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【落武者魂】 2008年11月

落武者魂

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2008年11月

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ミグについてもう一度考えてみる。

1990年ごろのルマンはWSCの崩壊などのあおりを食らって、非常に混沌としたものでした。このままではWSCの不人気のあおりを食らって共倒れしちゃうんじゃないかと思ったのかどうかは知りませんが、ルマンはもう少し自由度の高いルールとカテゴリの新設をしていきます。その中で従来のスポーツプロトタイプカーより身近な市販車のシルエットをもったGTクラスが活況を呈します。そんな中で1993年に「ミグM100」が登場します。

「ソ連戦闘機メーカーのミグがルマンに来た!」

当時のメディアでの紹介文(まあ、エントリリストのキャプション程度ですが)でもそのようになっていましたし、「ミグが参戦し、無様な結果で去った」と記憶されている方もいらっしゃるようです。たしかにソ連崩壊の直後、ソ連企業の秘められていた軍事技術を活かして民間進出というのが語られていたこともあって、何の疑問も感じることなくそう思われていました。しかも結果としては予選すらクリアできないという体たらくで、それもまたリアルです。「武士の商法」を地で行ってるようです。

ミグM100について語られているのは「戦闘機メーカーのミグが、自動車を作ってルマンへ宣伝のため参戦した。エンジンはランボルギーニV12。結果は芳しくなく、そのまま消えた」という程度です。実際のところどうなんでしょう?正直よくわかりません。よくわからないながら、断片的な話をつなげていくとこんな感じです・・・。

モナコ在住でF-2で活躍していたレーサー、フルビオ・バラビオは実業家であった兄とともにエキゾチックカーを生産する会社を立ち上げていましたが、新たな計画を1991年にぶちあげます。この複合素材で構成されたシャシに強力なV12エンジンを搭載し年間12台の生産としてプレミア価格で販売するという「なんというバブル」な事業計画は、モナコ王室からも投資の話が入るほどの話題を呼びました。

もともと彼らの会社「モンテカルロ・オートモティブ(MCA)」はモンテカルロ自動車クラブ100周年を記念して名づけられた「Centenaire」なるクルマによってそこそこ成功していたようですので、ぽっと出た胡散臭い投資話とはちょっと違っていたのでしょう。このCentenaireはバレルンガ6時間耐久においても優勝の実績を持っています。

まず、バラビオ兄弟はモトーリ・モデルニのカルロ・キティと契約し、彼らのF1向けに開発されていた12気筒エンジンを搭載することとしましたが、これはロードバージョン用ではなくロードバージョンにはメルセデスかポルシェのF1向けエンジンになるのではないかと囁かれていました。

カルロさんはモトール・モデルニとスバルとの共同開発としてF1のエンジンの設計に携わっています。スバル・コローニの有名な水平対抗12気筒ですね。

初めに出来上がったクルマは、その夢とはかけ離れていたようです。スタイルは「ガンディーニのダメコピー」(実際角をまるまるとしたふくよかなディアブロみたいな感じなので、精悍さのかけらもないのですが)。と評されているのですがこのクルマは「Centenaire」の上級グレードにしか過ぎないので、外観がそう変わっている気もしません。もともとそういわれてたんでしょうね。大事なエンジンはとりあえず間に合わせということでフルビオの所有するカウンタックから外したV12を搭載します。これはモンテカルロ・GTB(あるいはMCA GTB)として1992年にモナコのホテルで行われた発表会で公開されますが、この事業は資金的に難しい状況にあったらしくそこから続きません。

MCAはこの事業に対し王室からの支援を打ち切られますが、捨てる神あれば拾う神あり。新たな支援者を得ます。グルジア王室の後継者にして王子というアレクサンドル・ミングレリアはモナコで生まれ育っていたこともあり、フルビオらと知り合いだったんでしょうね、MCAの新たなチャレンジへ投資を行います。新たなチャレンジとはルマンへの参戦。グルジアン・ミグ・タコ M100 モトールモデルニ、というクルマでルマンはそのエントリーを受け付けます。1993年のことです。

さあ、ミグがでてきましたよ。このミグはWikipediaイタリア語版では「ソ連の軍事企業のミグ」としてミグへのリンクもはってあるのですが、もっとシンプルな回答がWikipediaとは別にありました。それはMingrelia and Georgiaの略というもの。グルジア王室のミングレア家に捧げられた、あるいは単にグルジアのミングレア家のチームという意味であったようです。なんだか夢がなくなりました。頭のグルジアンは「グルジア自動車会社」を意味し、ミグはチーム名とされています。そしてM100はモナコ自動車クラブ100周年がまだ残っているようですね。タコはよくわからない。

まあいいや。

ミグM100は例の私物と思しきのランボルギーニエンジンからモトーリモデルニの3.5リッター・ターボエンジンへ換装されてルマンへ投入されます。またエアロダイナミクスへも若干手が入ったりしていますが、MCA GTBとMIG M100の間に基本的な違いはありません。そして、結果としては予算未通過で終了します。換装したエンジンとシャシがマッチングしなかったのだと説明されています。その後バレルンガ6時間耐久へ出場し、満足とはいえないながらも結果を残したようですが、これでレース参戦は現在まで行われていません。ミグM100というクルマが1993年にルマンへ参戦しましたが、それは戦闘機のミグとは関係なく、ランボルギーニのエンジンも積んでいなかったという虚しい話なのですが、後日談もあるようです。

それはトビリシの軍需下請工場とMCAが契約を結んだというもの。これはアレクサンドル王子のミグが仲立ちとなって生まれたビジネスのようですが、この軍需工場ではソ連時代にミグ戦闘機の部品を生産していたとのことで、そのカーボン技術を民需転換したかったようです。将来的には、安価なカーボン素材を自動車用へ供給し、またF1などのレースチームへも提供していくことを考えていたようですが、その後どうなったかはわかりません。トビリシで生産されたMCAの車両も数台あるのだ、という話もありますがどうだかわかりません。


ちなみにMCAは現存し、オフィシャルサイトもあります。
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Tour de Foothill

週末に久々のロングライドイベント、「Tour de Foothill」へ細君と共に参加してきました。ロングライドとは言っても100km(獲得標高1000m)という非常にイージーなものです。場所は前回のInland Express Centuryの開催された町のやや北側にあるUpland周辺で、牛の牧場で有名なチノの隣町。ロサンゼルスから近いこともあってか、10分前にたどり着いた会場の駐車場は一杯で隣接するオフィスの駐車場に停めることとなりました。


スタート地点。かなりの人数です。100kmと50kmが同日開催で、これは100kmスタートの写真なのですが、1000人いると言われても「そうかな」という感じです。日本なら駐車場の取り合いで殴り合いが起こりそうなところですが。


スタート直後。この人数で街道へがーっと繰り出したらどうなるのか、と思ったら、数分前にはいなかったパトカー白バイが道を封鎖しています。はじめの交差点だけかと思ったら、その後もずーっと直線区間は交差点を封鎖。といっても日本の警察がやるようなXX時からXX時まで封鎖、バリゲード設置という感じではなく交差点の真ん中にパトカーか白バイを置いて警官ひとりが仁王立ちしているだけ。しかも後から後から白バイ・パトカーが反対車線を自転車軍団進行方向へ走り去っていきます。おそらく、自転車が通り過ぎたところのパトカー白バイが自転車軍団前方を閉鎖すべく走っていってるのですね。自転車軍団が走っている間だけ閉鎖している感じです。効率的。

そのおかげで自転車軍団は3車線にわたって広がってのパレードを続けていける感じです。やがて大幹線道路から外れると普通のライドへ。だんだんと速度差で軍団が細長くのびていくので、1車線を制圧して走る程度へ。しまいには一列になっていきます。


前半はゆったりとした登り下りを”楽しみつつ”走れる感じ。僕は今回鉄血長征号フル装備での参加。できる限り細君にペースをあわせ「せかす」ことの無いようぐっと我慢の子。牧場なんか眺めつつ。



第一補給所までは結構人口密度は多かったのですが、やがて登り始めるとばらけていきます。100kmライドということでお気楽参加の人も多いらしく、ちょっと坂が続くとものすごい勢いで脱落していきます。そんなとき細君が僕に言いました「ここ、下ってるように見えたけど実は登りじゃね?」と。ついに「登りなのに下りと思える境地」へ達せたのかと思い景色とか前後の斜度で「下っているのようなのに実は登っている」ようなことがある、と答えると、ずるずると失速していきます。まずい!「気付き」が入ってしまった!

「こ・・この道は下っているように見えて登っているように感じるが、実は下りだ!」「ほんとうはすごい下っている!」「登っていると思うな!」と喝をいれるものの、気づいてしまったものは忘れることはできない模様・・・。でも斜度がそれほどではなかったのでその場はクリア。


やがて本当の登りに。あるところから斜度がカクンとあがる。なんか押して歩いているひとが多数。それほどきつくはないだろうと、とりあえず斜度のきついところを登りきりダムの上で待つ。細君が思ったよりは早く通過していったので一緒に登っていくと臨時の休憩所が。水くれ、というが「水切れwww.。そのうち届くwwww」と。意味ないだろ。しかたないので水が無くなった細君のボトルと自分のボトルを交換。10km先に休憩所があるってことなので、なんとかなるだろう。


自然公園から一気にダウンヒル、市街地に入ったりして第二休憩所へ。水をもらってウマー。ゴールが近いのか60km参加者との混走になりはじめる。タンデム車が何台も連なって走っていたりしてちょっと楽しい。タンデム車軍団を追い抜いていくと、先頭が「3人乗り」に見えて珍しいな、と思ったら「4人乗り」だった。お父さん-子供-お母さん-子供の順で乗っている。ほんとにあるんだ、あんなの。どうやって運んできたんだろう?


あっさりゴール。合計時間は5時間ぴったしくらい。のんびりライドの占めはメキシカン料理のプレート(事前登録者のみ)です。アイスクリーム付き!
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犬対策

アメリカ版「自転車で遠くへ行きたい」本でもっとも国情の違いを感じさせるのは犬についての囲み記事です。

まずエサチャフという考え方はありません。えさを投げてそのうちに逃げるというのは、漫画などでもよく使われる表現ですが、それについてはまったくふれられていないのです。理由のひとつには、えさを与えると次もよってきてしまうからだと思うのですが、「テロリストには便宜を図らない」という強い意志も感じられます。なので、基本的には対決姿勢です。フレームポンプを振り回す(短いのでは駄目だとあります)、ボトルの水をぶっかける、叫ぶ、なにかを投げつける振りをするなど徹底的な抗戦意図を示すことがもとめられます。もし、おいつめられてしまったら自転車を楯にして反撃の機会を伺うようにとのこと。

また、しかるべき機関へ訴え出ることを躊躇するなとも。我々には何者にも脅かされること無く公道を走行する権利があるのだ!で結ばれています。
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