自転車用のブレーキと言えば、ドラムブレーキがあげられるわけだけど、生産大手のアライがその製造をやめてしまったので困っている方も多いだろう。アライのドラムブレーキと言えば、超長距離自転車冒険旅行においてその超重量を支えるため、あるいはタンデム自転車で使われることが多いものだったからだ。製品の寿命、耐久性は非常にすばらしく、10万キロくらいではシューの交換さえ必要ないとも言われるが、もしもの故障、あるいは新造自転車に利用できないということで、世界中のサイクリストから不安の声が上がっていたのだ。

※アライのドラムブレーキ。ずっしり。
そんな中「アライのドラムブレーキの互換品を作る」という有志が現れた。それから数年、なかなか進捗のほどを聞くことは無かったのだけど、ついにMad dog drag brake(http://maddogdrag.com/)として世に出た。故あって、それを入手したので全世界数千万のタンデムバイクオーナーのためにレポートを記しておこうと思う。それと重旅行車オーナーの方々のために。
まず、アライのドラムブレーキについて触れておこう。
タンデムなどの重量車は下りにおいて速度が上がりやすく、減速は難しい。これはグラビティの問題であり、車両の問題ではない。問題というより特性と言うべきだった。映画”インターステラー”にあるように、重力は時空間を越えて伝わり、絆もまたそうであるので、タンデムはグラビティパワーを存分に使うことが出来るのだ。
下りにおいて最大の問題は、その速度を殺すために発生する熱量だ。きちんと放熱を考えながら運用すればよいのだけど、なかなか常にそうはいかない。あまりにリムが加熱されるとタイヤチューブ内の空気が膨張し破裂することもある。ときに、それはリムを破壊することさえあるという。
そこで、減速をしつつも、熱量によって破損を招かない装置としてドラッグブレーキ、つまり引きずるブレーキが用意された。これは、たとえばパラシュート(飛行機で言うドラッグシュート)でもいいのだけど、ダウンヒルごとにパラシュートを回収したたむのは大変だ。それでドラムブレーキがよく使われるようになった。自動車で言えば、ハンドブレーキを引きっぱなしにするようなものだ。
これによって、長く急な下り坂でも、速度を事前に殺し、安全な走行を可能とする。スゴイね。
ながらくこのドラッグブレーキとしてはアライの製品が用いられ、フレームでもこのブレーキ対応のダボが設けられ、ハブもそのためのネジが切られている。フレーム側ではアライドラムブレーキコンパティブルかどうか、ハブではスレッド(ネジ山)が切ってあるかどうかでドラムブレーキレディかどうかを判別できる。
Mad dogブレーキは、このアライ規格に準拠するものだ。
これは、アライのブレーキ。重量が2kg以上もあり非常に重い。熱容量の確保と放熱板が重みを増している。競技用のタンデムロードは、一般的なロードバイクと同様の装備であるので、このような重量物を用いない。また、そのため軽量化されたものも存在しない。このブレーキはもとは一般車向けに作られたのだと思われるが、そういった用途も現在はバンドブレーキなどに代わったため、金型劣化に従って生産終了となったのだろう。
今では海外のオークションサイトなどでたまに入手できるくらい。ただ、日本各地の観光地のタンデムレンタサイクルに装着されていることがある。ブリヂストンのタンデム自転車が採用していたからで、廃棄車を入手するなどすれば、オークションサイトで少し稼げる・・・かな。
Mad dogブレーキは、放熱板を廃するなどによって重量を1kg程度にしている。シューなどはアライ互換のようだ。取り付けてみよう。

※ベースプレートを取り付けた状態。後に説明するが、ベースプレートとハブシャフトスリーブの間にワッシャーを挟んでブレーキカバーとの位置調整をしている。
まずはベースプレートをハブにとりつける。ねじ込むだけでOK。その後はこんな感じ。
↑内側
ハブ
ベースプレート
ハブシャフトスリーブA
ブレーキカバー
ハブシャフトスリーブB
↓外側

※ブレーキカバー。というかブレーキ本体。レバーがワイヤで引かれると、内側の半円形のブレーキシューが左右に拡大してベースプレート外径に押し付けられて制動する仕組み。こんなん読むより実際に見れば一目で分かる。
今回利用したWhite Industryのタンデムハブでは、それがスレッドを切ってあるモデルであっても現在はハブシャフトスリーブが一体化されてしまっていて、ドラムブレーキの取り付けが出来ない。その旨を先方に申し出て、WI社の社内に転がっていた三分割のハブシャフトスリーブを送ってもらった。三分割の真ん中部分を抜いて、そこにブレーキカバーを挟むようにして取り付けるわけ。もしこのブレーキを使うために新造するときは、事前に伝えておくようにした方が良い。もしかしたら、もう無いかもしれない。

※カバーの表側。
ブレーキカバーと書いたが、こちらが本体とも言える。裏側にはシューなどを動作させる機構、表側にはフレームとの取り付けアームと、ワイヤーで引く動作アーム。フレームとの取り付けアームだが、フレームとブレーキの位置は規格化されていないので、あわないときは「慎重にアームをまげて動作するようとりつけろ」とのこと。精度? なにそれ? ヤンナルネ。
シャフトが通る穴にはシムがはめ込まれていて、複数の規格に対応する(規格があるか判然としないし、二種類しか対応できないけど)。この写真ではすでに取り外したあとだ。これはただはめ込まれているだけなので、おしこめば外れる。ブレーキカバーとベースプレートとの隙間はシャフトにワッシャーを噛まして調整する。ただまあ、フレーム合わせの割合が多分にあるので、どのような状況にあっても異音を無くすというのは難しいだろう。そこまで規格がしっかりしていない。多少シャリシャリと音がしても、気にしない胆力が必要。

※手にしているのがハブシャフトスリーブ。三分割されたもっとも外側の部分。真ん中の部分はブレーキを挟む空間になるので、ドラムブレーキ使用時には使用しない。これはWhite Industryのハブの場合なので、他のハブだと違うやり方かもしれない。たとえばWI社のスリーブはネジで固定されるが、DT Swiss社の古いタンデム用ハブでははめるだけ、など。

※取り付けた状態。結構、高級感がある。
自転車用ドラムブレーキの仕組み、取り付けに関してはネット上に情報が皆無に等しい。だいたい1990年以前の物事の情報はネットでは見つかりにくいのだ。Mad Dogブレーキを取り付けてる英語のサイトもみつけたが、どうもワッシャーによる隙間の調整を間違っているか、ハブシャフトスリーブの形状上、どうにもならないのか、微妙な感じになっていた。なので、このだらだら書いた読みにくい文章がMad Dogブレーキの唯一のレポートとなるらしい。

※最終的にはこんな感じ。ワイヤーはちゃんとクイックリリース可能。アライのドラムではクイックリリース用の部品はサードパーティが作っていたようで入手できるかどうか不明。Tandem's Eastに在庫見たような気がする程度。アライに比べるとずいぶんコンパクトに見える。放熱板がないだけだけで随分変わるものだ。
質感はいいし、重量がほぼ半減するのはとても魅力。旧来のタンデムバイクをモディファイするには悪くない選択だ。もっともドラムブレーキは10万km使ってもシューの交換さえ必要ないというくらい耐久性があるので交換する機会があるのか微妙。また新造する場合にはほぼディスクブレーキになってしまうだろう。
それでもなお、新しいドラムブレーキを使いたいという方にとってはMad Dogブレーキは最高の選択となるだろう。