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【落武者魂】 07 糸魚川ファストラン

落武者魂

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07 糸魚川ファストラン

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糸魚川参戦記(4

あらすじ
「東尋坊で連続する自殺に不自然なものを感じた『僕』は、上司の忠告を無視して独自捜査を続ける。心理学を専攻する美人大学院生と出会い、ただの自殺ではないことを確信した『僕』は背後に潜む宇宙からのメッセージに気づく・・・!」




ここから先は雨と聞いていたので、インナーを着替え、レインコートを羽織る。いまさらって感じもしたけど、体感温度はかなり下がっていたのでその対策もこめてのことだ。大町からは糸魚川まで下り基調といえど、実際にはしばらく登りが続く。日本の風景というよりはむしろ欧州の湖水地方のような景色の中をBluedragonさんと山々と輝く湖面を眺めながら走る。。たいした登りではないし、景色がやたらといいので心が洗われる様だ。リフレッシュ!という感じ。

木崎湖、青木湖などの仁科三湖が夕日に輝く中を走りきると、最後の下りが始まる。50キロ以上にわたる長い長い下りだ。つまり新宿の我が家から高尾山口までずっと下りみたいなものか。すげえなあ、わくわくしちゃうよ・・・。

糸魚川の最後は路面が「走るってレベルじゃねーぞ!」っていう噂を聞いていたのだけど、序盤はそれなりに整備された道。ちょっと拍子抜けといった感じだけど、景色が険峻になるにしたがって道も段々と不穏な雰囲気をかもしだし始める。たて溝舗装、ひび割れ、チューブのようなトンネル、暗いスノーシェイド。いつしか一昔前のレースゲーのようなスリリングな展開になりつつも、しっかりハンドルを握って下る下る。これがまた実際は僕は大して速くも無いのでそれほどの恐怖は無かった。70キロ80キロで降りている人にとっては致命的な路面も、50キロ前後で下る僕にとってはハンドルでかわせる範囲。幸いにも交通量も無かったしね。はあ、前のオリンピック道路のあたりであきらめなくてよかったなあ。

雲は相変わらず厚く、向かう先には明らかな雨雲が控えていたにしろ、今はまだ夕日が目に映るすべてのものをオレンジ色に照らしている。暖かい色に染まっていた景色が段々とブルーに染まるころ、それは起こってしまった。

残り30キロくらいのところにある、薄暗いチューブ上のトンネルを走っていたとき、一瞬の衝撃とガランガランというけたたましい騒音、そして前輪の中でなにか光が踊り始める。直進を保ちながらググッと減速すると・・・外れてしまったマグライト(のようなもの)がホイールの中で跳ね回り、ぶち折れてはみ出したスポークがガインガインとフロントフォークを叩いていた。ゆっくりといろいろなもの(前後左右)に注意を払いつつ、停止・・・。ライトをもぎ取り、背中のポケットへ入れる。はあ、どうしたものかと思ったけれども、どうしようもない。

はああ。これシャマルだよ、シャマルウルトラだよ。今春に発売されたばかりの金色のホイール。嫁をごまかして購入した高性能ホイールもいまや無残な姿に・・・。

リタイヤするにもトンネルの中ではサポートカーも呼べないので、ゆるりゆるりと下りを再開。以前、スポーク1本折れたくらいなら・・・という日記を読んだことあるな。ランドナーの手組みホイールの話だったけれども。ある程度は安全マージンとった作りだろうし、体重もそんな重くないし・・・いろいろ考える。しかし「残り30キロ」ここでリタイヤはあまりに痛い。ペダルをこぐことなく、ただ自転車に、この鉄血長征号につかまってさえいれば、ゴールできるのに!

完全に陽も沈み、どんどんと残った選手に抜かれながら道は渓谷をぬけ、ゆるやかになっていく。夜が僕に追いついてくるとともに、雨も落ちてきた。この闇は僕の心だ。この雨は僕の涙だ。

シャマル事件が発生してから、疲れや眠気は一切感じなくなった。フロントディレイラーは破損し、ホイールもぶち壊れ、フロントフォークもギダギダ。落車も衝突も何一つしていないのに、体は無傷だし速度も遅いのになんだってこんなことに・・・。でもまだ進み続ける。あとゴールまでは少しばかり。ここでリタイヤすると絶対に後悔する。来年の参加が自分の中で義務となる。残り30キロ地点でリタイヤなんて絶対にできない。残り20キロ、10キロ・・・他のダメージがあるスポークが「ふにゃ!」となったらどうなるのかな・・・そんな不安にさいなまれつつ、でも迷いを振り切って。やがてBluedragonさんがやってきて「一緒にゴールしましょう」と声をかけてくださった。しかし、この体たらくではどうしようもないので先へ行っていただく。

ゆっくりと遠ざかるBluedragonさんを見ていると・・・そこがゴールだった。

ついた、ついたよ生き残ったよ。まさにサバイバル。はあ、完走だよ。291キロ、15時間オーバーでのゴール。


その後

部屋で弁当を食い、風呂に入ると気力体力は大幅に回復してPedalFar!のメンバーと打ち上げ焼肉会に出る。食いながらだんだんぼんやりしてきたりしつつも、食って飲んで楽しいひととき。はあ、なんというかいろいろあったけれど、なかなか得がたい経験を持てたんだと思う。コースはキツいという感じではなかった(最高心拍は175。普段のキツイ山では190くらいにはなるのに)けれど、とにかくくたびれたなあ。

一緒に走っていただいた皆さん、応援してくれた皆さん、心配をおかけした皆さん、どうもありがとうございました!次は300位以内だッ!(心意気ショボッ)
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糸魚川参戦記(3

前作でのあらすじ
「ナチスドイツの秘宝を首尾よく奪った『僕』は、大陸横断鉄道"鉄血長征号"に乗り込み帰国の途につく。しかし、ルーズベルトの指示をうけたフリーメーソンの刺客もまた、秘宝をねらって同じ列車に乗り込んでいた。シベリア横断鉄道を舞台に激しい戦いの予感が・・・!」



韮崎ではサポートカーから補給を得て、ちょっと回復。おいなりさんを食し、トイレに行こうかとするとPedalFar!のエース、zucchaさんがすさまじい勢いで計時記録をして出て行くところだった。あれが勝ちに行く姿か。

20号を走っていくと、だんだん甲府盆地が狭まっていくのがわかる。白州のサントリー工場を抜けて緩やかなアップダウンを走り抜ける。・・・というほどペースがでていない。そうだ、このあたりは平坦のように見えてず?っと登りなんだよな。着いていこうと思っていた集団から脱落しはじめ、これはいけないと下ハンを握った瞬間、左太ももにサクリという痛みが走る。なんだ!?と驚いて見るとちょっと大き目の細長い羽虫のようなものが、太ももに止まっていたので手で弾き飛ばす。ハチ?カミキリムシ?アリ?よくわからない。痛みがじわっと広がる。毒があったらやだなあ・・・虫刺されでリタイヤ?マジで?まあ、様子見しながら行こう。

ふと、「ああ、この道の駅で休んだなあ」とか「ここでUターンしたよな」など懐かしい思い出が浮かんできた。ちょうど八ヶ岳の裾野にあたる場所を走っていたのだけど、そのあたりへドライブした際に寄ることがあったのだ。また、白州の南側には山脈がつらなっているでその雪解け水を含んだ小さな渓流も多く、真夏にそういう流れに足を突っ込んでまったりした記憶がよみがえったり。うーん、南アルプス天然水のCMみたいなところだ。

道端で寝込んでいるニッシーさんを見かけたのもこのあたりだったろうか。ちょっと記憶が交錯している。そのときは「ブルベを走る人はどんなところでも仮眠できるというが、さすがだなあ」なんて、のんきなことを考えていたけれど、実は本当に体調不良でその後リタイヤしたとのこと。残念。

やがて甲府盆地がすうっと閉じて行き、富士見峠が始まる。塩尻よりやっかいという意見も聞いていたので、少し身構えていたものの峠というよりは長いだけの上り坂といった感じ。途中の待避所に止まった別チームのサポートカー?からお煎餅の補給をもらう。沿道には別チームのサポートなのか、ただの通りすがりなのか、参加していない自転車乗りなのか、あちこちにいろんな人がいて所々で声援をしてくれたりするのが見られた。

しかし・・・お尻が痛い。具体的には坐骨のあたり。さっきまでは尿道のあたりがしびれていた気がするが、今は坐骨がひたすら痛い。呼吸器系もまだ余裕があり、脚も残っていて、しかしお尻が痛くてダンシングができない。ついでに内股もすれて痛くなってきた。この対策にシャーミークリームを塗ってきていたのだけど、雨ですっかり流れてしまったようだ・・・。うーんまだ150キロも走ってないのになあ。こんなに肉体的な痛みが起こるとは思っていなかったよ。

富士見峠のくだりでコンビニに寄ってウィダー・イン・ゼリーとコーラで補給。ここから先は何度か曲がり角があるので、地図もチェックして再スタート。まあ、人についていけばなんとかなるだろう。下りきったあたりで20号を離れ、諏訪湖南岸へ。ちょっとしたミスコースをしたりしながらだけど、陽射しも差し込んできたり景色もいいし、悪くないコースだ。でもまあ、陽射しがあっても雨がばらつくのはいかがなものか・・・。しばらく小集団に入っていたものの、塩尻峠のあたりではバラバラに。ここまでくればまずは前半終了。後半戦に向けての気合を入れながら塩尻峠を登りだす。せめて諏訪盆地くらい晴れてくれと思っていたけど、その願いもかなわず。相変わらず冬のような格好で走っている。

塩尻峠はその名の高名さほどの峠ではなかった。実はちょっと前の木曽路旅行の帰りにクルマで寄ってみたりして確認してあったというのもあったと思うのだけど、するすると登っているとやがて終わる。するする、というのは自分視点の表現で、実際にはへろへろといった感じなんだろう。結構な人数に抜かれる。

頂上からは一気呵成のダウンヒル。道もよく長い長い下り。たぶん、全コース中で一番爽快なところじゃないかな。眼下に広がる景色(曇ってるけど)もヨシ、道も交通量も悪くない。その途中に第三チェックポイント「塩尻」があった。ようやく170キロ。半分は越えたわけだ。8時間15分くらいが経過した。




塩尻CPは芝生の公園。しばらく芝生に座って足を伸ばしたり梅干・おいなりさんを食ったり。サポートカーを待ったり、そろそろBluedragonさんがいらっしゃるかなーとか思ってだらだらしていたら、あらあら40分ほどたっておりました。なんだか天気もよくなってきたりしていい気分だったんだよね。他の人たちもだらだら休んでいる人が結構多い。気分がいいって感じなんだろうね。とはいっても、足きり時間とかがあるわけなので、重い腰をあげて自転車を準備。GPSを装着したBluedragonさんの後ろで、公園の出口の坂を上ろうと踏み込んだところでペダルに衝撃とガチン!という音が。音がしてギアが入ったのでそのまま塩尻の残りの下りへ飛び出す。ディレイラーに特に問題はなさそうだ。

と思っていたが、国道20号を離れる交差点でフロント側が変速ができないことに気づく。どうもさっきの「ガチン!」はフロントディレイラーのプレートが破損した音だったようだ。うーん、アウターのみでこれから走れってか?Bluedragonさんが「止まりますか?」と心配してくれているが、そのときとある解決法が思いついていた。チェーンを指でつまんでインナーにかけかえればOKじゃね?って。

実際それでOKだった。だいたい平地でもインナーばっかししか使わないし。アウター無し、問題無しってやつだ。向かい風だし。

あいかわらず向かい風なんだけど、なんだか脚がまだ残っている気がする。あれあれ?諏訪を走っていたころより楽な感じが・・・ああ、長く休んだからかな?休むときははっきり休まないとだめだねー。そのノリでしばらく走っていると人がついたり人につけたりで、小さな列車に紛れ込めた。実はこのあたりで「足切りにひっかかっちゃうんじゃないの?」っていう不安があったので、少しでも前へ進みたかったのだ。ちょうどその気持ちを察してか、逆風を切り裂いて猛進する数人の列車が現われたので、とにかくついていくことだけに必死になる。これが速い速い。時速40キロ前後で走り続ける人たち。わー!こんなにボク脚が残ってたんだーという素朴な感動とともに、「これは偽りの再生。絶対に長くは持つまい、そのときどうする?」という不安を抱えて走り続ける。インナーで、とんでもないケイデンスで。

10キロ走って、脚は終わった。通称オリンピック道路、例年向かい風になるというそこで、時速20キロもいかないようなへろへろになってしまった。しかもこの道がまたつらいことに、景色は変わらずひたすらまっすぐなだけ。左手に遠く雪をかむった山脈が見えて、初めのころこそ気分を紛らわせられたのだけど、ずーっと変わらない。右手はずーっと川。強烈な向かい風に速度がグングン落ちていく。誰にもついていけない・・・。どうせ足きりならもうやめようかな・・・とか思いはじめる。だって変速機も壊れてるしさ。

とても後ろ向きな気分になりながらもペダルを踏み続け、ようやく長く長く待ち望んだコンビニに飛び込み、休息。コンビニのちょっとファットな店長が、やたらとフレンドリーで休憩の自転車乗りたちへねぎらいの声をかけていた。コーラを飲み、ゼリーを食い、かなり寒くなっていたので(強風のせいだ)おでんを食う。アンバランスというチームの方々に足きりの事を聞くと、まだまだ余裕とのこと。なんというか、僕の認識違いだったようだ。また勘違いかよ!ここから次のチェックポイントまでは彼らにくっついて走った。チェックポイント「大町」までは登りと思っていたが、それほどの登りだった記憶は無い。ここで226キロ。12時間程度が経過。

糸魚川参戦記(2

ここまでのあらすじ

「土曜夜集合日曜早朝出発、みたいなスケジュールでふた月の間思い込んできた糸魚川ファストランのスケジュール。金曜正午に、偶然土曜早朝出発であることを知る。なんたるこの謀略。帝国主義者どもの陰謀を間一髪かわし、鉄血長征号を載せてマツダは首都を脱出。ロータリーの音を高らかに響かせて高尾へ到着する。『僕』の運命や如何に」



この糸魚川ファストランというのは誰でもが気楽にエントリーできるものではない。というのも、サポートカーを付随させたチームでの参加というのが条件になっているから。「遠くへ行きたい」コミュニティではPedalFar!というチームに参加されている方のお父さんがクルマを出してくれるとのことでこの条件を満たしている。今回は僕もPedalFar!チームに混ぜてもらっての参加なのだけど、他のエントリーメンバーはいずれも一騎当千のロングライド猛者ぞろい。「車道を走るのは危ないと思います」というレベルの僕とは、格が違うのだ。

そんな方々と深夜の高尾山口駅前駐車場で挨拶を交わしたり、エントリー受付をしていたりするとあっという間に時間はたってしまう。あんまり気温も上がらないしウェアはどうしようかなあ、と逡巡して結局ウィンドブレーカーを着たままにする。雨も予報では1mm程度の降雨量とのことだし長くも降らないらしい。ってことはここは我慢して走り甲府の方で乾かせばいいや、新潟の方は土砂降りらしいからそこでレインウェアを投入だ。

ちょっと急いでスタート地点に向かうと、ちょうど「スタート!」の合図とパチパチパチというまばらな拍手が。今年の第一号スタートということで、選手たちを見送るチームメイトが壁を作ってしまっている。ああ、スタートに混じれない・・・。なんとか隙をみつけて走りこむもののギリギリ信号が赤になり、ひとり取り残されて、まぬけな感じ。かっこわるいな?。

信号が変わるのをまってただ一人のスタート。黙々と国道20号を走っていく。まったりと走っていると、前方にLEDの小さな赤い点滅がいくつも見える。第一波とそう離れているわけではないらしい。道の傾斜がきつくなってくるころには、第一波集団のケツにくらいつくことができた。スタートは10分おきに10人?づつが走る。スタート時間は自己申告によるのだけど遅い人ほど早く、速い人は遅い。僕は第一波で今年は3時50分。一番遅い人は6時半くらいだと聞いている。大体2時間以上のディレイがあるのだけど到着時間は逆転するのだろう。

大垂水を越えるのは今年3度目(人生でも3度目)。ある程度勝手知ったる道なので、けっこう気楽。心拍数もそれほど上がらず170程度。この登りでは何人かを追い抜くことさえできた。坂は個人差がはっきりとでる。特に早朝スタートを希望するようなレベルの方々では特に明確にでてくるので、段々と夜が白み始める大垂水を越えるころには、すっかりまばらな感じになってしまった。そのおかげで、大垂水の下りは淡々と一人で下れたので助かった。といっても時速60キロもでないのだけど。

大垂水から先は古い宿場の面影が残る街道筋を走り続ける。単独で、あるいは2?3人連れで。今回の走行計画では「30キロ」をめどに小休憩および補給と考えていた。ちょっと伸びてしまって40キロ地点だけど猿橋の交差点で一旦停止。ここまでは松姫峠に行くときに来たことがあるところ。そしてここから先は未踏の地だ。そんなことを考えていると、ちょうどいい感じの長い隊列が来たので、これについていくことにする。

ちょっと晴れ間がさしていたりして「もしかして天気もつのかなあ」なんて淡い期待を持ち始めたころ、雨が落ち始めた。笹子の登りを終えて第一チェックポイントにつくころにはすっかり本降りに。おかしいなあ、1mm程度の降水量だったんじゃなかったかなあ。うーん、結局山の天気はあてにならんからなあ・・・。走行60キロ弱。ここまでの時間は2時間45分くらい。最後尾スタートはちょうどこのころに出発したということか。





なんて思ってバナナを食ったりゼリーを流し込んだりしていると、PedalFar!のジャージを着た二人組みがチェックポイントを出て行くのが見えたので、それに急かされるように出発。出発後すぐに悪名高き「笹子トンネル」へ。路面がよろしくなく狭く交通量が多く、そして長いという話だが、雨が降っていないだけ外よりマシ。運良く交通量も無く、速い列車に乗れたおかげで快走快走。追い風にドラフティングに暖かい気温。しかしトンネル出るところで「ああ、降ってるよ?」という悲痛な叫びがど他の選手から聞こえてくる。そうだよな、みんな「山の向こうははれてるんじゃね?」って期待して走ってるんだよなあ。ああ、見えてきた。白いカーテンのようだ。土砂降りだよ・・・。

笹子からウェットコンディションの下り。激しい水しぶきと路面に白い軌跡を残して走るロードレーサーは、まるでベイパートレイルをひいて編隊飛行する戦闘機のよう。いや疾駆する魚雷艇のようか。坂を下り、晴れていればさぞかし爽快な景色なんだろう勝沼も今は白い水煙の底だ。白い霞んだ視界のままロードサイド大型店舗がならぶ甲府の市街地に入っていく。

ここでもちょうどいいペースの人たちをみつけてこっそりコバンザメさせてもらおうとしていたのだけど、なんかついていけない。いけそうなんだけどいけない。うーん脚が回らない・・・まだ100キロも走っていないのに。ああ、そういえば「30キロごとの補給」はいずこへ?コンビニコンビニ・・・と思うとコンビニっていうものは無い。そうなのだ、実は日本中どこへ行ってもコンビニがあるわけじゃないのだ。しかも、今日は全体的に向かい風。雨はやんできたものの向かい風がでてきた。弱いんだよね、向かい風に対しての僕は。釜無し川沿いの向かい風に一人耐えて走り・・・耐え切れなくなって休もうか足をつこうかもうだめぽと思ったところで、道端の人から「橋の向こうで休めるよ!」と声援をいただく。その橋を渡ると・・・第2チェックポイントの韮崎。雨はあがったりちょっと降ったり。ここで大体100キロ。スタートから4時間45分くらい。

糸魚川参戦記(1


#写真とかは無いのだ。

糸魚川ファストランというのは、誤解をまったく恐れずに言えば自転車版のキャノンボールランみたいなもので、東京都の高尾から新潟県の糸魚川(日本海沿いの町だ)まで半日程度で一気に走るというイベントだ。もちろん法規制に対しての抗議行動であったキャノンボールとは違い、法規制に沿って安全に走りましょう、というのが糸魚川ファストランでの根本原則である。ここ、テストにでます。

距離は300キロ弱。速い人たちはこれを10時間以内で走るという。はあ、信じられないね。止まる時間とかだってあるのに平均時速が30キロ以上だよ?しかも大垂水、富士見、塩尻を初めとして、日本の背骨をいくつも越えていくのに・・・。

そんな「ありえないイベント」へのお誘いが3月の中旬「自転車で遠くへ行きたい!」コミュに掲載される。そして即日、ついカッとなってエントリー。理由はよくわからないけど、単に走ってみたかったからなんだろう。実のところ、去年の夏に東京から直江津まで一泊二日で走っている。ツーリング車に着替え荷物を積み込んでえっちらおっちらと走りきった。その後しばらくは自転車に対しては目標を失ったような感じになっていたのだけど、同時に一気に走れるあのイベントへ!という気持ちが残ったのも確かだ。

とはいえ、実はこれまでの自転車人生で最長で170キロしか走ったことは無く、また坂と向かい風にはとことん弱い。この強い苦手意識のある部分に対していかに対策を作るか、というのが悩みであった。まあ、不安でなくなるまで自転車に乗るしか無いのだけど。

3月21日 奥多摩湖往復 160キロ
3月24日 和田・松姫  210キロ
3月31日 宇都宮遠征  170キロ
4月 7日 松姫巡回   210キロ
4月14日 江ノ島往復  160キロ
4月15日 奥多摩坂練  170キロ
4月21日 奥多摩周遊  180キロ
5月 5日 鋸山     170キロ
5月12日 道志・富士   200キロ

他にポタリングやら筑波8耐やら、僕の基準から言ってみれば乗りに乗りまくった二ヶ月間。そのしめくくり、総決算がついにやってきた・・・。



前夜

週の前半は炭水化物を若干減らし、週の後半はパスタ大盛ね、という依頼を嫁にして効果あるとも思えないカーボンローディングを実施。「日曜早朝」のスタートに向けて着々と準備を進める。土曜は雨模様だけど日曜はぐずつくくらいの予報。気温は低めかな・・・長袖インナーにロングのビブショーツ、ジャージ、ウィンドブレーカー。チェーンへの注油やホイール・タイヤのチェック/交換は土曜夜でいいよな。補給食も確認して・・・。

金曜の昼休み、ふと「糸魚川ファストラン」で検索してみたブログで衝撃の事実をしる。
「いよいよ明日出発です。雨っぽいので???」

( ゚д゚) アシタ?

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゚ Д゚)ホォォーー…?!

ヤヴァイ・・・。早めに帰宅して、家の横にある量販店で安価なレインジャケットのみゲット。着替えその他をメッセンジャーバッグをつめこみ、パスタをガツガツ食いシャワーを浴びて少し考え、高尾山口まで自走(50キロ程度)はやっぱりあきらめて高尾駅周辺の駐車場へクルマをつっこんで仮眠を取ることにする。そんなこんなで相当バタバタしながら東京高尾駅午前2時、自転車を組み立てた僕は、スタート地点である京王線高尾山口へ向かう・・・。
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