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【落武者魂】 2008年12月

落武者魂

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自転車総括【2008】

2005年にスポーツ自転車を買い、2006年にはロードバイクになり、2007年にようやく200km/dayを超えて糸魚川へ挑戦。今年はいったいどんな年だったんでしょうか?


これです。これが2008年の戦い。去年から転がり速度を増す自転車人生は、あらゆる運動・スポーツ・アウトドアに興味の無いコミュ力ゼロのヒキコモリゲーマーをこんなところまで連れてきてしまいました。

200km以上のロングランだけピックアップしても・・・

120BRMアタック霞ヶ浦(200)
216BRMアタックビーフライン(300)
WRJアッタックわらじカツ(210)


315BRMアタック銚子(400)
BRM322 富士一周(200)
松姫巡礼(210)


糸魚川ファストラン(290)
BRM607(600)


直江津ダブルセンチュリー(320)


Cool Breeze 200(200)
600kmブルベ LA(600)


Magoo's 200km(200)


Montegzma'sRevenge(240)


後半に根拠地を移してしまったこともあり長いライドが少なくなってきてしまっているのが残念。あまりに走ってないので一念発起して参加したモンテズマライドが中断されてしまったのも残念。しかし、このライドによって300kmという距離が自分のものとなった感が生まれました。これまではやっぱり300kmは「ちょっと行ってくるか」っていうものではなかったのが、ふらっと行けるという実感がついたというのか。ロングライダーな方々なら、その感覚をよく理解していただけると思います。

ただやっぱり身体能力の低さは如何ともし難く、故障から始まって故障に終わる年に。特に気温が低いことには弱いみたいですね。これは来年以降もずっと心に影を落とすものとなりそうです。やれやれ。

距離はそれほどでもないけど、心に残った出来事もいくつか。日光ライドの猛烈な豪雨のダウンヒルや、AMTRAK輪行、風張林道おとこだめしなどなど。

そして日米のブルベライダーの方々との出会いもあり、これまで一緒に走って来た方々からの支えもあり、楽しい自転車の一年でした。そして次の一年、アメリカにいるのか日本にいるのかさえわかりませんが、遠くまで淡々とは知り続けて行こうと思ってます。もっと遠くの、その先まで。
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逆襲のモンテズマ[240km]:2


グラン・メサを下した一行。「三人になっちまったねえ」みたいな会話をする。「ウノ・ドス・トレス」とケリーが数えると、ジョンが「イチ・ニ・サン」と返す。急いで「アインス・ツヴァイ・ドライ」と入れると「HA!HA!HA!」と大団円。危ないところだった。いつ何時アメリカンなイベントが起こるかわからぬ。気を抜けない。

しかし本当にクルマが来ないところだ。いいよね、クルマが来ないって。ちょっとした登り返しなどもありつつ久々のダウンヒル。その勢いで長い直線を走り、ぶつかったところが幹線道路っぽい。久々にクルマが連なっているのを見た。そのT字路で「ケリーが立ちションしてるからちょっと待とう」とジョンが言う。「ちょうど休みたかったんだ」と僕が言うがうまく伝わらなかったらしく「この先のイサベルという街がちょうどいい」と言ってくる。別に休まなくても良かったが、水が無かったので小さな街のモールへ入る。モールというのもおこがましいくらいだが。

水を買い、トイレを済ませて出てくるとジョンが小さな芝生で寝転び、ケリーはストレッチをしていた。ここからジュリアンまで6milesの登りだ、と言ったのは誰だったろう?「ここは引き返すにはベストなポジションだ」とジョンが言う。「その向こうに砂漠(全米有数の砂漠公園)があって、その先に20%の長い長い坂があるんだ。帰りたいならここが一番いい」。僕はまだ空気が読めていない。「そうですね。サンディエゴ300もここが折り返しですね」みたいなコメントを返す。ケリーは行こうぜ!みたいな感じ。よし、行こう。

ジュリアンへの登りは、そうだな、大垂水の向こう側の甲州街道みたいな感じ。交通量と道幅は50%増しくらいだ。木立に囲まれた心地よい道路、と言いたいが寒い。とにかく寒い。ある程度登ると木立の雰囲気が変わり、斜度がきつくなり車道は渋滞しはじめる。渋滞?なんでこんなど田舎で渋滞が?

斜度がある程度以上きつくなると、ジョンの大歯数のリアスプロケットが発動し、ついに僕の前へでる。ケリーはシングルスピードのくせにどんな状況でも速いのでしんがりについているようだ。途中、渋滞を逃げようと無理に路肩へ出たクルマにジョンがはねられそうになるトラップなどを受けながら、淡々と進んでいたが、どうにもこうにも寒い。道ばたに雪が見え始める。雪かよ!

と太ももが凍えたがと思った瞬間、左腿がつる。つりきる寸前にクリートから足を外すことに成功。しかし今度は右腿にひきつる違和感が、と思う瞬間にこちらも外す。「つった!先行ってて!」と叫ぶ。動けない。でも、つりきる前だから致命的ではないはず・・・。数分で動けるようになったのでペダルを回し始める。寒くてひきつる筋肉は、いつつるかわからず恐怖だ。このままジュリアンを越え、最後の戦いをクリアできるのか?そこでつったら?闇の中、激寒の中、助けも来ないぞ?


よし、現在の位置を確認してみよう。
ジュリアンに辿り着くと80milesあたりのてっぺん。だいたい1260mくらい。そこから下ってほぼ海面高度砂漠の町で折り返し。115milesくらいから125milesくらいまででもっかい1200mまで登って来るのがモンテズマ。スペック的には和田峠三個分。和田峠を3連続。松姫峠まで自走で行って、そこから日没後の真冬の和田峠を3つ分。お前は何を言っているのか。馬鹿か。


「ケリーと話したんだが、ここで戻らねば海面高度からこの高さまで20%斜度を含む坂を真っ暗闇の中登りきらねばならぬ」とジョンが言う。ジュリアンの町で。ここはよく雪かきされていたがスキーリゾートの玄関。こじんまりとした森のかわいらしい町に人とクルマが溢れていた。



ここ自体に雪が積もることは少ないそう。スキー場は人工雪なんだろうね。こんなに寒いのはおかしい、と言われた。

僕の足が吊ったことを心配しているんだろうか。たしかに砂漠の荒野の中でこむら返りでも起こされて動けなくなったら、彼らも困るだろう。「もしなんだったら、僕独りで帰れますよ。GPSあるし」という。しかし、つまりはこういうことらしい「俺の足ももう駄目だから、帰るってことにしようよ」。今ついにジョンの空気が読めた。そうか、リーダーがそう言っているのなら仕方が無いではないか。本当は、この足が壊れても這いつくばってでもモンテズマを登りきり、そこで死のう、そう覚悟を決めていたのだけど、リーダーが、勇者が決めたのならば仕方が無いではないか。だって僕は4人並んで歩くパーティの後列にすぎないんだから!操作しているのは僕じゃないもん!これは主催者による「イベント中止」に他ならない!

ジョンは続ける「朝方、僕のサイコンは32度以下を指していたんだ。えーと0度以下、氷点下だぜ。そして今も。夜中の砂漠は危険すぐる・・・」と。多分、ケリーは走りきるつもりがあったんだろうけど、ここは大事を取ることになった。勇気ある「中止」。ボス戦を前にしてHPもMPもどうぐも足りないと判断せざるをえなかったのだ。

#ちなみにRAAMでもモンテズマを通るそうです。おそらく「下り」で。和田峠三つ分、下ります。

ダンジョンの最下層、ボスの扉にかかる「在席中」の看板を前にして引き返す決断。今回はおそらく正しい。しかし誰もが知っているように、この状態から「戻る」のもまた大変なのだ。氷点下の空気と大渋滞をかき分け、長い長いダウンヒルが始まる。イサベルまではあっという間だった。そこからケリーが地元サイクリストらしく、走りやすい道をチョイスしながら帰路を追う。


けっこう緑豊かな感じ。ここしばらく南カルフォルニアでは雨が続いたので枯れ山も萌えています。




糸魚川の姫川沿いのダウンヒルを思い出しました。あんなトンネルは無いけどね。


ケリーのシングルスピード。ステムに注目。すごいアップライトです。彼はこれで200から1000まで走ったとのこと。どうみてもおじいさんなんだけど・・・。バッグをつけながらも、自作のステーを介してキャッツアイの530(?)をふたつつけています。この辺のブルベライダーでは530のダブル装備が多いですね。


高度が下がるにつれ、少し日光が暖かく感じられたようだったけど、それも一瞬のこと。結局、撤退決定から4時間以上の長い敗走を経て、オーシャンサイドの埠頭に戻ったのは午後7時。おおよそ240kmを13時間かけた計算になる。もしモンテズマを経由してきたなら、これに80kmプラスされて、おそらく5?6時間はかかったに違いない。うーん、凍え死んでたかも・・・。

駐車場ではジョンの奥さんが暖かいチャイや手作りクッキーなどを用意して待っていてくれた。ここでかなり回復できたので、なんとか居眠りせずに帰路につけたのでした。しかし腸脛靭帯がヤバい気がする・・・。困ったなあ。

321km

地元ロングライドのGoogle groupを紹介してもらったので加入。なんか年末にロングライド走りましょう!とある。細かい情報がほしい方はレスつけて!とあるのでレスすると321km、上昇量4000。キューシートを元に線を引っ張ってみると、内陸のなんとか砂漠国定公園をもつっきる感じ。う?ん、サンディエゴ300に出られ無そうだからと思ってみたが・・・。

参加予定者が僕含めて3人というのはなあ・・・。さすがに。

MISSION INNの夜と昼

しかし見直してみるとせっかくアメリカに来ているというのに、日記になっているのは愚痴か自転車ばかり。自転車も「爽やかサイクリング」ならまだしも、200kmだ600kmだと常軌を逸した話だけ。予習だとか結果報告だとかそんなんどうでもいいよもう。ねえ。こんなんじゃ読者が限られてしまいます。特に女性読者がつかない。うん、全くその通り。ローラー台に乗ってない女性読者を増やすためには食べ物と観光でございます。あいにく食べ物の方は「おいしい」か「まずい」しかわからず、しかも最近は「自転車で疲れてるとなんでもおいしい」「仕事で疲れていると食欲が無い」の二つしか無いので、物見遊山の話でも・・・。



今回訪れたのはリバーサイドという街にあるミッション・イン。カルフォルニアの数少ない史跡に指定されているクラシックホテルです。リバーサイドはLAの東にあって私の家からだと車で1時間くらいでしょうか。以前Inland Express Century Rideで走ったあたりでもあります。この街は歴史が古く、ダウンタウンの一角にヒストリカルエリアが指定されています。ミッション・インはその中核となる建物なのですが、特にクリスマスシーズンはライトアップが素晴らしいということなのでやってきました。



ミッションインの正門です。実はここについた時は見学ツアーに参加するだけが目的で夜までいるつもりはありませんでした。だってめんどくさいじゃん。人ごみで疲れるし。




中庭。ああ、そうだ。これらの写真はすべて連続したひとつの建物になります。この日は丁度結婚式をやっていたようで、よく見ると新婚さんの撮影が行われているのが見えるかもしれません。



この螺旋階段の周りにはここを訪問した国家元首の紋章が飾られています。その中には日本皇族のものも。明治天皇が訪れたようです。また、ここの建設に当たっても日本文化が影響を与えていて、和風タワーや和風食堂などがあります。まあ中華風といわれたら「そうだね」って感じですが。

見学ツアーに加わって一回りしてみましたが、ほとんど言ってることがわかりません。歴史上の人物クイズなんかもするんですが、さすがにアメリカみたいな新興国の地方名士のことなんて知りませんよ。この町が拓かれた経緯、ここに修道院が建てられた理由、MISSION INNとして発展していった歴史が語られましたが、ほとんど覚えてません。



時間をすすめてみました・・・。


正門もこんな感じ。すごい電飾の数。




中庭や螺旋階段タワーも。どこもかしこも電飾で埋め尽くされます。あまりうまく写りませんでしたが、内外の壁面に等身大の人形が多数置かれ、聖書の名シーンを再現していたり、くまさんが踊ってたり。動く人形はちょっと不気味でもあります。中庭の中央に下からライトアップされた天使がいたのだけど、それは特に怖かった。




これは裏手ですが抜かり無くデコレートされています。電気代だけで考えるのが怖くなりますが。また道にはたくさんの本物の馬車が走ってます。もちろん観光馬車ですが、それも電飾に覆われてなんだかファンタジックです。アメリカンファンタジー。しかし明るいのはこの一角だけで、1ブロックも走れば町中なのに真っ暗。さらに1ブロック離れたところのガソリンスタンドへ行きましたが、クレジットカードが使えないと店員と話していたら雰囲気の怪しい人たちとクルマが増えてきたので早々に立ち去りました。危ない人たちのようで親切なことが多いのですが、ホントに怪しいこともあるからねえ。


※画像が多いのでアルバムに入れておきました。ここに入れなかった画像もありますのでもし興味があったらどうぞ・・・。
MISSION INN

【試される】サンディエゴ300予習【300km】


300kmに1000m前後の峠を三回とその他で総上昇量4000m。去年のアタックビーフラインが300kmで1600m、糸魚川ファストランが290kmで2300m、PCH600が600kmで4500m。よろしい、山岳だ。一心不乱の山岳だ。そして小さな集落をつなぐ長い長い荒野の一本道。夜間。ゾクゾクしてくる。アイドルか、ネオプリか。それが問題だ。
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