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【落武者魂】 09 Gold Rush Randonneurs 1200km

落武者魂

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09 Gold Rush Randonneurs 1200km

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GRR1200km 作戦終了の巻

「次?少し休ませてよ」 ニコル・ホンダ

 ブルベシートを提出してサインをする。あれ?サインしたかな?憶えてないぞ。じゃあ、また明日(というか今日)の昼間のバンケットで会いましょうと言ってモーテルへ帰る。

 


 チェックアウトぎりぎりまで眠って、GRRのバンケットへ参加するためにDavisの町中へ向かう。もうすっかりみな集まっている。おめでとう、おめでとう。誰もが互いに健闘を讃えあい、ボランティアスタッフの尽力に感謝する。食事をさらに盛って席に着き、知った顔をさがしてふらふらと。最後に一緒に走ったチームやPCH randosの面々、SDブルベの顔見知りたちと言葉を交わす。時には「次の1200はどれにでるんだ?」などと聞かれるが、さすがにもう無理だ。これほどの時間はなかなかとれない。

 

 

 


 やがて完走賞をひとりひとり呼んで配ったり、ダンがマイクをまわしてコメントをとっていったりと、閉会ランチっぽい雰囲気に。僕はクリスに「次は何走るの?」と聞く。「そんなの全然決めてないよ」と彼は言う。そして続ける。
「ほら、来週にSD200ブルベがあるだろ?」

   おわり

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   おまけ

 肉体的にはSD1000kmのほうがよほど辛かったみたいです。あのときはしばらく筋肉痛や痺れが残ったし。今回残ったダメージは虫刺されと右足首だけ。精神的にはどっちも疲れた。夜間走行が辛い。夜はちゃんと寝られれば問題ないと思う。睡魔に襲われるかどうかは運次第・・・。
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GRR1200km 長征750哩の巻

「お前は完走するとわかっていたよ」 クリストファー・ハンソン

 部屋から自転車をだすとすっかり夜はあけていた。少し肌寒い。走り出すとちょうど数人のサイクリストが来るところ。Co-Motion製のタンデムに乗るジェフとメアリー、カナダからの参加者ケン、そして薬をくれたピーター。一緒にSusanvilleからJanesvilleへ走る。僕も Co-MOtionのタンデムを発注しているんだ、とか話す。ジェフとメアリーは「君は奥さんと乗るのか。それはすばらしい。僕らは夫婦じゃないんだ」とのこと。彼らの配偶者たちは自転車に興味がないので、自転車ライドで知り合ったふたりでタンデムライドをしているという。案外、そういう人たちは少なくない。夫婦ともに自転車に乗ると言っても1200kmを付き合ってくれる人はそうそういないだろうし。



 さあ、ついにやってきましたJanesville grade。平均斜度10%以上、最大19%。800km以上走ってきて現れる悪魔の壁。ここで集団は解散し各々のペースで走ることに。僕は29Tの力と 4時間の睡眠、そしてまだ本格化していない胃腸のトラブルという状況を利用して、脚をつくことなく登りきった。ただし蛇行(Tic-Tac=蛇行)を駆使して。800kmを超えてでてくるから恐ろしい感じがするが、そうでなければちょっときつい程度の坂でしかない。19%超の部分は数百メートル程度でしかない。舗装があれてたけど。ただ見ている範囲でも何人かは押してあがっていた。登れないと言うより、ここで無理に脚を使いたくないということなんだろう。





ふたたびGRR最高地点。そのアップダウンを繰り返すが、さすがに体力も多少は回復して睡魔も去り、往路よりも景色を楽しみながらのサイクリングだ。再び訪れたAntelope lakeのCP(相変わらず食事を避けてホットチョコレートのみ)をでると向かい風が始まるものの、比較的勢いのある下り坂のため苦にならない。お昼頃にはTaylorvilleまでたどり着く。すっかり暑い。ここからもずっと下りなので気楽にしていたのだけど、気になるのは向かい風。saganoさんのレポートによると、向かい風のせいでペダルを回さないとすすまない下りなのだそうだ。大げさかな、と思っていたら近くに座っていた参加者たちがちょうどその会話を。一語一句違わず「下りだけど、向かい風だからぺダリングしないとなんないぜ」と。はあ。まじかよ。でも下りだからなんとかなるだろう。




ここではパスタを作ってもらった。さすがに何も食わない走行で今日の400kmをクリアできるとは思えない。しかも昨日も最低限しか食ってないわけだし。胃腸さえもうすこし頑張ってくれれば楽なのになあ。そういえば、今日の出かけに右足首が痛かったけど、回しているうちになんともなくなった。でも傾けるといてえな。傾けなきゃいいや。

900kmをともにしてきたキャメルバッグをドロップバッグへしまう。結局水を入れることはなく、ただの防寒具入れで終わった。ここからは気温もあがるし薄手の長袖ジャージとウィンドブレーカーだけあればなんとかなるだろう。

Taylorvilleからも下り。ここから先はTobin resortの先にあるJarbo gapという初めに登った峠以外はまともな登りは無いのだ。心の中ではすでに大勝利!便意が襲ってくる以外にこれほど何もないブルベでよいのだろうか?そんな楽なことが僕に許されているのだろうか。許されているのです。


向かい風のせいで速度が伸びないけど”遅くてもいいや走法”の僕には関係ない。やがてさっきのタンデムたちが追いついてきて接続。こういった長い緩やかな下りでのタンデムの勢いといったら。向かい風など苦にせず、まったく手を着けられないあばれっぷり。



Tobin resortまであっと言う間に到着。PCH randosの人たちがいたので「この向かい風、Davisまで続くのかな」と聞くと「違うといいけどな。でもずっと続くと思うぜ」とのこと。彼らは同行の女性のペースにあわせて走行しているようだ。たしかTwitterで実況しながら走ると言っていたはずなので、そのことを聞いてみると電波が通じなくってできなかったそうだ。確かに僕の電話もSusanville以外では電波が入らなかった。



Tobin resortでもしっかり食って(トイレもしっかり二度行って)、ジェフやピーターたちと走り出す。Jarbo gapのところでタンデムのジェフたちが先に行ってくれとのことなのでOrovilleで会おうと先行することに。Jarbo gapも北側からだとそれほど長い峠ではなく、暑すぎない日差しの中で気持ちよく上り終える。その先は行きには暗闇の中に小さく赤い灯火が並んでいた坂。を下る。スピードはでるが路面のひび割れがひどい。腰を浮かしっぱなしでも何かが漏れでてくる気配はなかったので、その姿勢で下り続けていると何かカツン!という音が。なんだろう?と思ってふと手元を見ると何かが・・・あ!GPSが無い!フルブレーキで減速し、Uターンをしたところでストラップでなんとか脱落を逃れたGPSがぶらんとぶら下がってるのを発見。しかしホルダーは壊れてしまったようだ・・・。






ここから先にこそGPSが必要になるのに面倒なことになったなあ、と思いつつミスコース。いきなりこれだよ、と復帰。前のLA600でGPSをバッグにしまったまま走行しているのでなんとかなるだろうとは思うものの厄介は厄介だ。やがて景色が荒野から住宅地に変わりOrovilleのCPへ到着した。

まだ18時40分ごろとあってスポーツジムも営業中。入り口にもうけられたスタッフ席で到着を報告しトイレへ。ここにはシャワーもあって、なぜかそちらへの方向指示に日本語も。GRRスタッフが書いたの?それとももとからなの?GRRスタッフだとすると、僕のために?結局よくわからなかった。



長いトイレをすませると、タンデムのジェフとメアリー、ピーターらがこっちへ来いと。俺たちはシャワーを浴びるがどうするかと言うので僕は浴びない、少し寝ると答える。じゃあ、起こしてやるよ、ということになったので部屋の端へ行きヨガマットをしいて横になる。ということはここから先はみんなで一緒に走ることになるな。GPSを失った僕にはこの上ない助けだ。

スタッフが枕と毛布を持ってきてくれるが、こんなに明るく真上に蛍光灯もあり、あたりはがやがやしていてやかましいのに寝れるわけもないよな、と思っていたら起こされた。まったく記憶にないが1時間弱は寝ていたらしい。驚き。



今から出発するグループは7台8人。残り130kmを向かい風と平坦、そして迫り来る夜に立ち向かって走る仲間たちがそろった。時刻はサマータイムもあって20時を回っているがまだ明るい。あと1時間くらいは明るいはずだ。妻には2時くらいに到着するとメッセージを送ったが、それはあまりに希望的な予想だった。タンデムに引っ張ってもらいながらも、僕らの体力は徐々に削られていく。前を走る大柄な参加者の足下が素足にサンダルであることに気づく。聞いてみると「左右どころか前後にも自由にうごかせるんだぜ」と言う。それはただのサンダルとフラットペダルか!固定すると足首が痛くなるからずっとそれで走っているとのこと。もう何年も。ピーターからも「そういうレーサータイプのクリートよりMTBタイプの方が楽だぜ」と言われる。それぞれの人がそれぞれの考えでいろんなことを試行錯誤している。それがブルベのおもしろいところ。誰かが教えを垂れる「効率」なんか関係ない。自分のやり方を突き通して走るからこそ1000とか1200とかを走る力がでてくるのだ。リカンベントがいてシングルスピードがいてフラットペダルがいて荷物満載のツアラーがいて、誰もが正しい。

あっというまに深夜。レシートチェックのコンビニでたむろっていると、クルマでやってきた若者が「バイクがたくさんだな。お前らヘルスエンジェルスかい?」と言ってくる。ばかばかしいけど、このセンスが楽しい。誰かが「そうだ」と答える。もちろん。



そして真っ暗。街灯も何もない水田地帯を僕らは走る。GPSがおっこってるのでスピードも何もわからない。気分的にはローラー台をこいでいるのと少しも変わらない。しかも向かい風のせいで速度がでているようで実際には期待ほどでていないようだ。そして皆の相対位置が変わらずひたすら直進していると、動いているのかどうかもわからない。昔、中島悟が「たくさんのクルマがものすごいスピードで怖くないですか?」と聞かれたときに「みんな同じスピードだから怖くないですよ」と答えていたが、よくわかる。暗い部屋でみんなでローラー台をこいでいる状態というのが今の僕らだ。暗闇の中、遙か遠くに赤色 LEDの明かりがチラチラ見えるが追いつかない。それは結局PCH randosの明かりだったのだけど、最終的に彼らは僕らより1時間先行していた。つまり1時間先行している人の光が見えるような距離感で僕らは走り続けていたわけだ。



やれやれ、いい加減走ることにも飽きてきた。Orovilleまでは盛り上がっていた気持ちも、あまりに変わらない・・・130kmにわたって夜の水田・・・光景にやられてきた。心が疲れてくるのだ。でも、ここで萎えたと集団から離れてしまえばもっと厳しいことになる。なんとしても離れることだけは避けなくては。

歌を歌う。ゴールドラッシュの歌を。さよならブルベ。1200kmを走りきればとりあえずひとつの終末を迎える。ひとつの・・・区切りだ。もう終えたい。早く終えたい。200kmでも300kmでも400kmでも600kmでも1000kmでもいつも早く終えたいと思っている。早くかえって暖かいシャワーをあびてふかふかのベッドに眠るのだ。もうこんなのはやってられん。最後のシークレットコントロール。午前1時をまわってこの寒い中、料理を用意した野外コントロールを用意して待っているスタッフの方々には頭が上がらない。マッシュポテトはどう?アップルパイはどう?と明るく振る舞ってくれる。妻に3時半ごろになるとメッセージ送信。また、あの退屈な平坦に戻るのか。

もう本当にへとへと。脚は回ってるし便意は降りてきていない。気持ちだけの問題。心はとっくに折れてる。折れてなお、走る。だってどこにやめる理由があるのか。やめてどうなる?早く終えたいという一心が集団に食らいつかせ続ける。思えばこういう集団でゴールまで行ったのは2月末のSD400以来かな。いつも一人だから。


唐突にゴールの公園へ。ここ自体が町外れだから盛り上がる要素がない。深夜なのでなおさら。駐車場へ入り受付小屋へ。自転車をたてかけ、ドアをあけて「one-thirteen,Sato」と、告げた。コングラチュレーションズ、と皆が口々に言う。コングラチュレーションズ!今ここに僕のGold Rush Ranonneurs 1200は終わった。今はとにかく眠りたいだけ・・・。

GRR1200km 新曲誕生の巻

「それぞれのペースでばらばらに走る。それも自然なことだ」 ケン・ナットソン 

 Davis CreekのCPは草原の中にあるカフェの庭。まずカフェに入ってトイレを聞く。店内にいたカウボーイたち(本物のカウボーイだ)が「どこから来たんだ?」と聞いてくる。「Davisだ」と答えると「UC DavisのDavisかよ!」とぽかーん。でもごめん、僕はトイレへ急いでいるんだ。

 トイレをすませて通過チェックを受ける。10時前に折り返し。なんとか600kmを40時間で走ることができた。食べ物も盛りだくさんだが「なにもお腹から出てこないように、なにも入れない作戦」を実施しているので、何も食べることができない。この長丁場のど真ん中で自分にたいする焦土作戦を実行せざるをえない状況に至った原因である胃腸のなんというふがいなさ、なんという情けなさ。Alturasへ戻る間に20人ほどのサイクリストとすれ違い、声をかけさせていただく。まだこんなにいるのなら、がんばんないとな。

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オクスリアリガトウ!

 Alturas(戻り)でも何も食べないが、トイレへ行くだけで結構な時間(約一時間)をとられてしまう。それでもここはトイレが二つもあるので助かる。そうそう、行きのこのCPでピーターに「腹が痛い」と言ったら「腹痛か?ガスか?」と聞かれたので「ガスだと思う」と答えると、サドルバックからなにやら薬を出してくれた。12時間ごとに一錠飲めと。なんというありがたいこと。そういえばKellyもSD600のときに薬をくれたな。腹にガスがたまるというのは一般的なことなのだろうか?そして対応法も一般的なのか?

 コースへ復帰すると日差しが厳しい。そして眠い・・・。CPでトイレをすませるとしばらくは問題無いのだけど、1時間もたつとふたたび便意がやってくる。なんなんだよこれは。サニーナを持ってきておいてよかったよ。そのうちケツが擦り切れてなくなっちまうところだった。サニーナはウォッシュレットの普及によって売り上げを落としているそうだが、ロングライド用としてもう少し小さな容器を販売したら世界で6人くらいには売れまくりそうな気がする。あるいはTOTOが超小型軽量清潔なハンディウォッシュレットを開発してくれないものか・・・。

 帰りもやはり、絶え間無い路面の段差に便意を呼び起こされつつ、かといえ腰も浮かせず・・・という地獄が続く。この地獄は修羅界と餓鬼界の間にある便界というもので、人間界で弁解ばかりを続けた者が堕ちる地獄とされている。

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 Adin Passの手前で暑さが耐えられないのでウェアを脱いでいると、オードリーが「休んでる場合じゃないわよ!」と檄を飛ばしながら走り去っていく。彼女は SDの400と600で一緒に走ったサイクリスト。400で「私たちと行くのかどうか」と聞いてきたのがたぶん彼女だ。と、僕が自転車にまたがる間には地平線の向こうへ消えて行ってしまったが。

 Canbyという小さな集落にガソリンスタンドが見えたので、少しコースを離れてトイレを借りる。トイレをすませるとサンフランシスコジャージを着たふたりのサイクリストも休憩のためにやってきていた。ひとりは緑色のおもしろいツーリングバイクに乗っている。フェンダーなどはツーリングっぽいのだけど、ディスクブレーキなどの装備がなんだか仰々しい。本格的なツアラーだ。

 彼らと一緒にスタートするものの、すぐに引き離されてしまう。ついてこいよ、という雰囲気だけど、無理です、と脱落。いつどこで野クソに走るかもしれないのに付き合わせるわけにもいかない。

 闇の中、眠りながら越えたAdin Passを反対側から越える。北側からの方が斜度は厳しいが29Tのパワーにはかなわない。心はすでにAdinの先にあるEagle Lakeの四つの峰に。その巨大な不安に立ち向かいながらAdinへ入った。

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 Adinでもしっかりトイレ。子供たちがアイスクリームを配っていて、それだけ少しもらって食べるのはよそうと思っていたら、子供たちのお母さん(かつ何人かの子供にとってはおばあさん?)が「外国人と子供たちの通訳をかってでなくちゃ」とばかりにいろいろとおすすめをしてくるので、ターキーのサンドウィッチを頼むことに。僕が席に着いて食べていると彼女がやってきて、いろいろと話してくれる。娘夫婦が北海道にいるんだ、とか。本当は早く発ちたいのだけど、こういうコミュニケーションもうれしい。スタッフへ出発報告をするついでに「ここからさきの4つの峰が嫌いなんだよ」というと、「こちらからだと大したことないんだよ」とのこと。ほんとかよ。

 さっきのサンフランシスコジャージのふたりとしばらく一緒になる。ついてこいよ、と言われるが、自分のペースでいくよ、ありがとうと返す。行きは一個のピークにつき1時間、ピークごとの合間に1時間かかって8時間。そして18時に出発して二つ目の登りで日が沈んだ。なら16時半にAdinを出発した帰りは「多少楽」も含めて3つ目くらいまでは明るいうちに行きたい。そうすればあまり冷え込まないうちにSusanvilleへ戻ることができる。

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 果たして帰りの方が楽であった。途中の小CPでピザを食い、それから走っても三つめまでは日が残った。問題は胃腸だけで、イーグルレイクを望むあたりからじわじわ(というかきゅーっというかびりびりというか)症状があらわれる。しかし日中何も食ってなかったおかげで何もひねり出せるものがないようだ。けれど油断していると腸内粘膜が排出されるので気をつけないとならない。しかしいい加減腹が立った。腹に腹が立ったのだ。誰もいない薄暗い荒野で僕は腹に文句をつけはじめる。ちょうどこんな風に。
「おまえさあ、痛い痛い言ってなんなの?ばかなの?あほなの?痛いとか辛いとか言うのは誰にでもできるんだぜ。痛いから何とかしないと漏らしちゃいますよ、とかふざけるんじゃねえ。膝とか足首とか見て見ろよ。苦しくたってなんとかやっていこうとしてるだろう?みんなで1200km行こうよってがんばってるわけじゃん。それがどうよ?おまえはさ。いつもいっつも昔っから”あ、くだっちゃいますー”とか”急にきましたー”とか、少しは自分でなんとかしようと思わないの?1200走るために少しでもエネルギーを吸収してやるぜ、とか思わないの?なんだよそれ。お前の仕事は何なんだよ・・・」


文句たらたらAntelope passにたどり着いたときにはもう真っ暗。ここを耐えきればSusanville。しかし・・・また睡魔がやってきた。ふらふらふらふら登る。坂もだらだらだらだら続く。そうだ、今回は歌が少ないな。歌を歌おう、となぜか津軽海峡冬景色を歌い始める。そのうち「さよならあなた」が「さよならブルベ」になり、疲労と眠気でなんだかおもしろくなってきて歌詞がだんだん変わっていく。そう「GRR千二百」の誕生であった。

ここで紹介しよう。暗闇の中Antelope passと最後の平坦区間で作詞し続けたブルベ歌謡。寒さと寂しさの中にブルベサイクリストたちの孤独と誇りが謳いあげられます。さあ、歌っていただきましょう!「ゴールドラッシュランドナーズ 千二百」!

Davis発の夜行列車降りたときから
Tobin resortは闇の中
北へ向かうブルベの列は誰も無口で
ギア鳴りだけが響いてた
わたしはひとり GPS 見つめ
600キロ先のDavis creek見つめ泣いていました
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百

ごらんあれがDvisCreek 北のはずれと
見知らぬライダーが指を指す
闇の中をEagle lake越えてきたけど
涙でかすみ よく見えない
さよならDavis 私は戻れません
Janesvilleが立ちはだかる
歩けとばかりに
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百

さよならブルベ 私は戻れません
向かい風が立ちはだかる 残り300
嗚呼 Gold Rush Randonneurs 千二百



 起きているのか眠っているのか進んでいるのかさえよくわからない闇の中をAntelope passを越えて下る。下りのスピードをいくらあげてもスピード感がない。路肩の反射材が遠くから少しずつ大きくなり、視界の右へ消えることの繰り返しを「前進している」と認識するのさえ難しい。ワイヤーフレームの時代のテレビゲーム(ex.光速船)さえ、この現実よりは表現力豊かだった。しかし、そう、これが現実なのだ。

 7時間かけて山場を越える。SusanvilleのCPには到着連絡だけで流してモーテルへ向かい休息する。4時間もの睡眠・・・。ありがたいありがたい。

つづく

GRR1200km 北の地獄の巻

「ここには紙しかないんだ。ごめんな」 Grass Hopper CPのスタッフ

 わずかな仮眠を終えて妻とともに数百メートル先のSusanville CPへ向かう。ここも体育館のような建物だけどTaylorsvilleよりはかなり大きい。入り口近くにスタッフのチェックがもうけられていて、その先に食べ物がいろいろと置かれているテーブル、そして脚付きの担架が並べられていて仮眠スペースのようだ。奥にはシャワーなどもあるとのこと。

 胃腸の重さを感じているので、パスタやパンなどを無理無く食べられるだけ食べてCPを出る。スタッフから「しばらく追い風だから」と言われる。しかしすでに18時を回っており、迫りくる闇の方に不安がでてくる。6時間かかるとすると24時くらいにAdinか。まあよい。ここからはイーグルレイクの周辺にある4つの峠を越えることになる。それぞれは厳しいものではなさそうだが、全体的に高原ということで気温が下がるだろう。Susanvilleに運んでもらったバッグの中になぜか十分な防寒具が入ってなかったので、気落ちしながらAntelope passを登っていく。この峠はSusanvilleから北に見えるを山壁を斜めにナイフで削ったような道。非常にダイナミックだ。そこを1時間ほどかけて登る。うーん、ちょっと時間がかかりすぎだ。あの程度の睡眠では体力があまり回復していないが、いつものこと。回復力を鍛えたいなあ。

 峠のてっぺんで強風にさらされながらウィンドブレーカーを羽織る。すねだけが剥きだしなのが何ともいえずいやな具合。さて、Adinまで残り100km弱、耐久するとしますか。


 4つの峰が連続するかと思っていたら、それぞれの間に緩やかな場所が広がっていて、それが意外と心に堪える。ダウンヒルからヒルクライムまでスムーズにつながっていれば辛くても飽きないのだけど、こうただっぴろいところに放り込まれると結構厳しい。GPSに入力された峠のピークの表示を救いにこつこつとペダルを進める。二つめを越えるとイーグルレイク。すでにその先の山並みに日は沈んでいた。夜が僕を追い越していく。

 三番目の峠の前に小さなCPが。ここまで50kmほどで初めての人の営みの雰囲気があった。消防署の庭に天幕が張られていて、様々な食料が用意されていた。トイレは無く、紙だけはあるけど・・・とのこと。今思えば消防署のトイレが借りられたのではないだろうか。それともあれは消防の施設だけで無人? 他の休んでいたサイクリストにあわせてスタート。あとは最後の峰を越えると長い下りになるはず。一緒にスタートした参加者はすぐに見えなくなる。真っ暗。自分のライトに照らされる範囲の外は完全な闇。少し目をそらすと自分が立っているのかどうかもわからなくなる。空間失調?

 ようやく最後の登りを終えた。Adinまで長い下り・・・寒い!むちゃくちゃ寒い!余りに寒いのでブレーキひきっぱなし&ときどき停止。いきなりリタイヤ願望が跳ね上がるが、こんなところでどうやってリタイヤできるのか?電話も通じない。通りがかりのサイクリストに頼もうにも、彼らがCPでそれを連絡し、救援がくるのはいつになるのか。この闇の中で立ち尽くし続けるのはいろいろと無理がある。せめてSAGがやってくればリタイヤもできるのだけど・・・トイレにも行きたい・・・。だから進むしかない。「もうやめてやる」「さむいー!」などなど絶叫を山々に響かせつつ、這々の体で凍えながら1時半にAdin到着・・・。さらに到着チェックもそこそこにトイレへ飛び込む。ここから・・・トイレ耐久ブルベの始まり・・・。

 AdinのCPは田舎の集会所を借りているようだ。無駄に広い厨房があって、スープなどを出してくれる。ホール側の奥には衝立があってその先のくらいところが仮眠場所?ここでジョセフにSD600以来、ひさしぶりの再会。「どのくらい寝たの?」と聞くと「あんまり」とのこと。「私は遅いからあまり休めないんだ」と。

 軽く補給をとって、ドロップバッグから予備の防寒具を引き出す。これでなんとかなるか、と少しほっとする。体力の回復をはかるため、食卓の近くでエマージェンシーシートにくるまって15分ほど眠る。あまり眠った気はしないが、長くも休んでいられない。なにしろSusanvilleからの110kmに8時間ほどかかってしまった。目が覚めるとジョセフの姿は無かった。先に行ったのかと思い、旅支度。実際には彼は先に行ったわけではなく、ここで長い仮眠をとったようだ。僕は結局このCPで1時間半も費やしてしまった。トイレにこもったりして・・・。

 Adinから少し行くとAdin passという峠。それさえ越えれば行きの大きな登りはもう無い。無いのだけど、だんだんと睡魔が襲ってきた。下りきったあとの睡魔は特に厳しく、あまり目が覚めていた記憶がないほど。そういう意識低下状態の間に距離が進んでいればいいなあ、と思うもののGPSを見るとほとんど進んでいない。そういう半睡眠状態ではスピードもでないのか、そういった状態は一瞬でしかないのか、そのどちらもなのか。

 真っ暗な闇の中でライトの照射範囲だけをみつめている。すると、右端に路肩の白線しか見えない。その白線がふらふらと動いているのだけ。想像してほしい。真っ暗な中、視界の右端に白い縦線がゆらゆらしている光景を。これはものすごい催眠効果がある。時折背中からさっと照らされるように明るくなって目が覚める。クルマのヘッドライトかと思うが、頭上が開けた場所で月明かりが差し込んでいるのであった。見上げるとほぼ満月。そのおかげでライトはひとつしか点灯せずとも不安はない。路面は横方向のひび割れは多いものの、縦方向のひびや深い穴などは少ないので安心して走ることはできる。交通量が少ないのだろう、路肩につもるゴミも無い。でも眠い。

 やがて夜が明ける。眠さはMAX、便意もMAX。サドルに腰をかけていると、それによって圧力がかかっているのでなんとか耐えられるのだけど、ダンシングなどで腰をあげると解放されたと誤解した便意が僕を襲う。しかし腰を下ろしたままだと、路面のひび割れが引き起こす振動が便意を強めていってしまう。前門の狼、肛門の虎とはまさにこのこと。さらに時折寝ぼけて路肩に突っ込んだり対向車線に飛び込んだり・・・。ハイシエラののどかな風景が、その雄大なる退屈さが、固まりになって僕に襲いかかる。これは死ねる・・・。眠いんだよ・・・!もはや自転車とは関係ないところで辛い。辛すぎる!

 とにかくAlturasまでたどり着けば折り返しまでの残り30キロちょっとは平坦なはず。せめて600kmは走ろうよ、と自分を鼓舞しながら眠気と便意に耐えて7時過ぎにAlturasへ。到着チェックを受けてトイレへ飛び込む。ん?いまやばい感じじゃなかったか?どーんという気持ちとともにレーパンをチェック。まあ、大丈夫そう。だけど無色無臭のなぞの液体が排出された可能性もあるので、念のためパッドをよく拭いてさらに手を洗うための消毒アルコール(携帯してる)を塗っておく。気持ちだけでも清潔に。

 


 AlturasのCPは公民館(たぶん)。食堂でパンケーキをひとかじりし、DNFすべきかどうかしばし迷う。考えても考えてもトイレ問題と眠気以外はリタイヤ理由がない。後者はともかく前者は十分な理由になりそうだけど、脚も問題なく回ってるし、体力的にはまだ動ける。うーん、折り返しまではいってみるかなあ。おや?脚は問題ないって右膝や右足首が痛かったのは・・・触ると痛むやん。でも気づかないでいられるなら大丈夫!

 Alturasからは平坦と信じていたのに、実はゆるやかな登り。当てが外れるとがっかりしてポテンシャルが低下する・・・。坂というほどの坂は無いのでへろへろと進み続け、ただっぴろい草原へ。ここからは見えないが、草原の左手の向こうはGoose Lakeという湖だそうだ。そしてこの道の行く先はオレゴン。そしてその間にあるのがDavis Creekの折り返しポイント。ようやくたどり着いた北の果て・・・。トイレ、トイレ!何はなくともまずトイレ!

 


つづく

GRR1200km 夜行列車の巻

「脚力とかが強いことが大事なんじゃないんだ。精神力だ。精神力の強さが大事なんだよ」-ピーター・リー

 100人程が公園の駐車場から出て通りに揃う。一応、道路に青い線が引いてありそれがスタートライン。せっかくだからということか、ピーターとアンダーソン、ジョーンズ(全員アジア系)が近くに並ぶ。通りがかるクルマが「なんだなんだ」と行った雰囲気でゆっくりと通り過ぎる。道路封鎖も無し。大量の自転車で勝手に一車線封鎖状態。でも通りがかるクルマは誰もクラクションなど鳴らさない。不思議な顔をしてみているけど。

 しかしある意味国際規格の大イベントなのに、溢れる手作り感がなんともおもしろい。ダンが何やら合図して”なんとなく”スタート。CP2 Orovilleまで160kmほどは完全にフラット。しかも基本的には追い風。素晴らしい勢いでトレインが進んでいく。もちろん1000km以上の長丁場ということもあり、誰も息があがるような走りはしていない。皆、自己紹介しあったり、旧交を温め合ったりしながらどこかサイクリング気分の高速トレイン。いやはや楽しくってしょうがない。

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 道がフラットなら景色もまた平坦。大きな区分の水田や畑が左右に広がり、ときおり懐かしい夏の草木の匂い、そして水田の匂いが流れてくる。路面が金網の跳上橋を渡る。これ、雨のときはどうするんだろう。コースはその平坦な景色の中を右へ左へ直角に曲がるのみで、これまた単調と言えば単調。なんだか昔のF1にあったどこかの市街地コースのようだ。やがて夕日が地平線へ向かって沈んでいくけど、遮るものが少ないのでなかなか暗くならない。とはいえ、まずは一回目の日没。途中にチェックをしないウォーターポイントと二つのシークレットCPがあって、だんだんと集団が壊されていくものの、なんとか10人くらいになったおそらくは中盤のグループにひっついて走る。このグループの先頭はライトスピードのタンデムを駆る夫婦。先頭交代などまったくしなかったので、最終的には後続のもっと大きな列車に吸収されてしまった。やはり戦いは数だな。

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 CP2 Orovilleには23時半ごろに到着。ここのCPは街のスポーツジムを借りて設営されているらしく、ヨガルーム(といってもかなり広い)に大量の補給物資や、仮眠用マットなどが準備されていた。さすがにまだ眠る人はいないようだけど。がやがやとした雰囲気で、ちょっとペースが速かったんじゃねえか、といった話題なんかが聞こえてくる。160kmを5時間半だから、確かに数字上はハイペースだけど、追い風と列車効果を考えるとこんなものかもしれない。予定時間よりは数時間早く到着しているものの、6時間程度で走れる可能性は考えていたし、ここから先はずっと登りなので帳尻が合うだろうとも思っていた。


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 ピーターに「調子はどうだい?」と言われ「まだ楽しいね。でも『なんでこんなライドに参加したんだろう』とか考えていたよ」と答えたら「そういうことは考えちゃ駄目だ」とたしなめられる。たどたどしすぎる英語でしか話せない人間がくだらない冗談を言ってるとは思えないのだろう、真面目に心配して真面目に答えてくれている。自分の英語力を棚に上げてしまうけど、総じてアメリカ人には自虐的な冗談は通じにくいような気がする。いや、単に心配してくれちゃうんだな、嬉しいことに。

 そんなに長居した気はなかったのだけど、いつのまにか人影が少なくなってきている。ちょっと急いでCPをでるがまだまだ後続がぱらぱらと入ってきていてすれ違った。Orovilleからは文明を脱してJarbo Gapという長い峠へ向かって登っていくのだけど、街を抜けてしばらくはフリーウェイ沿いの田舎道をゆるやかに上り下りする。やがて幹線道路を離れ一直線の登りに。すでに日付も変わり、まっくらな中にぽつぽつと赤いLEDの灯火が続いている。追い抜かれることはほとんどないが、追い抜くことはもっと少ない。でもそれでいい。とにかく完走しなければ。サンディエゴ1000kmで確立した「脱力走行」を徹底して走る。どこまでも力を抜いた脚はまるでマリオネットのような力の入ってなさ。どこの筋肉にも力が入っておらず、ただカラカラとペダルが回るにまかせて回す。直前にサドル高さを低く変えていたせいでちょっと膝頭があがりすぎかなとも思っていたのだけど、そういう違和感はすっかり消えてなくなり、うまいこと「脱力」に成功しているようだ。

 Jarbo Gapの頂上手前でPCH Randosのリンダと合流。日系人の彼女は去年秋の200kmや春のダブルセンチュリーなんかで所々一緒に走った。彼女の夫も自転車に乗るのだけど、ロングライドは嫌いだそうで単独参加だ。GPSに頂上が表示されたので「あれがてっぺんだ」と言うと「そうみたいね」と言ってくれる。300km付近まで大体は彼女に先行する形で視認距離を走り続けたのだけど、CP4のTayrorsvilleで先に行かれて以降、その姿を見ることはなかった。結局、リンダは72時間ほどでゴールすることになる。一定のペースで走り続けられるって言うのは強いなあ。

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左)トンネル。照明があったのはここだけ。どれも短い。 右)Tobin Resort

 Jarbo Gap(別名Yankee Hill)を下った先は100milesほどの登り。しばらくは大きな渓谷の中を走り続け、Tobin Resortという渓谷沿いのCPへ到着。すでに午前3時。CPになっている丸木小屋風の食堂でしばし休憩。だいたい200kmを越えたあたりということで一段落なのか、けっこうにぎわっており、ソファなんかでちょっと仮眠をとっている参加者もいる。用意されている料理をいくらか腹に収めてスタッフに出発を告げる。GRRではCPへの到着と出発をそれぞれ記録していて、スタッフにそれを告げないとならない。記録としては、後から見て「この人はここでこれだけ休んだんだな」というのもわかって面白い。

 Tobin resortを出ても登りつづけなのだけど、斜度は3%ほどしかないし追い風が続いているので全然苦ではない。ただ夜を徹して走るのは久しぶりなので、それはちょっと不安だけど、不安だからといってどうすることもできない。そしてちょっと寒い。高度も1000mに達しようとしていてただでさえ気温は下がっているはず。特にこの払暁には気温がぐっと冷え込む。早く陽が登ってくれと思うが、夜空は茜色になりつつも深い渓谷のために朝日は差し込んでこない。耐えるしかない。寒いのは嫌いなんだよな。

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 すっかり明るくなった頃、GPSに「坂終了」という文字が。GPSには主立った峠のピークの位置を推定で入力してある。これは精神的に助けになるのだ。ここでは「終了」と言っても、ピークというより山間の小さな湖のある盆地に到着しただけ。盆地の端をめぐるようにしてGreenvilleの Info Controlへ。Greenvilleは小さいながらも街の体をなしたところ。ここにある金物屋の店名がInfo controlのクイズになっている。そこには数人の参加者が居合わせていて、朝の挨拶を交わす。誰かが「このクイズはGoogle viewでもわかるな!」と冗談を言っている。年配のサイクリストは店の前に腰掛けてしばらく休むと言っているが、ここから1時間もかからず TaylorsvilleのCPのはず。そこではゆっくりと休めるはずだ。

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 8時前にTaylorsville着。町というようなものではない。体育館か公民館のような建物がCPになっていた。ちょっとした厨房があり、そこで温かい食べ物を注文できる。人気はオムレツのようだったけど、僕はパンケーキを頼んだ。ホールの中央には16人くらいがかけられるテーブル席があつらえてあり、夜を徹して来たブルベライダーたちが食事を摂っている。壁際にはドロップバッグが置かれていて、僕は長袖RUSAジャージと薄手の長袖インナーを着込んだ。かなり冷え込んでいるな0度に近いぞ、という話題が聞こえる。ほんとうにそうだ。陽が出て来ているのに寒くてしょうがない。


 さて、Davisの600kmブルベはここが折り返しなのだそうだ。参考にしたレポートによれば、帰りはずっと向かい風に悩まされるらしい。そんな馬鹿な。ずっと南風が吹き付けているということになるが、そうすると南に空気は無くなってしまいじゃないか。そんなことはありえないので、かならず気流が逆転するときがあると信じることにする。そしてそのタイミングで帰路を走ればいいのだ。

 Taylorsvilleからは50milesほどがGRR最高地点を越える峠だ。ここから斜度もぐんとあがりまともな峠になる。斜度とともにようやく気温もあがり、自転車をとめてさっき着込んだウェアを脱ぐ。「おい、エルクがいたぜ!見たかい?」と声をかけられるが残念ながら見ていない。日光が奇麗にまばらな林や緑の地面、流れる小川を照らし出していて本当に美しい。人為的なものかどうかわからないが、山火事があったようで木々の下の方はこげて黒ずんでいる。そういった山火事もまた自然の維持循環の一つの要因になっているというのが、このあたりの自然保護の考え方なのだ。

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 Antelope Lakeへ到着。ダム湖だけど、人工的な感じのしない奇麗なところだ。ここからGRR最高地点付近はなんとも風光明媚なところで、なんとも心地よい。やたら広大で大自然の巨大さに畏怖されることも無い。これくらいがちょうどいいのだ。地平線の彼方まで人間の営みが見えないときの、あの何とも言えない不安のようななにかは、精神的に堪える。湖を回り込んでCPへ到着し、スタッフにトイレの場所を聞くが、けっこう離れているキャンプサイトに行かなくてはならないらしい。それでは仕方が無い。あきらめてわずかな休憩で前進することにする。GRRのCPは大きく二つに分かれていて、屋根のあるフル規格のCPと、キャンピングカーやトレーラーなどで物資を運んで来てテント設営されているここのような簡易CPがある。簡易CPの方ではトイレは無いので要注意だ。基本的には「薮があるじゃん」という話なのだけど「でっかいのを」と言うと「うーん、紙はあるぜ」となる。トイレットペーパーを持って走っている人もいるので、そういう覚悟も必要なのだろう。

 Antelope Lake(後にAntelope Passも出てくるけど、まったく別の場所)を出立してしばし燦々と照りつける日光の中を登り続ける。すでに高度は2000mに近づいていて、空気そのものは暑く無いとはいえ絶え間ない太陽光と斜度のある登りのせいで汗が落ちる。それでもある程度登りきり、一段落だなと思ったところで後ろからマイクで何か叫ばれる。パトカーかな、と思ったがSAG(サポートアンドギア。つまりオフィシャルのサポートカー)が「ここがGRR最高地点だぜ!」って叫びながら追い抜いていくところだった。すばらしいタイミング。この名もなき山頂をすぎてもアップダウンは続く。最終的に急な下りになるのだが、そこは帰路の焦点となる場所だ。Janesville gradeと呼ばれている。8kmほどで700mほどを一気に下り抜けJanesvilleの集落へ。ここでようやく携帯の電波が入った。ぎりぎりアンテナが立つ程度だけども。さて、現在時刻は14時すぎ。大きなCPであり宿泊の予約もとっているSusanvilleへはここから1時間程度で到着するだろう。しかし、そうするともともとの予定到着時間だった17時?19時からはあまりに早まりすぎている。細君は補給物資を持って来てくれているわけだけど、こんなに早く到着するとは思っていなかったからそれが不安であった。もし、彼女がまだまだ到着しないのであればAdinまで一気に行くか?ちょっと防寒に難がありそうだけど、逆に日没までに距離を稼げる。しかし、正直眠くってポテンシャルの低下が激しい。

 結局、なんとか連絡が取れて、僕がSusanvilleへ到着するまでには彼女は到着できるらしいと判明。到着次第、先にモーテルへチェックインしてくれるとのこと。ありがたい。

 それは解決したとしてもうひとつ考えるべき問題は、この時間に到着して仮眠をとると貴重な日中の時間が無為に費やされてしまうのではないかということ。主催者はSusanvilleではなく、その100km先のAdinでの休息を推奨している。100kmということはだいたい5?6時間だろう。午後9時ごろにAdinに到着し、数時間休んでDavis creekへ向けて再出発する。これがベストなのだろう。でも、さすがに睡魔の影響もあって目の前にベッドとシャワー、着替えが用意されていると知りながらそれを素通りするのも難しい。トイレへも激しくいきたかったし。うん、実はトイレに行きたい。

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 というわけで15時過ぎにSusanvilleのCP手前にあるBest Western INNへ落着。JanesvilleからSusanvilleまでのセクションではたまった疲労のせいかあるいは眠気のせいかペースもガタ落ちだったものの、これでようやく一段落。400kmを21時間ということで、悪くは無いペース。特に体に不調は無く深刻な疲れも無い。モーテルではシャワーや着替えなどを済ませ90分程寝ることに。トイレの勢いだけが不安を感じさせたものの、ここまではあっさりとしたブルベだ。まあ、400kmとはいえまだ1/3。ここで問題が出ていたらその方がやっかいなのだけど。

つづく
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