明るくなると、ここが綺麗な山間のリゾートであることがわかる。なんだろうなあ。こんな時じゃなくって、普通の旅で訪れてゆっくりしたいものだなあ。まあいい、残りは220キロくらいか。でっかい山を越えれば………越えたってどうせアップダウンがどこまでも続くんだろうけどな。
仮眠所となっているコテージ棟と自転車を置いてある本部棟は数百メートル歩かないとならない。途中でボランティアスタッフのセシルさんに話しかけられた。僕はマシュー君はどうしてるか聞いてみた。というのも、スタッフの持っていた名簿中、彼は起床時間を指定していなかったようだからだ。セシルさんも、とても疲れていて、どうするかわからない、ということ以上のことはしらなかった。彼女の夫であるジョンがBBのトラブルでリタイヤした話などを聞いた。
ついでに、ボランティアスタッフの人たちはいったいいつ寝てるんだ? って聞いてみた。昼間寝てるのよとのこと。すごいなあ、完全に昼夜逆転生活なんだな。そういえば、前に600kmブルベでも、この人はオーバーナイトコントロールで一晩中スタッフ業務をこなした後、翌朝からDNFの人たちを乗っけてゴール地点までドライブしてたっけ。タフさが違うなあ。見た感じはそうでもないんだけど。
そんなところで話を切り上げてスタート。
※ドロップバッグなどを運んでいるトラック。
I氏と一緒にマザマのPCを出ようとしたところで一人の参加者とすれ違う。たしかあれはイギリスから来た人。
「また次回お会いしましょう!」
そう叫んでいったことをみるに、ここでDNFになるんだろう。もっとも、すでにタイムアウトするような時間なのだけど。
一瞬、影ができるほどに日が射した。スタート前の天気予報では、カスケイド山地の西側は雨のはずだったけど、もしかしたら好転したのかと気分がたかぶる。道の先の方に雪をかぶった峰が見える。その先の空は雲で覆われているようだけど。

※四日目コースプロフィール 上昇量が多いようには思えなかったんだけど、今見ると平坦がないね。
登りになると置いてけぼり。ひとりゆっくりと坂を登る。ワシントンパスは1670メートル。頂上の気温がマイナスってことはないよな?
しばらく登っているが、ほとんど誰とも出会わない。一人二人に抜かれた気がするくらい。やがてマシュー君がやってきた。よかった、DNFしなかったんだ。つうかやっぱりリカンベントのくせに僕より速い。あっという間に引き離されてしまう。なんというか自分にがっかり。
と、雨が降ってきた。結局、雨なのか。しかも雪景色の中を。ガードレールへ自転車を寄せて、雨具を装備する。結局四日間使い続けてしまった。ふと見上げるとずっと先の方でマシュー君が路肩の広くなったところへ入っていくのが見えた。小便かな? 僕がそこへついたころ、彼が走りだそうとしていた。見ればシューズカバーをしていないので「ビニール袋があるぜ」と言って渡す。低気温・雨・ダウンヒルではさすがに耐え難いだろう。
彼がビニール袋を履いている隙に引き離せるかと思いきや、あっという間に抜かれてしまった。
途中でパンクを修理している人もいたな。雨の中、辛そうだ。まったく、この寒さで雨でパンクなんかありえない。泣きそうな思いだろう。そういえば、結局今回もパンクはなかった。今まで1200kmブルベでパンクしたこと無い気がする。その一方でちょっとした距離で連続してパンクすることもあるし、不思議なものだ。わざわざ替えのタイヤまで用意しているときには、ノントラブルだもの。
※ここでしばし立っていると、ようやく景色のでかさが飲み込めてきた。本当に広い景色。
頂上近くで振り返ると、巨大なU字谷が見えた。この端っこをずっと登ってきたわけだ。しかしわかりやすい氷河の痕跡。ということは、この逆側、山側に残る雪はもしかして現在でも氷河なのだろうか? それともただ冬の雪が残っているだけで、もう少ししたら消えてしまうものなのか? 気温は低いけどひたすら登ってきたので寒さは感じない。ようやく登り切ると、峠のネームプレートの向こうにクルマが止まっている。僕が記念撮影をしていると、そこからドライバーが降りてきた。スタッフのかたのようだ。大丈夫か? というようなことを聞かれたので、大丈夫、と返す。ここからはもう大きな山は無い。とりあえず一気に下りてみるか!
※最後のでかい山を越えたという喜びに満ちている(w
さ・・・寒い! つべたい! 染み渡るッ! 眠気と言うよりは寒さで意識が飛びかける。この雨と寒さのせいで下りなのに速度を上げられない。しかも、時々震えでハンドルの保持が怖くなるので停止したり。停止して震えが収まるのを待つんだけど、止まってれば止まってるで寒い。そんなのが何十キロも続く。ようやく標高1000を割る、700くらいになったら少し寒さが和らいできたかな。路肩に青いスタッフシャツをきた男性がクッキーの箱を持って僕に呼びかける。大丈夫かい? クッキーあるよ、と。ひとつもらいながら「ボクの後ろには何人いるの? 」と聞いてみる。ずいぶんゆっくり登った割に、しばらくの間誰にも抜かれていない。下りもかなり遅いのに。
「君が最後のライダーだよ。もう後ろには誰もいない」
え? だってマザマにまだたくさん自転車止まってたよ? それにパンク修理してた人も。
「みなリタイヤした。この低気温の中の、雨中のダウンヒルは厳しいから」
あとで聞けば、ワシントン峠のてっぺんまで来て諦めた人も少なくなかったらしい。残り200kmを切っているのだけど、簡単な雨中装備しか持っておらず断念したということか。
※レイニーパスはだいたいいつも雨だ、といわれたので、レイニーだけにね、と返した。HAHAHA!
さて、ちょっとやばい気がしてきたな。ざっと計算するに次のPCには……まだ一時間弱は余裕が有るはず。基本的には下り基調。最後に何度か登り返しがあるけど、これ以上ペースを落とせない。スタッフに別れを告げて、下りを再開。しばらく進んだところで気づく。後輪の空気が抜けてる。いつから? 路肩へ寄せて、パンク修理。立ち止まったら冷気がモンベルのゴアジャケットを抜けて入ってきて、ガタガタ震えはじめた。手とかまともにタイヤレバーを保持できない。それでもなんとかタイヤを外し、チューブを交換していると白いステーションワゴンがやってきて、フロアポンプを片手に年配のスタッフの方がやってきた。
「パンクか? ちょっと貸してみな」
と言って僕からホイールを取りあげる。僕のタイヤはディープリムで、後輪のチューブには延長バルブがついているのだけど、彼は誤ってそれを抜いてしまった。一気に抜ける空気(w おいおい。まあ、そんなこともありつつ修理して再スタート。しばらく下ると……あ、やっぱりタイヤの空気が抜けてるじゃん。また停止。こんどは青いシャツのスタッフがやってきた。というか、ぞろぞろとクルマから降りてくる。
今度はタイヤ交換係、その間自転車を持つ係、フロアポンプを準備する係などゴージャス。フロアポンプを用意している人は、どうやらリタイヤした人らしい。半袖短パンでガタガタで震えながらやっている。というか、あなたはクルマの中にいなさいってば。
自転車を持つ係の人が僕に「寒いからクルマの中にいなよ」と薦めてくる。でも、みんながこうして手伝ってくれているのに、ぼくだけ車内にはいられないよ。僕もみなさんと一緒にここにいたいんだ、と言うとわかってくれる。パンク修理は手際いいんだけど、合間合間にみんなで雑談が入るので結構時間がかかる。ちょっとドキドキ。
一旦は修理完了ぽかったのだけど、バルブから空気漏れてね? って話に。その時にはさっき手伝ってくれたおじさんも来ていて「さっき俺、抜いちゃったんだ、テヘペロ?」って。 タイヤをはずしてチューブを抜き出しプライヤーでバルブを締め直す。もっかいタイヤをはめ直してみんなで拍手。空気をいれて自転車にタイヤを嵌める。
「どうもありが……」
まで言ったところで、誰がか「タイヤから空気漏れてるぞ」と。
見れば、小さい泡が表面からプクプクでている。
タイヤをくるりと回すとアチコチから。
※こんな滝が無数に。これは小さい方。
※一回目の修理。震えが止まらない。
「困ったなー、何が悪いんだろ」と交換してくれた人。「こりゃ一旦タイヤもチューブも交換したほうが手っ取り早いけど、タイヤなんか無いしなあ」
チューブ新しいのに。でも、原因を突き止めるには時間がかかりそうだ。そんなに時間が余ってるわけじゃないしっていうか、もう余裕時間なんかとっくに無くなってねえか? 新しいタイヤ? あ!
「タイヤありますよ」
「どこに?」
「ボクの背中に括りつけてあります」
とバックパックにくくりつけていた予備タイヤを見せる。
「よし! これでいい!」
とみんなでワイワイガヤガヤ作業をはじめる。自転車の品評を初めたり実に楽しそうだけど、時間的には気が気じゃない。
「あの、次のPCのタイムアウトっていつでしたっけ?
みなが顔を見合わせ、うーん13時半だったよ、という。今51キロくらい残している。そこまで2時間か。もう下りは殆ど終わってる。2時間平均速度25km/hが絶対防衛ライン。だがもし……。
「もし、タイムアウトしても、最後まで自転車で走って帰りたいんですが」
と聞いてみる。認定が得られなくとも、ここまで来たら全コース走り終えたい。
「えーと、つうかもう2時間で50km走らないとならないぜ? まだ走りたいの? 」
「ええ」
すると、初めに修理を手伝ってくれたおじさんがコース管理担当とのこと。
「わかった。最後まで走れよ。俺が見届けてやるから安心しな。だから無理と無茶はするな」
「ありがとうございます」
※F1のタイヤ交換並に人が集まる。ワイワイガヤガヤで素早くはないけど。
果たしてこの区間が今回一番楽しい区間となった。
すでに1000kmを走り、そして10000メートル近くを登ってきた。体感気温マイナスという雪景色のダウンヒルを終えて、そして2時間で50kmを走り切らないとならない。わくわくしてくる。なんというこのギリギリ感。面白くなって参りました!って感じだ。下りになれば必死にこぎ、登りがあれば立ち漕ぎで回し、向かい風が吹けば諦めかける。楽しい。楽しすぎる。とにかく最後までヘタれるな! もう間に合いそうでも気を抜くな! 自分に言い聞かせる。叫んだりもする。大丈夫、いけるいける。二度ほどスタッフカーが通りがかって声援をかけてくれる。心強い。しかしせめてこのレインウェアを脱げれば。それだけでもかなり楽になるのに。
※疲れきった人々がたむろするコントロール
次のPCは田舎の小さな商店。到着すると疲れきった何人もの参加者が佇んでいた。
よし、まだクローズには10分くらいある! 僕は駐車上に颯爽と突っ込んで自転車をたてかけ、ガムだけ手にしてレジに並んだ。時間的には間に合ってる。が、店主のおっさんがテレビを見ながら描き込んだ時間は13時31分。つうかクローズ時間は21分じゃん。結局はアウトか。ちょっとがっかり。他の参加者と話していると「まあ、気にすんなよ。そんくらい大丈夫だよ。まあ、ルール上はさあ……つうか、こまっけえことはいいんだよ」とのこと。
「まあ、いずれにしろみなさんと同じコースを走りきれれば嬉しいスから」と応えると「そうだよ、それでいいんだよ。ガハハ」と返ってきた。
このPCにはマシュー君もいたのだけど、ひどく疲れている感じ。僕が最後のライダーだって、というと「毎晩、オーバーナイトコントロールに俺よりか後に到着した参加者はみんなリタイヤしてるんだよ」とのこと。
僕はこのセクションで盛り上がった気分がまだ残っていたので、あまり長く休まず最後のPCへ向けて走りだすことにした。雨の中を。なにしろ「明日は走らなくていい」のでノリがこれまでと違う。脚もクルクル回る。楽しくてしょうがない。
昨日までの乾燥地帯がウソのように、今日は雨の農場地帯。丘陵を抜けていく。どこまでも平坦を許さぬコース。道の路肩が狭くなって、交通量が増えているのがちょっと嫌だ。さっきまでのセクションの勢いはなくなってきている。考えてみれば、補給をしていない。手持ちの食量も乏しいなと思っていたら、ちょうど小さな食堂を見つけた。東京から来ているD氏が休んでいたので、僕もそのお店にはいってピザを食う。店を出てしばらくすると雨は止んだ。空は暗いままだけど。
店を出て走りだしてしばらくすると、お腹の調子が微妙。実は二日目くらいから、ちょっとばかしトイレ探しブルベをやっている。さっきの食堂でトイレ行けばよかった、とか対向車線を横切っててでもあのガソリンスタンドへよればよかった、とか思いながら1時間ばかし走っていたら、自分側の車線にガソリンスタンドを発見。トイレを済ませ、ついでにレインウェアを脱ぐ。ウィンドブレーカーの上にレインジャケットを着ていたのは失敗だった。いくらゴアでも、ウィンドブレーカーの下の湿気を逃すことはできない。暗くなる前にそれらを一旦脱いでしまって、少しでも湿気を追い出しておかないと。
※さあ、最後の区間。皆で一緒に行こう!
最後のPCはマクドナルド。ここではI氏やD氏、そしてマシュー君も含めて10人くらいが集まった。クラブサンドイッチを食い、コーラをがぶ飲み。
残りは35キロほど。2時間を見込んでも、23時くらいには到着する計算だ。I氏がここから先はとても景色がいいという。小さな湖を囲む別荘地なんかがあるそうだ。でも、もう日没だから何も見えませんよ、というとI氏はたしかにそうだと笑った。それから熊を見たという。I氏はスタート地点のモンローへスタート前に入り、この最後のセクションを走ってみたという。そこで子グマと出会ったとか。そういう話をすると、マシュー君もワシントン峠の登りで子グマを見たと。そういえば、前回参加した方からのアドバイスでも、熊と向かい合ったことを書いていた。どちらも人里だったり車通りが少なくなかったりするんだけど、熊にとってはあんまり関係ないらしい。特に子グマには。
※ゴール1
※ゴール2
最終セクションはその10人くらいでがやがやと行く。途中で雨がふりだしたので、僕は脱いでいた雨具を着込んだ。
この期にいたっても、アップダウンばかりだ。道はあまり広くない。両側は木立が続いている事が多く、暗い。街灯なんかめったにないし。
そんな道を付かず離れず走りきってモンローのショッピングモール。もう10時を回っていて、人気は少ない。そのままだらだらとゴール。
ホテルの前ではマークトーマスら、何人かの見知った顔が待っていてくれた。
中に入るとゴールの受付へ通される。ブルベカードを渡すと、代わりに完走メダルをもらえた。
地ビールを渡され、みんなでがぶがぶと飲む。パンク修理に付き合ってくれてたスタッフの人たちもすっかり赤ら顔。
「おう、よくガンバったな。めんどくさいトラブルだったけど、めげずによくやった、完走おめでとう」
「どうもどうも、応援してもらえて心強かったですよ」
さてさて、今晩中に4日分の衣類を洗濯しなくっちゃな……。
※途中で電池が切れてたので平均速度とか距離とか若干おかしいけど、とにかく1200km!
おわり