにしまったまま走行しているのでなんとかなるだろうとは思うものの厄介は厄介だ。やがて景色が荒野から住宅地に変わりOrovilleのCPへ到着した。

まだ18時40分ごろとあってスポーツジムも営業中。入り口にもうけられたスタッフ席で到着を報告しトイレへ。ここにはシャワーもあって、なぜかそちらへの方向指示に日本語も。GRRスタッフが書いたの?それとももとからなの?GRRスタッフだとすると、僕のために?結局よくわからなかった。



長いトイレをすませると、タンデムのジェフとメアリー、ピーターらがこっちへ来いと。俺たちはシャワーを浴びるがどうするかと言うので僕は浴びない、少し寝ると答える。じゃあ、起こしてやるよ、ということになったので部屋の端へ行きヨガマットをしいて横になる。ということはここから先はみんなで一緒に走ることになるな。GPSを失った僕にはこの上ない助けだ。

スタッフが枕と毛布を持ってきてくれるが、こんなに明るく真上に蛍光灯もあり、あたりはがやがやしていてやかましいのに寝れるわけもないよな、と思っていたら起こされた。まったく記憶にないが1時間弱は寝ていたらしい。驚き。



今から出発するグループは7台8人。残り130kmを向かい風と平坦、そして迫り来る夜に立ち向かって走る仲間たちがそろった。時刻はサマータイムもあって20時を回っているがまだ明るい。あと1時間くらいは明るいはずだ。妻には2時くらいに到着するとメッセージを送ったが、それはあまりに希望的な予想だった。タンデムに引っ張ってもらいながらも、僕らの体力は徐々に削られていく。前を走る大柄な参加者の足下が素足にサンダルであることに気づく。聞いてみると「左右どころか前後にも自由にうごかせるんだぜ」と言う。それはただのサンダルとフラットペダルか!固定すると足首が痛くなるからずっとそれで走っているとのこと。もう何年も。ピーターからも「そういうレーサータイプのクリートよりMTBタイプの方が楽だぜ」と言われる。それぞれの人がそれぞれの考えでいろんなことを試行錯誤している。それがブルベのおもしろいところ。誰かが教えを垂れる「効率」なんか関係ない。自分のやり方を突き通して走るからこそ1000とか1200とかを走る力がでてくるのだ。リカンベントがいてシングルスピードがいてフラットペダルがいて荷物満載のツアラーがいて、誰もが正しい。

あっというまに深夜。レシートチェックのコンビニでたむろっていると、クルマでやってきた若者が「バイクがたくさんだな。お前らヘルスエンジェルスかい?」と言ってくる。ばかばかしいけど、このセンスが楽しい。誰かが「そうだ」と答える。もちろん。



そして真っ暗。街灯も何もない水田地帯を僕らは走る。GPSがおっこってるのでスピードも何もわからない。気分的にはローラー台をこいでいるのと少しも変わらない。しかも向かい風のせいで速度がでているようで実際には期待ほどでていないようだ。そして皆の相対位置が変わらずひたすら直進していると、動いているのかどうかもわからない。昔、中島悟が「たくさんのクルマがものすごいスピードで怖くないですか?」と聞かれたときに「みんな同じスピードだから怖くないですよ」と答えていたが、よくわかる。暗い部屋でみんなでローラー台をこいでいる状態というのが今の僕らだ。暗闇の中、遙か遠くに赤色 LEDの明かりがチラチラ見えるが追いつかない。それは結局PCH randosの明かりだったのだけど、最終的に彼らは僕らより1時間先行していた。つまり1時間先行している人の光が見えるような距離感で僕らは走り続けていたわけだ。



やれやれ、いい加減走ることにも飽きてきた。Orovilleまでは盛り上がっていた気持ちも、あまりに変わらない・・・130kmにわたって夜の水田・・・光景にやられてきた。心が疲れてくるのだ。でも、ここで萎えたと集団から離れてしまえばもっと厳しいことになる。なんとしても離れることだけは避けなくては。

歌を歌う。ゴールドラッシュの歌を。さよならブルベ。1200kmを走りきればとりあえずひとつの終末を迎える。ひとつの・・・区切りだ。もう終えたい。早く終えたい。200kmでも300kmでも400kmでも600kmでも1000kmでもいつも早く終えたいと思っている。早くかえって暖かいシャワーをあびてふかふかのベッドに眠るのだ。もうこんなのはやってられん。最後のシークレットコントロール。午前1時をまわってこの寒い中、料理を用意した野外コントロールを用意して待っているスタッフの方々には頭が上がらない。マッシュポテトはどう?アップルパイはどう?と明るく振る舞ってくれる。妻に3時半ごろになるとメッセージ送信。また、あの退屈な平坦に戻るのか。

もう本当にへとへと。脚は回ってるし便意は降りてきていない。気持ちだけの問題。心はとっくに折れてる。折れてなお、走る。だってどこにやめる理由があるのか。やめてどうなる?早く終えたいという一心が集団に食らいつかせ続ける。思えばこういう集団でゴールまで行ったのは2月末のSD400以来かな。いつも一人だから。


唐突にゴールの公園へ。ここ自体が町外れだから盛り上がる要素がない。深夜なのでなおさら。駐車場へ入り受付小屋へ。自転車をたてかけ、ドアをあけて「one-thirteen,Sato」と、告げた。コングラチュレーションズ、と皆が口々に言う。コングラチュレーションズ!今ここに僕のGold Rush Ranonneurs 1200は終わった。今はとにかく眠りたいだけ・・・。

GRR1200km 新曲誕生の巻

「それぞれのペースでばらばらに走る。それも自然なことだ」 ケン・ナットソン 

 Davis CreekのCPは草原の中にあるカフェの庭。まずカフェに入ってトイレを聞く。店内にいたカウボーイたち(本物のカウボーイだ)が「どこから来たんだ?」と聞いてくる。「Davisだ」と答えると「UC DavisのDavisかよ!」とぽかーん。でもごめん、僕はトイレへ急いでいるんだ。

 トイレをすませて通過チェックを受ける。10時前に折り返し。なんとか600kmを40時間で走ることができた。食べ物も盛りだくさんだが「なにもお腹から出てこないように、なにも入れない作戦」を実施しているので、何も食べることができない。この長丁場のど真ん中で自分にたいする焦土作戦を実行せざるをえない状況に至った原因である胃腸のなんというふがいなさ、なんという情けなさ。Alturasへ戻る間に20人ほどのサイクリストとすれ違い、声をかけさせていただく。まだこんなにいるのなら、がんばんないとな。

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オクスリアリガトウ!

 Alturas(戻り)でも何も食べないが、トイレへ行くだけで結構な時間(約一時間)をとられてしまう。それでもここはトイレが二つもあるので助かる。そうそう、行きのこのCPでピーターに「腹が痛い」と言ったら「腹痛か?ガスか?」と聞かれたので「ガスだと思う」と答えると、サドルバックからなにやら薬を出してくれた。12時間ごとに一錠飲めと。なんというありがたいこと。そういえばKellyもSD600のときに薬をくれたな。腹にガスがたまるというのは一般的なことなのだろうか?そして対応法も一般的なのか?

 コースへ復帰すると日差しが厳しい。そして眠い・・・。CPでトイレをすませるとしばらくは問題無いのだけど、1時間もたつとふたたび便意がやってくる。なんなんだよこれは。サニーナを持ってきておいてよかったよ。そのうちケツが擦り切れてなくなっちまうところだった。サニーナはウォッシュレットの普及によって売り上げを落としているそうだが、ロングライド用としてもう少し小さな容器を販売したら世界で6人くらいには売れまくりそうな気がする。あるいはTOTOが超小型軽量清潔なハンディウォッシュレットを開発してくれないものか・・・。

 帰りもやはり、絶え間無い路面の段差に便意を呼び起こされつつ、かといえ腰も浮かせず・・・という地獄が続く。この地獄は修羅界と餓鬼界の間にある便界というもので、人間界で弁解ばかりを続けた者が堕ちる地獄とされている。

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 Adin Passの手前で暑さが耐えられないのでウェアを脱いでいると、オードリーが「休んでる場合じゃないわよ!」と檄を飛ばしながら走り去っていく。彼女は SDの400と600で一緒に走ったサイクリスト。400で「私たちと行くのかどうか」と聞いてきたのがたぶん彼女だ。と、僕が自転車にまたがる間には地平線の向こうへ消えて行ってしまったが。

 Canbyという小さな集落にガソリンスタンドが見えたので、少しコースを離れてトイレを借りる。トイレをすませるとサンフランシスコジャージを着たふたりのサイクリストも休憩のためにやってきていた。ひとりは緑色のおもしろいツーリングバイクに乗っている。フェンダーなどはツーリングっぽいのだけど、ディスクブレーキなどの装備がなんだか仰々しい。本格的なツアラーだ。

 彼らと一緒にスタートするものの、すぐに引き離されてしまう。ついてこいよ、という雰囲気だけど、無理です、と脱落。いつどこで野クソに走るかもしれないのに付き合わせるわけにもいかない。

 闇の中、眠りながら越えたAdin Passを反対側から越える。北側からの方が斜度は厳しいが29Tのパワーにはかなわない。心はすでにAdinの先にあるEagle Lakeの四つの峰に。その巨大な不安に立ち向かいながらAdinへ入った。

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 Adinでもしっかりトイレ。子供たちがアイスクリームを配っていて、それだけ少しもらって食べるのはよそうと思っていたら、子供たちのお母さん(かつ何人かの子供にとってはおばあさん?)が「外国人と子供たちの通訳をかってでなくちゃ」とばかりにいろいろとおすすめをしてくるので、ターキーのサンドウィッチを頼むことに。僕が席に着いて食べていると彼女がやってきて、いろいろと話してくれる。娘夫婦が北海道にいるんだ、とか。本当は早く発ちたいのだけど、こういうコミュニケーションもうれしい。スタッフへ出発報告をするついでに「ここからさきの4つの峰が嫌いなんだよ」というと、「こちらからだと大したことないんだよ」とのこと。ほんとかよ。

 さっきのサンフランシスコジャージのふたりとしばらく一緒になる。ついてこいよ、と言われるが、自分のペースでいくよ、ありがとうと返す。行きは一個のピークにつき1時間、ピークごとの合間に1時間かかって8時間。そして18時に出発して二つ目の登りで日が沈んだ。なら16時半にAdinを出発した帰りは「多少楽」も含めて3つ目くらいまでは明るいうちに行きたい。そうすればあまり冷え込まないうちにSusanvilleへ戻ることができる。

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 果たして帰りの方が楽であった。途中の小CPでピザを食い、それから走っても三つめまでは日が残った。問題は胃腸だけで、イーグルレイクを望むあたりからじわじわ(というかきゅーっというかびりびりというか)症状があらわれる。しかし日中何も食ってなかったおかげで何もひねり出せるものがないようだ。けれど油断していると腸内粘膜が排出されるので気をつけないとならない。しかしいい加減腹が立った。腹に腹が立ったのだ。誰もいない薄暗い荒野で僕は腹に文句をつけはじめる。ちょうどこんな風に。
「おまえさあ、痛い痛い言ってなんなの?ばかなの?あほなの?痛いとか辛いとか言うのは誰にでもできるんだぜ。痛いから何とかしないと漏らしちゃいますよ、とかふざけるんじゃねえ。膝とか足首とか見て見ろよ。苦しくたってなんとかやっていこうとしてるだろう?みんなで1200km行こうよってがんばってるわけじゃん。それがどうよ?おまえはさ。いつもいっつも昔っから”あ、くだっちゃいますー”とか”急にきましたー”とか、少しは自分でなんとかしようと思わないの?1200走るために少しでもエネルギーを吸収してやるぜ、とか思わないの?なんだよそれ。お前の仕事は何なんだよ・・・」


文句たらたらAntelope passにたどり着いたときにはもう真っ暗。ここを耐えきればSusanville。しかし・・・また睡魔がやってきた。ふらふらふらふら登る。坂もだらだらだらだら続く。そうだ、今回は歌が少ないな。歌を歌おう、となぜか津軽海峡冬景色を歌い始める。そのうち「さよならあなた」が「さよならブルベ」になり、疲労と眠気でなんだかおもしろくなってきて歌詞がだんだん変わっていく。そう「GRR千二百」の誕生であった。

ここで紹介しよう。暗闇の中Antelope passと最後の平坦区間で作詞し続けたブルベ歌謡。寒さと寂しさの中にブルベサイクリストたちの孤独と誇りが謳いあげられます。さあ、歌っていただきましょう!「ゴールドラッシュランドナーズ 千二百」!

Davis発の夜行列車降りたときから
Tobin resortは闇の中
北へ向かうブルベの列は誰も無口で
ギア鳴りだけが響いてた
わたしはひとり GPS 見つめ
600キロ先のDavis creek見つめ泣いていました
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百

ごらんあれがDvisCreek 北のはずれと
見知らぬライダーが指を指す
闇の中をEagle lake越えてきたけど
涙でかすみ よく見えない
さよならDavis 私は戻れません
Janesvilleが立ちはだかる
歩けとばかりに
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百

さよならブルベ 私は戻れません
向かい風が立ちはだかる 残り300
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百



 起きているのか眠っているのか進んでいるのかさえよくわからない闇の中をAntelope passを越えて下る。下りのスピードをいくらあげてもスピード感がない。路肩の反射材が遠くから少しずつ大きくなり、視界の右へ消えることの繰り返しを「前進している」と認識するのさえ難しい。ワイヤーフレームの時代のテレビゲーム(ex.光速船)さえ、この現実よりは表現力豊かだった。しかし、そう、これが現実なのだ。

 7時間かけて山場を越える。SusanvilleのCPには到着連絡だけで流してモーテルへ向かい休息する。4時間もの睡眠・・・。ありがたいありがたい。

つづく
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