
グラン・メサを下した一行。「三人になっちまったねえ」みたいな会話をする。「ウノ・ドス・トレス」とケリーが数えると、ジョンが「イチ・ニ・サン」と返す。急いで「アインス・ツヴァイ・ドライ」と入れると「HA!HA!HA!」と大団円。危ないところだった。いつ何時アメリカンなイベントが起こるかわからぬ。気を抜けない。
しかし本当にクルマが来ないところだ。いいよね、クルマが来ないって。ちょっとした登り返しなどもありつつ久々のダウンヒル。その勢いで長い直線を走り、ぶつかったところが幹線道路っぽい。久々にクルマが連なっているのを見た。そのT字路で「ケリーが立ちションしてるからちょっと待とう」とジョンが言う。「ちょうど休みたかったんだ」と僕が言うがうまく伝わらなかったらしく「この先のイサベルという街がちょうどいい」と言ってくる。別に休まなくても良かったが、水が無かったので小さな街のモールへ入る。モールというのもおこがましいくらいだが。
水を買い、トイレを済ませて出てくるとジョンが小さな芝生で寝転び、ケリーはストレッチをしていた。ここからジュリアンまで6milesの登りだ、と言ったのは誰だったろう?「ここは引き返すにはベストなポジションだ」とジョンが言う。「その向こうに砂漠(全米有数の砂漠公園)があって、その先に20%の長い長い坂があるんだ。帰りたいならここが一番いい」。僕はまだ空気が読めていない。「そうですね。サンディエゴ300もここが折り返しですね」みたいなコメントを返す。ケリーは行こうぜ!みたいな感じ。よし、行こう。
ジュリアンへの登りは、そうだな、大垂水の向こう側の甲州街道みたいな感じ。交通量と道幅は50%増しくらいだ。木立に囲まれた心地よい道路、と言いたいが寒い。とにかく寒い。ある程度登ると木立の雰囲気が変わり、斜度がきつくなり車道は渋滞しはじめる。渋滞?なんでこんなど田舎で渋滞が?
斜度がある程度以上きつくなると、ジョンの大歯数のリアスプロケットが発動し、ついに僕の前へでる。ケリーはシングルスピードのくせにどんな状況でも速いのでしんがりについているようだ。途中、渋滞を逃げようと無理に路肩へ出たクルマにジョンがはねられそうになるトラップなどを受けながら、淡々と進んでいたが、どうにもこうにも寒い。道ばたに雪が見え始める。雪かよ!
と太ももが凍えたがと思った瞬間、左腿がつる。つりきる寸前にクリートから足を外すことに成功。しかし今度は右腿にひきつる違和感が、と思う瞬間にこちらも外す。「つった!先行ってて!」と叫ぶ。動けない。でも、つりきる前だから致命的ではないはず・・・。数分で動けるようになったのでペダルを回し始める。寒くてひきつる筋肉は、いつつるかわからず恐怖だ。このままジュリアンを越え、最後の戦いをクリアできるのか?そこでつったら?闇の中、激寒の中、助けも来ないぞ?
よし、現在の位置を確認してみよう。ジュリアンに辿り着くと80milesあたりのてっぺん。だいたい1260mくらい。そこから下ってほぼ海面高度砂漠の町で折り返し。115milesくらいから125milesくらいまででもっかい1200mまで登って来るのがモンテズマ。スペック的には和田峠三個分。和田峠を3連続。松姫峠まで自走で行って、そこから日没後の真冬の和田峠を3つ分。お前は何を言っているのか。馬鹿か。
「ケリーと話したんだが、ここで戻らねば海面高度からこの高さまで20%斜度を含む坂を真っ暗闇の中登りきらねばならぬ」とジョンが言う。ジュリアンの町で。ここはよく雪かきされていたがスキーリゾートの玄関。こじんまりとした森のかわいらしい町に人とクルマが溢れていた。
ここ自体に雪が積もることは少ないそう。スキー場は人工雪なんだろうね。こんなに寒いのはおかしい、と言われた。
僕の足が吊ったことを心配しているんだろうか。たしかに砂漠の荒野の中でこむら返りでも起こされて動けなくなったら、彼らも困るだろう。「もしなんだったら、僕独りで帰れますよ。GPSあるし」という。しかし、つまりはこういうことらしい「俺の足ももう駄目だから、帰るってことにしようよ」。今ついにジョンの空気が読めた。そうか、リーダーがそう言っているのなら仕方が無いではないか。本当は、この足が壊れても這いつくばってでもモンテズマを登りきり、そこで死のう、そう覚悟を決めていたのだけど、リーダーが、勇者が決めたのならば仕方が無いではないか。だって僕は4人並んで歩くパーティの後列にすぎないんだから!操作しているのは僕じゃないもん!これは主催者による「イベント中止」に他ならない!
ジョンは続ける「朝方、僕のサイコンは32度以下を指していたんだ。えーと0度以下、氷点下だぜ。そして今も。夜中の砂漠は危険すぐる・・・」と。多分、ケリーは走りきるつもりがあったんだろうけど、ここは大事を取ることになった。勇気ある「中止」。ボス戦を前にしてHPもMPもどうぐも足りないと判断せざるをえなかったのだ。
#ちなみにRAAMでもモンテズマを通るそうです。おそらく「下り」で。和田峠三つ分、下ります。
ダンジョンの最下層、ボスの扉にかかる「在席中」の看板を前にして引き返す決断。今回はおそらく正しい。しかし誰もが知っているように、この状態から「戻る」のもまた大変なのだ。氷点下の空気と大渋滞をかき分け、長い長いダウンヒルが始まる。イサベルまではあっという間だった。そこからケリーが地元サイクリストらしく、走りやすい道をチョイスしながら帰路を追う。
けっこう緑豊かな感じ。ここしばらく南カルフォルニアでは雨が続いたので枯れ山も萌えています。
糸魚川の姫川沿いのダウンヒルを思い出しました。あんなトンネルは無いけどね。
ケリーのシングルスピード。ステムに注目。すごいアップライトです。彼はこれで200から1000まで走ったとのこと。どうみてもおじいさんなんだけど・・・。バッグをつけながらも、自作のステーを介してキャッツアイの530(?)をふたつつけています。この辺のブルベライダーでは530のダブル装備が多いですね。
高度が下がるにつれ、少し日光が暖かく感じられたようだったけど、それも一瞬のこと。結局、撤退決定から4時間以上の長い敗走を経て、オーシャンサイドの埠頭に戻ったのは午後7時。おおよそ240kmを13時間かけた計算になる。もしモンテズマを経由してきたなら、これに80kmプラスされて、おそらく5?6時間はかかったに違いない。うーん、凍え死んでたかも・・・。
駐車場ではジョンの奥さんが暖かいチャイや手作りクッキーなどを用意して待っていてくれた。ここでかなり回復できたので、なんとか居眠りせずに帰路につけたのでした。しかし腸脛靭帯がヤバい気がする・・・。困ったなあ。