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【落武者魂】 2009年05月

落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

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Oldtown1000kそのよん

 zucchaさんが以前日記で触れていたように、600以降のタイムは走り続けていれさえすれば、どんどん貯金される。でも走り続けられなかったりする。雨だったり機械不調だったり、パンクだったり・・・寝坊だったり。サインディエゴのCPを出発する時点でCPクローズから6時間以上の遅れ。それまでぶつぶつ文句を言っていた175kmもあるCP間距離が僕に最後の希望を繋いだ。走る距離が長ければ長いほど、回復できるタイムも増える。しかしそこにパンク。通りすがりのサイクリストの助けを得ることができたものの、あと100kmちょっとを5時間弱で走らなくてはならない。すでに800km弱を走って来ているのに!

 でも、残念ながら、タイムアウトまでは可能性が残されている。だから走るしか無い。幸運なことは睡眠はしっかり5時間以上も取ったということだ。そしてこの道は単調ながらも勝手知ったるPCH。僕のフィールド。やってやれないことは無い。そして必ず戻ってやる。

 ダナポイントからニューポートビーチまでの嫌らしいアップダウンは割愛。そこから60kmほどフルフラットの海岸通りが続く。残念ながら都合良くクラブライドの集団も現れてはくれないので、一人下ハンを握りっぱなしで漕ぎ続ける。ペダルを回し続ける。走り続ける!

 アメリカ本土でのサーフィン開闢の地、ハンティントンビーチを抜け、米軍弾薬庫地帯を抜け、シールビーチへ。通りにはたくさんのバイクショップがあるのだけど、祝日とあって全て閉店。さっきもらったチューブが最後の命綱だ。気温は高いが強い横風で汗が吹き消されている。シールビーチの先まで行けば内陸へ向かうCR。その入り口での時間は午後3時半。15milesほどを1時間かかるとしても4時半にはCPへ到着できる。

勝った!

 どら焼きを食い、CRに入ると、向こうからRUSAジャージが。ジョーンだ。お前も生きていたか!俺も生きているぞ!満面の笑みですれ違う。時間差はだいたい2時間ほどだろうか?

 CP付近で飯を食うかどうか考えたが、結局止める。飯を食う、寝るというのは結局「停止」にすぎない。停止している間は1mmも進まないのだ。時速10kmでも動いていれば1時間で10km進める。だから僕は休まない。残り175km、その距離すべてを踏み倒す。

 一気にタイムアウトへの恐怖は無くなった。なにしろ残り15時間もある。今日中に辿り着けるかどうか、あとペンドルトン周辺の自然保護区域を日のあるうちに通過できるかが勝負。ペンドルトンをすぎたところで晩飯については考えよう。

 行きにあったアドレナリン全開モードは終わってしまっているものの、ある程度のペースを保って走り続ける。やっぱりニューポートから始まるアップダウンには辟易するものの、午後7時頃にはパンクした地点へ。原発をすぎてペンドルトンに入る頃にちょうど日が暮れた。真っ暗闇。   の中に急に人影があったりするので侮れない。結構怖い。あと野生動物。ネズミやウサギがひょこひょこしているのはいいのだけど、マウンテンライオンが人を襲ったというニュースも聞く。滅多に無いことなのだろうけど、こんなところで仮眠はできない。夜の町も同様だ。夜の町でほっつき歩いている人間が安全かどうかは判断つかない。特に、明日は平日なのに深夜まで出歩いている連中は危険と判断した方がいいだろう。ここは日本の飲屋街ではない。町中のコンビニの前でひとり仮眠をするのだってリスクがある。だからクリスは必ず女性ライダーをサポートして走るのだ。

 アメリカの夜は早い。普通の店は8時9時には閉まってしまう。ファーストフードはドライブスルーだけ開けていたりして、自転車乗りも歩行者もそちらへ回される。ペンドルトンをなんとか抜けた僕は、飯を食うかどうかの判断をしなくてはならなかった。行きはあれだけで行けたのだから、この際飯無しで残り80kmくらい走れちゃうんじゃないだろうか。飯を食うための休憩の間は進めないのだから、ペースが落ちても止まるべきではないのでは?

 と思っていたが「Pizza」の文字のあるコンビニで思わず停車。あったのは指しておいしくもないインスタントピザだったけど、とりあえず腹に収め、水を補給。行きに繰り返した海岸沿いのアップダウンを一個一個ひねりつぶす。このまま行けば午前1?2時には到着できるはず。よし、あの皆殺しの坂を皆殺しにしてやる。待ってろよ!

 ふと思う。ゴールの受付はずっと待っているんだろうか?タイムリミットは朝9時。誰かが「うーん、朝9時ぎりぎりでいいやー」って途中で休まないとも限らない。そのときもスタッフは(マイクは)ぼーと待ち続けるの?どこで?本当はさっきのCPで連絡入れとこうと思ったのだけど、ストリークイーグル仕様にしたときに誤って携帯を置いて来てしまったようだ。たぶん、ジョーンが先着して「ジュンは2時間か3時間後ろにいるよ」と伝えるだろうとは思うけど(彼は晩飯を食ったのだろうか?)。

 そうやって最後の皆殺しの坂が見えるところまで来る。なんか、遠く木立の間からクルマのライトではない明かりが動いているのが見える。こんな時間に自転車?強力そうなLEDの明かり。ジョーンに追いついたのだろうか?坂に差し掛かり「ブチコロース!」と叫んで29Tをクルクル回す。やっぱり自転車が先行しているようだ。赤い光がちらちら見える。しかし追いつけない。しばらく死ね死ねつぶやきながら登っていると、その明かりがクルリと反転してこちらへ白いLED光を投げかける。え?なんで?自転車が降りて来るの?こんな時間にこんなところを走っているサイクリストなんて尋常じゃない。サイコ?おれ、殺される?

「ヘイジュン!だろ?」
声をかけて来たのは主催者のマイク。心配だからか(まあ言葉もろくにできない外国人がドンケツを走ってるわけだし)暇だからか(ひまだよな)様子を見に来てくれたよう。残り30km。もうどうという距離でもコースでもないけど、これほど嬉しいことは無い。彼と並走しながら他愛無い話をする。GRR に出るのかい?と聞くとブルベスタッフとしての仕事が手一杯でとてもとても、ともこと。昔佐世保や横須賀に行って働いていたことなど。PBPはどうするの?と聞かれたので「行くつもり」と答えると「これを走り切れたのなら大丈夫、この1000kmを超えられたらなんだっていけるさ」と言われる。「ありがとう、信じるよ」と答える。あとはやっぱり皆、家族とブルベ(や他のロングライド)との折り合いをどう付けるかがひとつのテーマであることや、ブルベ開催のためのボランティアがいかに大切かなどを聞く。

 モーテルの並ぶ通りへ続く坂を登り、僕は両手を上げてゴール地点へ入る。マイクが時計を見て告げる「1時13分。67時間13分ってとこかな」。


 こうして、僕の初めての1000kmブルベは終了した。
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Oldtown1000k そのさん

ふと目が覚めて時計を見る。午前6時半を余裕で回っている。次のCPは175km先。タイムアウトの時間は午後5時前。すでに650kmを走り、昨晩はろくに飯を食ってません。さあ、どうするんだよ?おいどうするんだよ?わかっていることはただひとつ!


さあ、

いよいよ

おもしろくなってまいりました!!!!


これまでセンチュリーライドで記録した最速は6時間丁度。200kmブルベでは8時間半。ならば!175kmを10時間弱で走るのは問題無い。と信じるしか無い。急いで自転車を用意する。用意って、昨晩寝る前に考えていたことを実行に移すべきときが来たのだ。つうかフロントバッグを外してキャメルバッグもやめだ。だいたいフロントバッグは穴のあいたパワージェルのせいでねちょねちょ。ニベアのリップの気温で解けて流れ出し、それもぐだぐだしている。いらん!ストリークイーグル仕様だ。ウェアも減らす。夜間走行時の防寒?そんな寝言は夜間まで持ちこたえてから言え。飯?次のCPまで到達してから考えろ。背中にバナナ2本とどら焼き二個、オレンジジュースを突っ込み、PF肉ジャージの上に栄光のRUSA長袖ジャージを。ダブルボトルを満杯にして、いざ、出撃!!

 威風堂々とサンディエゴの町を抜け、PCH(太平洋海岸ハイウェイ)へ。ここからしばらくはアップダウンなのだけど、とくに初めのダウンが大きい。契機付けに坂を下りながら「おまえら(坂のことね)みんな皆殺しにしてやる。首洗って待ってろよコノヤロー!」と叫ぶ。もうなんだかよくわからない。そしてこの坂を皆殺しの坂と名付け北上開始。横風は強いが25km/hをキープ。バナナを食い、オレンジジュースをのみ、走っているとモーニングライドの連中が対向車線を走っているのが目につく。ああいったクラブライドがこっちの車線にも無いものか・・・。と思っていると、ある信号待ちでそういったクラブライドにおいつかれる。10人くらいの集団。神様ありがとう!南無八幡大菩薩だコンチクショー!

 パーフェクトなペース。35km/hくらいまで増速。後ろにも別のクラブライドが来ているのでちょうど真ん中。抜けようにも抜けられない。20milesほどを彼らと走って、別れる。途中にペンドルトン海兵隊キャンプを抜けるところがあるのだけど、彼らはキャンプ内を通り、僕はフリーウェイの路肩を走ることを選択する(コースです)。フリーウェイは横をバンバン走るクルマの追い風効果で速度を保ち、10miles先でおりる。そこからは自然公園を抜ける道。さすがに速度の維持ができなくなりどら焼きを食う。いずれにしろ止まるわけにはいかない。残り距離は110kmほどだろうか。あと6時間ほどあるはず。このペースならいける。キャンプ(テントをはるキャンプ)場の長い長い道を抜け、旧道PCHを走っていると、何かおかしなことに。後輪の空気が?飛び降りてポンプで空気を足す。おいおい、もうチューブは無いんだぜ?

 またがり直して走っていると・・・やはり駄目だ。むりやりチューブ突っ込んだときに噛み込んでたのか!?残り275kmにして走行不能?パッチは・・・ああ、家に置いて来てしまった!そしてここは町ですらない。

 ここに至って希望は潰えた。


「ヘイ!ミスター! 僕を助けてくれ!」
通りすがりのサイクリストに叫ぶ。友人同士でサイクリングを楽しんでいた老サイクリストが立ち止まりどうしたんだい?と聞いてくる。「パンクしたのだけど、チューブがもう無いんだ」彼らは「パッチを貼ってやろう」と言ってくれ、タイヤを外し始める。なんという親切。「自転車乗りはお互い助け合うもんだよ」と彼らは言う。パッチを貼り、タイヤをはめようとするが固くて固くて戻らない。「こんな固いタイヤはじめただ!」「This tire sucks!」とタイヤが罵られるものの、なんとか押し込む。押し込むと、そのせいで穴があいていたようで空気をいれてもすぐに抜けてしまう・・・。「やりなおしだ!」

 結局、ここで40分以上を失ってしまう。けれど老サイクリストの一人は僕にチューブまでくれた。人々の親切で僕は生かされている・・・。世界に愛を。

 次のCPまで残り距離100km。残り時間5時間。

 わくわくしてきた!

 つづく

Oldtown1000k そのに

 寝たか寝なかったか良くわからなかったが、アラームが鳴る直前に携帯の時計を見る。で、アラーム解除。なんかアラームで起こされる夢とかを見ていたような気がする。うーん、まあいいや。ポポペクジャージを羽織ってボトルに水を入れて部屋を出る。肌寒い。けどすぐ暖かくなるだろう。次のCPまでは65km。現在時間は午前4時。ちなみに今日のLOOPは鉄アレイ型だ。中間は行きと帰りで同じ道を通る。

 1時間ほどまったりと走ってくると、後ろから二人のサイクリストに追いつかれる。PBPジャージとロッキーマウンテン1200ジャージ。彼らも楽そうでは無く、静かに黙々と走っている。ペースをあわせられる存在は非常に助かるので彼らと一緒に走る。

 そのうち、腹がもたれて来た・・・。トイレへ行きたい。けどこの時間にトイレを借りれるところなんか無い。ダム湖の周りの長い登りでトロントから来たサイクリストが遅れる。でもお腹の調子の悪い僕はさらに遅れて抜き返されてしまう。お腹の調子の悪いサイクリングほど酷いものは無い。ダンシングやらなんやらの凝ったことは何もできない。それはなにかヤバいものを引き起こす恐怖を感じさせる。うーん、死にたい・・・。トイレ、トイレ・・・。

 CPへ到着したのはクローズ40分ほど前。先に行っていたサイクリストの一人が出て行くのが見えた。トロントからのサイクリストが「胃痛が酷くて、僕はここで止める」と言っている。「僕も腹が痛いんだよ」と返してトイレへ。

 出すものを出すと気力が回復。つめたくゴムのようなアップルデニッシュを食い、次のCPへ飛び出す。飛び出すというのは威勢がいいけど、HEMETにあるそれは100km以上先だ。でも、今日は昨日ほど酷く登らないはずだしー。

 フリーウェイ脇の旧道のアップダウン。下りで何と43miles/hをマーク。時速70km。あまりにも良い直線ダウンヒルなのでまったく恐怖を感じない(路面のひびがちょっと怖い)。アップの部分は29Tでチマチマと削り、ダウンヒルは姿勢を低く小さく一気に長く下る。辛いけど、いける。・・・あ?もしかして・・・。

 LOOP2は鉄アレイ型。行きと帰りで共通なのはもしかして・・・ここか!あの70km/hで下れるまっすぐな坂を上るのか!このアップダウンを全てやり直すのか!いやだー!

「ヘイジューン!」とクリスたちが軽快に僕を追い抜いていく。ヤツのことだ、きっと7時間睡眠とかふざけたことをしていたに違いない。その先でスタッフカーが止まっている。「ケリーとジョーンが君のすぐ後ろにいるよ」と主催者のマイクが言う。「よろしく伝えておいて」と答えると「ケリーはリタイヤするんだ。足首の痛みで」とのこと。やはり鉄人ケリーでも100km地点での故障には耐えきれなかったか・・・。

 その先、ワイナリーで有名なテメキュラの町で痛恨のミスコース。ジョーンにも抜かれしんがりへ後退。そこからHemetまでは500mほどのクライムを超えていかなくてはならなかった。それでもなんとかタイムアウト2時間前に到着。えーとCPは・・・デニーズぅ!?まじかーと思ったら隣のGSにスタッフカーがいてサインをしてくれる。でも食うところは結局デニーズ・・・Hemetから次のCPはサンディエゴのモーテル。距離160km。なにか食っておかないとな・・・。

 Hemetからテメキュラへの戻りはさっきのクライムを迂回だな、と思っていたら「風のトンネル」と呼ばれる道を泣きながら走ることに。しかもまた腹痛が・・・。ご存知のようにお腹の痛いサイクリングほど酷いものはこの世に無い。途中、工事現場のトイレボックスをみつけ駆け寄ったが、恐ろしいほどの蠅に断念。それでもなんとか次のショッピングモールまで到達してトイレを済ませる。トイレさえ済めば疲労以外の問題は解決。隣町のテメキュラで水を購入。ここから鉄アレイの握り部分に戻る。「下り基調のはずだ」と自分に言い聞かせて発進。29Tでひとつひとつ登り返しを削り返す。ガードの上から百烈張り手で体力を削っていくような戦い。東洋のひとりの初心者ブルベライダーと、ヒストリカルフリーウェイ395号線のタイマン勝負。俺が死ぬか、やつが打ち倒されるか、ふたつにひとつだ。

 暗くなり切る前に、行きに通ったアップダウンを全部打ちのめしてやった!と思ったら、帰りはこのままアップダウンを続けてサンディエゴ付近まで戻るようだ。「わかっている道」より「わからない道」の方が精神的負担は大きい。暗い気持ちで下っていると後輪がパンク。さらに暗い気持ちになる。

 ライト。ライトはExposure JoystickとCE2.1の2連装。今日は基本的にExposureだけで走っていたこっちには外部予備バッテリーがあるから。アメリカの道は比較的広く長く作ってあり、なんというか塩尻峠の北側のような感じなのでダウンヒルでは思い切りスピードがでる。それでいて街灯が無いので、ライトの照射範囲だけでは路面障害物をすべて躱しきれない。本来なら速度をもっと落とすべきなんだろうけど、すでに頭がすこし弱くなっているので、それを気にせず下ってしまう。

 文明の香りがする町に。Escandidoの町。聞いたことあるけど、印象には残ってない。町ってことはサンディエゴに近いのかなーと思うが、まだ60kmくらいあるようでがっかり。3時間くらいかかるってことだ。ということは・・・12時に間に合うかどうかはぎりぎり。次のCPのクローズ時間は午前2時。仮眠からのスタート時点でマイナス1時間だったのをHemet到着で2時間のプラスにまでもっていったのだけど、そこから上乗せできなかったのは痛いな。デニーズがよくなかった。フツーに時間がかかっちまう。

 サンディエゴ郊外の湿地を抜ける道路で追い風にのって快走中、路面の剥がれにはじかれてしまう。一瞬にして後輪がパンク。さすがにムカついて自転車をそのまま倒し、引きはがすようにホイールを外す。チューブを交換し、ホイールを戻そうとするが、入りにくい。ガンガンなぐって無理矢理押し込む。あたりはあまりに真っ暗。泣きたくなる。

 しかし、よくこんな衝撃を繰り返して自転車壊れないなあ。あ、またヘッドが少し緩んでいるような・・・。まあ、大丈夫だけど(たぶん)。

 その後のことはよく覚えていないが、モーテルへの到着は午前12時50分。タイムアウトまで1時間無かった。さてどうするか。次のCPのクローズは午後5時前。距離は175km。午後4時までには到着したいが、10時間?12時間を見込んでおこう。ということはえーと午前4時スタートすれば12時間で走っていいわけだな。昨日と同じ90分睡眠か、もう1サイクルいれて180分睡眠か。180分睡眠の場合は前後30分いれて、4時間。だから5時スタートで11時間。最悪12時間。よし、それでいこう。3時間も寝ちゃうぞー。おや、タイヤがパンクしているじゃん・・・。モーテルの部屋でチューブ交換。これでチューブは無くなった。でも気を取り直してシャワーをあびて・・・ふとんにもぐって深い深い眠りに落ちる。

経過時間42時間 残り距離350km

そして、見事に寝坊した。

つづく

Oldtown1000k そのいち

 これほど気の乗らないブルベも初めて。熱こそ無かったものの、咳と痰は前夜まで続いていて、でもまあ、ほとんど治りかけてはいるものの、あと一昼夜欲しかった。唯一、雨だけはまず考えられないのだけがすてきだ。これで雨も加わったらさすがに考え直してしまったろう。

 既にスタート地点には僕以外の全員が揃っていた。Mikeに宣誓書と長袖ジャージなんかをつめた小さなドロップバッグを渡す。ハイドレーションバックパックにつめていっても良かったのだけど、まあ、あるものは使うということで。Mikeからアナウンスが在ったけど、なにか聞き取れなかった。そしてそのままスタート。9人か10人で朝6時のサンディエゴを走り出す。

 ぱっと見た感じ、クリス、ケリー、ジョーン、トロントからの参加者は僕の知己だ。LA600でクリスと一緒につきあってくれたニコルはDNSのようなので、男性のみ。ということはクリスは彼の本来のペースで走るだろう。。水色のSCHWINNのシングルスピードを駆るのはケリー。濃い青のリーベンデールはジョーン。ケリーとジョーンはSDをメインに活動するサイクリストで、ジョーンはこれが最初のover600。彼の方が僕より強靭なサイクリストでは在るものの、今回のメンバーの中では比較的近い脚力。おそらくこの二人と一緒に走ることになるだろう。

 サンディエゴの町を抜け、登りにさしかかると集団は崩れる。やはり僕はケリーとジョーンと一緒になる。ケリーはちょっと頑固なじいさんだけど、とても親切に僕をカバーしてくれる。ちょっときれいだったり、きわどい服を着ている女性がいると指差すのはどうかと思うけど。ジョーンは温厚で恰幅のよい紳士といったところ。

 内陸にはいっていくにつれ、高度も上昇していく。気温も上昇していくが時間が早い上にやや曇天気味と在って恐れていたほどにはなっていない。CP1までは110km、どこで水を仕入れるのかが懸念だったもののケリーが案内してくれたGSで水を購入。とはいえ彼らから脱落してしまったときのことを考えてキャメルバッグにも水をつめる。全部で4リットルくらいを積んで走るわけだけど、仕方が無い。この区間はメキシコ・アメリカ国境沿いの砂漠なのだ。

 GSで休んでいるとケリーが「こいつはディフィカルトになるな」と繰り返す。風だ。CP1へは片道45kmくらいの折り返し部分がある。今は大きな旗が真四角にはためくくらいの追い風(気付かなかった)だけど、つまりそれは・・・。

 CP1へ近づくにつれ国境も近づく。やがて数百メートル先を国境が並走するようになる。焦げ茶のネズミ返しの着いた巨大な柵が地平線まで続いている。その向こうはメキシコ。でもこちらだってメキシコのようなものだ。時折抜ける集落で離されている言葉はスペイン語のようだし、廃墟となった店の看板もスペイン語。もともと、ここはメキシコ領土だったわけだし。

 ジョーンが「ジュン!砂漠だよ砂漠!」と僕にいう。地平線に走るフリーウェイに陽炎のように浮かぶGSがCP1。僕らは最終組として到着する。さてさて、向かい風の中を戻るわけだけど・・・。

 ケリーがビニール袋に氷をつめて足首の後ろ側へつめていた。痛むようだ。しかし1000kmのうち100km行ってない時点でそれってやばいんじゃないの?というか鉄人ケリーでもそういうトラブルはあるんだな。でも僕は何もできるわけではない。その状況、シングルスピードでも彼は僕よりも遥かに速く走り、登ることができるのだ。

 CP2までは140kmほど。45kmほど向かい風の中這々の体で砂漠を抜けると今度はクリーバーランド国立森林公園。50kmほどの行程で標高2000メートルまで上昇する。ハイ、ここで僕は脱落。水はあるものの、食べ物が無い。それに僕の脚力で彼らについていこうとしたら、のこり800km以上もつとは思えない。僕は僕のペースを守ることにして彼らから離れることにする。これで気楽で辛い一人旅だ。

 しかし登りにはいってからまったく店が無いというのは想像していなかった。小さな集落なりなんなりがあると思っていたのだけど・・・あまかった。水はさすがに大丈夫。だらだらと流れる汗に脱水を恐れながらガポガポ飲むけど、ボトルまで飲み干すまでにはいたらなかった。しかし、腹減った・・・と思いながら登っていると、スタッフカーが通りがかり「この先10マイルのところでドロップバッグ渡すからな!」と叫んでいく。よたよたとキューシートを広げると10マイル先に「店の前を左折」とある。この店の駐車場がドロップバッグ配給場所か。がんばれ、おれ。そのバッグにはあんぱんが入っている!

 考えてみれば森の山道。自然保護区らしい空気の良い気持ちのよい道だ、と言いたい。けど言えない。なにしろ辛い。僕に先行しているブルベライダーがかすかに見えていたが、一念発起したのかあるときからまったく姿が見えなくなった。それから2時間ほど格闘して、ホンダの巨大なトラックの脇でスタッフが手を振っているのが見えた。やった!あんぱん!俺偉い!よくあんぱんをつっこんどいた!うまいー!おいしいー!

 スタッフの言うには、僕の後ろに二人ほどいるはずとのこと。うーんいるかなあ。いるとすれば、さっき姿の見えなくなったサイクリストは、実はどこかで寝転んでいるというオチだろう。僕は長袖ジャージを着込み、あんぱんをかっくらう。ここからジュリアンまではまだ登りなんだろう?と問うと「少しだけね」と彼は答えた。ほんとかよ?

 驚くべきことに、だいたい本当だった。多少のアップダウンはあるといえ、緑多い稜線を行く高原道路。左手は森林で右手の方は砂漠。西海岸は海からの風がこういった稜線にぶちあたって雨を落とし、そこから先には空っ風が服ということになっている。ジュリアンまで結構な距離が在ったのだけど、陽が落ち切る前にCP2へ到着。アップルパイと古い鉱山の町。地元の有名な観光地のひとつだ。寒くなる前に、と残っていた防寒ウェアを着込み、ダウンヒルへ。ジュリアンから海岸へのだいたいのルートは2度ほど走ったことがある。だいたい5?6時間といったところか。午前0時過ぎにはモーテルへ到着できるんじゃないだろうか。

 別れ際にジョーンとケリーは「ラモナのデニーズでディナーを食ってるから!」と僕に言った。椅子に座ってディナー!なんという甘美な響き。暗闇の中2時間をかっ飛ばしてラモナの町に。ファーストフードの店などは閉まりつつあるけど、デニーズはまだあいているか?つうかどこだよデニーズ。ラモナの町を抜ける直前にようやくデニーズを発見。駐車場へ入っていくと彼らがちょうど出発するところだった。挨拶とお互いの安全を祈って再びの別れ。僕はデニーズで飯を食うのだ。

 ・・・デニーズに僕は何を期待したのか。食べ物のせいもあって、なかなかモチベーションがあがらず1時間近くを無駄に。のそのそと店をでて自転車にまたがる。ここから3時間ほど?かな。じつはここからサンディエゴへの道ははじめて。途中にCRがあったりするから面倒くさい。というかそのCRで下っているところで縁石に乗り上げて危うく落車しかけたり。

 考えることは時間の振り分け。今日の走行はだいたい想定していた最長の時間に近い。次のCPのクローズは午前3時。その次は65km先で午前8時半。65kmということは4時間を見込んでおくべきだろう。ということは、うーんと午前4時半前にスタートすればいい。とはいえパンク一発でゲームオーバーは怖いのでもう少し早くでるべきか。睡眠時間は90分欲しい。前後にシャワーや食事の時間をそれぞれ30分考えて2時間半。4時スタートとして1時半に到着すればなんとかなるのかな?

 12時過ぎには到着できるかな、と淡い期待を抱いていたものの、あと数マイルのところで道に迷い30分ほどロスト。結果、午前1時半丁度にモーテルへ到着。フロントでサインをもらい部屋に戻る。シャワーを浴びて、しっかり90分寝てやるんだ。

19時間30分経過 残り670km

つづく

Oldtown1000k そのぜろ


 200、300、400。ここまではいい。100km刻みというのは気軽に登れるステップ。次が600。この200kmの差は少し障壁があるけどなんとかなった。でも「400より600の方が眠れる分、楽」という気持ちにはなってない。なにしろ僕は寝るのが人一倍好きなので、1時間2時間といった単位の睡眠は性に合わない。それにシャワーも浴びて新しいウェアも着たい。それはおいておいて、その次は600から400のびて1000。1000キロブルベ。ACPが認定するPBP以外では最長距離。「1000kmを75時間以内で走破しなさい」。

 ただでさえ辛い600から、さらに400。なんで800kmブルベは無いのだろうかと愚痴りつつもエントリーを決めたのはいつだったろうか。とりあえず2月から使い始めたセラアナトミカのサドルによる「尻イタ不安回避」と「エントリーは30人まで」というコメントに後押しされてレジストレーションをしてしまっていた。結局11人しかエントリーはなかったのだけど。

 コースはなかなか発表されなかった。しばらくして試案が、そして一週間前に試案通りで決定されたことが伝えられた。コースは上図にあるようにサンディエゴを基点とした3LOOPs構成(ブルベルール的にはスタート/ゴール地点を通るコース設計はNGっぽいのだけど、ちょくちょくみかけるしRUSAもACPも認定しているのでケースバイケースなんだろう)。

 距離はそれぞれ330,320,350、となっていて、獲得上昇量は4500,3000,1500くらいのようだ。最後のループは風の影響が強いだろう。風については南カルフォルニアではおおよそ見当がつく。海から内陸へ、西から東へ。やや北より。それが大原則。天気の移り変わりもそれに従う。

 今回は、この際だからできることは何でもやっておこうという覚悟。ブルベのために初めて宿をとる。前泊もあわせ4泊分。毎日風呂に入って毎日ベッドで寝てやる(※)。部屋があるなら毎日着替えられるウェアや工具、補給物資も蓄積できる。ネットも見れる。すごい。「快適ブルベ」で世界を狙おう。
※道ばたでの仮眠は日本より遥かにリスキーだ。砂漠地方の冷え込みもあるが、なにより野生動物や”人間”の襲撃が怖い。

 ルート上にスタート地点をのぞくCPの数は「8」。平均CP間距離はなんと125km。キャメルバッグの投入も決定。LOOP1の右下、メキシコ沿いは文字通りの砂漠。単独走になってしまったときの命綱だ。

 いっときは「自転車の交換」まで考えに入れた。山岳ではアイドルを使う、とか。いやいや最後に使おうか、とか。結局洗車の手間が二倍になるのでそれはやめたのだけど。

 しばらくの間、僕はループごとに20時間かけるとして60時間の走行時間、あまりは15時間もあるから、毎周回ごとに5時間寝ても間に合うじゃないか、などと思っていた。すっかりCPのクローズ時間を忘れていたのだ。結果、CPのクローズ時間との戦いになるとは思っていなかった。

 ロングライドといえば「距離感が壊れる」というのがよく出る言葉だけど、個人的には距離より時間のことを考えて走っている。「あと60kmあるな」ではなくって「あと3時間かかるのか」とか、そういう具合に。3時間なら、まあ、それほど遠くはないのか、とか。

 それを距離感の崩壊というのか。
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