そして7時半にはPCを飛び出した。PCに残っているバイクは5台くらいだったか。ファイナルファイブだ。その一員にY氏もいるようだったが、大丈夫なのか。いや、落ち着け。こういう時こそトラブルが危険で危ない。まだクローズまで1時間半くらいあるんだ。深呼吸して、ゆっくりと。
朝食代わりに食パンを二枚ひったくるようにして持ってきた。ちぎりつつちぎりつつモグモグ。

※「あーん、遅刻遅刻! 初参加から寝坊ってヤバいよねー!」
今日もアップダウンから始まるが、景色はかなり潤いある荒野といった感じだ。あまり荒れてない。主に牧場。潤いを感じるのは雨がぱらつくからかもしれない。ときどきサーッと降って止む。体が冷えるほど濡れることもないけど、これからの天気が気になる。基本的には晴れるみたいだけど。もうひとつ気になるのは風向き。今のところはやや向かい風だ。

オールバニから内陸に入ってからの牧場では、その多くで羊が飼育されている。昨日通過したカタニング周辺ではいくつか羊のセリがあることが告知されていたし、ワギンではでっかい羊のスタチューもあった。初日と二日目は牛が多かったが、ここにきて逆転した感じだ。
ふと気づくとたっくさんの羊がこちらを見ていることに気づく。おやあ、と近づいたりすると一目散に逃げていく。好奇心などでこちらを見ているわけではなくって、警戒しているのだな。

ここまで来て問題が発生した。PCとしてポイントされている場所にPCが無い。PCの名称も具体的なものではない(おおきなくくりの地名のみ)ので、データが間違っているとかなりダメージがでかい・・・。コースデータを誤ったのか、それとも道を間違ったのか・・・。たしかに随分とGPSに表示されるPCまでの距離が短いと思ったんだよ。ここのPC間はまだ20km以上あるはず。分岐はほぼ一回のみ。20km行ってみてしまうか、その分岐に戻って後続を待つか・・・。
後続の人数は少なくっていつ来るかわからないし、ウィリアムズでDNFしてしまっている可能性もある。不安を抱えて進むことにしよう。
ちょうどこのあたりからハエが湧いてきた。どこからともなくぶんぶん回りを飛び始める。ウザい。野生動物の死体があるわけでもないのに。
ほとんど車の通らない道だが、アップダウンは続く。やがてけっこう車通りがあってアップダウンが続く道へと合流した。それもやっかいだけど、ロードトレインが来るごとにハエが蹴散らされるのは良い。そうだ、何もかも良いということも、すべてが悪いということもないのだ。世界はバランスによってなりたっているのだなあ。
そんな悟りを得ることなど出来るはずも無く、20kmほどイライラしながら走る。「この辺だぞ? 大丈夫か? もう戻れないぞ」と焦ってくる視界の隅に「AUDAX」と書かれた小さな看板が見えた。砂利道の入り口の地面に小さく置いてある看板だ。あぶなく通過するところだったよ、と思いつつ入っていくとオダックスオーストラリアトレーラーが設置されたPCだった。よかった、間違ってなかった。
このPCはハエが多くて閉口だけど、藪でトイレをすませサンドウィッチをぱくつく。先客もいくらかいて、僕は随分と追い上げてきているようだ。よしよし、あと150kmくらい。

相変わらずの道を相変わらずのペースで走っていると、”英国オープンカーの集い”とすれ違う。MGとかジャガーE-TYPEとかカニ目とか、そういう奴ら。
やがてアップダウンが終わり、ちょっとしたダウンヒル。とはいえ、このコースは最高でも300mちょっとなので、ほんとささやかなダウンヒルだ。
PinjarraのPCは公園の中。小川を渡る細い小さな吊り橋を渡っていく。日本だと「自転車は不可」か「自転車は押しなさい」とか書かれているもんだけど、そんなものは無いし、誰も気にしない。
それなのに、なんだか不安になる小市民。
さて、残り85kmくらい。午後8時には到着できるだろう。

さすがにパースから100km圏内で高速道路(オーストラリアの高速道路は基本的に自転車走行可。初日に高速道路を横切るw箇所が何度かあった)近くとあって、Pinjarraは普通の街だ。昨日のカタニングの寂れてない版って感じ。と書かれてもわかりにくいと思うが・・・。
その高速道路まで来ると、それをくぐって初日に通ったサイクリングロード。あとは自動車との事故の心配なくパースまで戻れるってわけだ。信号もな・・・ってこのコース、1200kmに信号っていくつあった? 覚えてるのは一箇所だけなんだけど? もしかしたら本当に一箇所しかなかったかもしれない。個人的には最小信号数だな、いままで走った1200kmの中で。

サイクリングロードに入ったら待望の追い風。脚がくるくる回る。乾燥したコッペパンをちぎりつつちぎりつつ走る。だんだんとすれ違うサイクリストが増えてくる。通勤サイクリストたちだ。背中にバックパックを背負い、TTバーを握ってものすごいスピードでやってくる。去年のメルボルンに比べるとずいぶん少ないけど、アスリート度はそのぶん上がってる感じ。
網羅的な地図が見つからなかったのだけど、このサイクリングコースはパースとその周辺都市を単純につなぐだけでなく、住宅街それぞれへ網の目のように広がっている様子。ジャンクションにはそれぞれの行き先と距離が記された看板がかならずあって、まさに自転車用の高速道路網の様相を呈している。遂にGPSは1200kmの走行距離を示す。しかしまだ30km近く残っている。うーん、このおまけはいらない。ほんとにいらない。もうやめたい。うんざりだ。

夕暮れ、そして太陽が沈む頃にパースの街に入った。寝坊して2時間ほど遅れてしまったわけだけど、むしろ最高のタイミングで戻ってきたようだ。茜色から群青に移りゆく空に、摩天楼が煌めいている。そして軽く追い風。最高すぎる。いままでで一番素晴らしいゴールのタイミング。
サウスパースのメインストリートを駆け上がり、最後の交差点(ここにも信号あった!)で止まると、ちょうどシャワーを浴びてリフレッシュしたシアトル軍団がバーへ繰り出しているところだった。「Hi Jun! コングラチュレーション!」とハイタッチしてくれる。うひゃー、すごいタイミングだは。よってたかって詳しくゴールの建物への道筋を説明してくれたり、ってそこに見えてるし、受付したんだからよく知っているんだけどw。

そう、ゴールは受付時にも使われたボーリング(日本のボーリングとは違う)倶楽部の建物。入ってゴール受付をすませる。最後のスタンプを押して、メダルをもらう。それとプラスチックのコイン二個。このコインでビールなどのドリンク二杯と引き換えられるらしい。サンドウィッチなどの軽食ももらえるので、ホールにはまだ大勢の参加者たちが歓談をしていた。
ゴール受付のスタッフに「どうだった?」と聞かれたので「すごい幸せな気分だ。もう自転車に乗らなくていいからね」と答えると、笑ってくれた。

※オダックス・オーストラリアの実務を一手に担うアリソンさん。問い合わせの対応から、スタッフの配置、実作業その他、どこにいても現れる……。