アフターカスケイドのツアーも終盤。サンフランシスコまでマシュー君の車に同乗させてもらう。ゴールデンゲートブリッジのところで、驚きの車線閉鎖があってビビったけど、彼の話によればここは交通量に応じて上下の車線数がやたら変化してその案内も無いので超怖いのだそうだ。たしかに怖かった。ちなみにサンフランシスコ・ランドナーズのスタート&ゴール地点はこのゴールデンゲートブリッジのたもとで、最後にちょっときつめの登りが続く(橋まで登るから)のが嫌らしいそうだ。
サンフランシスコ空港近くのホテルで彼と別れ、僕はレンタカーを借りておいて一泊。翌日はサンフランシスコの南方、サンタクルーズのさらに郊外に一人でドライブ。自転車から取り外したGPSを頼りにカルフィーデザインの工房へ行くのだ。
フリーウェイを走っていくと、クパチーノやパロアルトといったシリコンバレーの名所の名前が進路標識に現れる。そのまま通過して、小一時間ほど走るとサンタクルーズ、さらに田舎道を進むと・・・あれ? カルフィーデザインの工房どころか、ただのストロベリー農場しかないんだけど? キリスト教系の大学の敷地? よくわからずうろうろしつづけること30分ばかし。ついにカルフィーデザインのロゴが小さく貼られた建物を見つけた。なんというか、僕の親戚の鉄工所みたいな建物だ。

おそるおそる入り口をくぐり、通りがかった人を捕まえてジェネラルマネージャのスティーブという人とアポイントがあると伝える。アポイントというか、この人に会いに行けと言われただけなんだけど。
ほんの少し、事務室の前で待つと中華系のスティーブ氏がにこやかに現れた。やあ客人。はるばる遠方からよう来なすった、という感じ。ナイストゥミーチュウ、ミスタースティーブ。あなた方の自転車でカスケイドを走りきってきましたよ、と伝えると喜んでくれる。それはすばらしい、クレイグ(クレイグ・カルフィー氏のこと)もきっと喜ぶ。実は明日からクレイグはアフリカへ飛ぶので、準備に駆け回っているけど、会えると思うよ。まずは工場を見て回ろう。どこかにいるよ、と。
「あ、写真を撮ってもいいですか?」
「もちろん。何でも撮っていいよ」
「撮影してはいけないものとかあったら、言ってくださいね」
「そんなものは無いよ! さあ行こう」

※事務所前のテラス

※極初期に製作された一台。
事務室の前は小さなテラスになっていて、カラフルな自転車が置かれている。それは初めて欧州圏外の人間でツールドフランスに勝利し、銃弾を受けるなどの事故にあいながら三度の優勝を果たしたアメリカ人、グレッグ・レモンの為に作られた一台だという。レモンはカルフィーのカーボンバイクをTDFに持ち込み、後にレモンのブランドとして販売もしていた。レモンの活躍は、カルフィー(当時はカーボンフレーム社)が一躍有名になった大きな契機だったらしい。
ここにあるバイクをレモンが乗ったかはわからないけどね、とスティーブは言う。だけど、みてごらん。ほとんどバイクの作りは変わってないだろう? 僕らはバイクの形状デザインそのものを変えていくことには興味ないんだ。
レモンも最近のインタビューで、今も昔もバイクそのものはそんなに変わってないんだ、とコメントしていたけど、同じような意味合いなのだろう。彼らは約三十年前から変わらず、フィン付きラグでカーボンパイプをつないだクラシカルなスタイルのバイクを作り続けている。ただ、素材は新しいものを試し続け、それは新しいカーボンパイプだったり、竹だったりする。
竹、そう、カルフィーは最近ではバンブーバイクの方でよく知られるようになっている。

※こんなのがもう一台あった。
工房へ降りていくと、謎のパイプ組の乗り物が二台、鎮座している。あれはいったい何ですか? と質問すると、近くで作業をしていた背の高い人がアルバムを片手にやってきた。
「それはグライダープレーンなんだ。車輪で走行もできるし、空を行くこともできる」
「二人乗り?」と聞いてみる。タンデム配置の座席がついている。
「いや、違うね」背の高い彼はバイク用のスーツケースを持ってきて、後部座席に投げ込んだ。
「こうやってどこへでも自転車を持ってくために使うんだ」
ほんとかよ?
しかし、どうみても素材はカーボンでは無さそうだし、エンジン付きだし、空も飛ぶし。自転車工房とはおおよそ関係の無さそうな機材。でも、ただモノを作るのが好きな人たちなんだな、ということだけは伝わってくる。そうじゃなきゃ、こんなけったいなものをでーんと置いとくことはできないだろう。

その先にはフレームを組むためのブース。備え付けられた台にはすでにフレームが置かれている。この台に治具を配置して、ラグとパイプを接続していくんだと言う。カタログモデルであれば、できあいの治具、できあいのラグで作っていくのだけど、オーダーのフレームでは、そこも手作業で一品製作していくんだ、とスティーブがオーダーシートとあわせてそれを見せてくれる。
そしてフレームの形になったら、上のオーブンを使って焼き上げるのだという。確かに、台の上には焼き肉屋の排気ファンのような形状のオーブンがぶら下がっている。

※オーダーシート

※カタログ通りのサイズなら、この治具を使用する、だったかな。特別なオーダーがあれば手作業になる。

※組み付けて、上からオーブンが降りてくるんだと思う。

※ラグ。これがドラゴンフライのラグつってたかな。

※いろんなラグ。

※工具
二台ある台の向こうには、既成のラグが部位と角度別にたくさんぶら下がっている。工具の下がっている壁の一角には、小さなフレームが。工員の一人が子供用にと作ったフレームだとのこと。

カーボンが巻かれたボビン。こうしてみると、とてもあの強靱なフレームになるとは思えないようなカーボンの紐。そして麻布も。この麻布はバンブーバイクのラグをつなぐのに使われるものだ。麻紐でしばって、樹脂で固める。カーボンバイクもあの台で作ってオーブンで焼くのだろうか? それは聞き忘れた。

※こっちは麻。

こちらは仕上げのブース。ちょうどカーボンフレームとバンブーバイクが一台づつ作業されていた。その向かいにはカルフィー製品のひとつ、ポジションだし用機材。フレーム製作のための測定機材だ。そしてカーボン・リカンベントのフレームもあった。これはOEMでどこぞのリカンベントブランドに卸しているんだと聞いた。なんでも作るのね。

※ポジション出しの機材。

※一見、なんだかわからないけどリカンベントのフレームだそうだ。
仕上げブースの奥にはクオリティ管理のおじさんが。とっつきにくそうな雰囲気がしてたんだけど、話し始めると言葉数は少ないながらよく笑う。いくつもぶら下げられたカーボンタンデムのフレームが、まるでロッキーの映画で大型冷蔵庫にぶら下げられていた牛(だったかな)のようだ。ちなみにカルフィーの最軽量のパイプを用いたタンデムは完成車重量で十kgほど……。お値段は普通のロードバイクの二倍強。まあ、普通ってどんなだって言われそうだけど。

※品質管理のおじさんの写真が無い。とりあえずつるされたタンデム。

こちらはリペアルーム。カーボンバイクの修理修復は現在のカルフィーをささえる事業のひとつ。どんなブランドのバイクでも修復を受ける。現在のカルフィーのビジネスの一翼を担っている事業だと言うことだ。

※クレイグ・カルフィー氏とワタシ。
クレイグ氏にも会えた。日本では自転車ツーリングが流行っているのか? と聞かれたが、なんとも答えがたく、言葉を濁してしまったけど、たぶん、言葉がよくわからなくて変な答えになっているように思われたに違いない。でも、実際「自転車ツーリングが流行っているのか?」って、どうなんだろう。特に流行ってないよねえ。

※スティーブ氏とワタシ。
しかしこのクレイグ氏、工場見学をしているとあちこちで見かける。なんか箱詰めしているなと思うと、塗装前の表面処理ブースで作業していたり、フレームを組む窯のところにいたり。ぜったい通信簿に「落ち着きがない」と書かれていそうな人だ。

※表面処理ブース。カーボンの粉が舞っているので、マスクとゴーグルが必須。奥にクレイグさんがいます。

※竹で作られた運搬自転車用のキャリア。
工場の奥はバンブーバイク部門。バンブーバイクは、はじめは冗談で作り、その反響から第三世界への技術支援を行っている。フレームは竹で、ラグ部分は麻紐を樹脂で固めたもの。これで作られたものを、先進国にはロードレーサーや、MTBのようなスポーツバイクとして出荷している。でも、現地ではまだまだ実用車の需要が高いので、竹フレームの実用車もちゃんと作られている。ここでも、荷台まで竹の物資運搬用のバンブーバイクの設計図やら、塩ビパイプで作られた治具やらが置かれていた。竹のフロントフォークの試作品などもあって、いろいろ試しているようだ。
ちなみにこのフレームに使われている竹は、当初は日本のもの、後に台湾のものを使用していたのだけど、現在はアフリカ現地で栽培しているものなのだそうだ。

※バンブーバイク用の治具も現地で手に入りやすい(のだと思う)塩ビパイプで作れるようにしている。たしかそんな説明だった気がする(メモしておけばよかった)。

※竹フロントフォーク。昔の試作品。ラグやフレームの補強にカーボンを使っている。また、オーダー次第で竹を使う部位、カーボンを使う部位などは自由だそうだ。どこぞの雑誌編集者(アメリカのね)がオーダーしているという、カーボンバックの竹MTBを見せてもらった。
入り口近くに置かれているのは、従業員の人たちの自転車らしい。自転車通勤もいるのだろうか? あまり近くには人家は無さそうなんだけど。中にはこんな「流木バイク」もある。流木フレーム。もうなんでもありなんだな。

お昼休みになると、工員は自転車に乗って付近をライド……ではなくって、工房前の広場でサッカーに明け暮れる。GMのスティーブ氏に昼食に行こうと誘われて中華を食べに行った。ただの旅行者なのにここまでしてもらえるとは……。

都合、3〜4時間ほど滞在させてもらった。なんというか、たしかにオープンで気さくな工房。天気が良ければ海も綺麗に見えるんだろうな、と思いながら工房を後にした。

※ファクトリー全景
その後、SF近郊で活躍されているKさんに蟹ディナーをごちそうになった上、夜景観光まで案内していただくなど、望外のありがたいひとときを過ごさせていただいた。長かったカスケイドの旅もようやく終了。しばらく自転車はお預けだ。

※ツイン・ピークスからの夜景。あの映画とは関係ない。
おまけ

※カルフィー工房内のドアの飾り。チタンの板。よく見ると、エンドやらを打ちぬいた残りを使っている。

※レンタカーのトランクの内側についてたタグ。もし、トランクに閉じ込められても、これをひっぱれば内側から開くよ、というもの。子供がいたづらして閉じ込められたりしたとき、あるいは拉致されたときに。

※ショッピングカート用のエスカレーター。これがあればレジをフロアごとに設置しなくてすむね! 初めて見た。SF空港近くのTARGETにて。

※空港施設をつなぐ新交通システム。路線があったら乗ってみる。