アクセス解析
【落武者魂】 未分類

落武者魂

L  O  S  T     S  Q   U  A  D  R  O  N  .

カテゴリ

検索フォーム

今年もきました山形300km

前日になって天気予報をみたらいきなり一日中雨の予報。すっかりモチベーションが失われてしまったのでカメラを忘れたことにも気付かず。朝になって準備して、ほんとは止めたかったけど寒河江まで来てしまっているのでなんとなく集合場所。そして受付をする。BRM1012宮城。全行程300kmが山形県内に収まってくれているお陰で、タンデムが走れる。しかも山も少ない。今年のコースは去年のより走りやすい設計だったのだけど、崖崩れで通行止めが発生した結果、幹線道路往復となってしまう箇所が出来てしまった。その分山が減った。山間部で通行止めとか起こると、代替コースが難しいよね・・・。

 さて、ブリーフィングまでに自転車を用意しようと自動車のリアハッチを開けて、分割状態のタンデムを引き出す。引き出・・・あ! なんか腰にキュイーン!っていう謎の痛みが。レーザー照射を受けたようなピンポイントの痛みが。なんだこれ、立ってられん。なんとか引き下ろした自転車を支えにしばしうめく。動けない。これはあれか。ぎっくり腰か。マジいてえ。少しずつ作業を進めるが、マジやべえ。どうしよう。今止めたらDNFなのかな、DNSなのかな。DNFはしたくないな、なんてレベルじゃないぞこれは。ブリーフィングが始まったけど動けないので妻に行ってもらう。私が行ってもわからんとか言われるが、俺うごけねーもん。いやほんとに。
 いつもの何倍もの時間をかけて自転車の用意はする。しかしまいったなあ。ちょっと前に腰が痛くなったときには何時間か横になったら治ってたけど、地面は濡れてるし横にはなれないなあ。諦めてホテルへ戻ろうとも、すでに鍵は早朝チェックアウト用の返却ボックスに入れてしまったし。次々と出走していくライダーたちを見送りながら、なんとか自転車にまたがってみる。やはり自転車のサドルに座っていた方が痛みはでないようだが。ああ、出走サインをもらってしまう。PC1まで35kmくらいしかないから、早着しないように気をつけてください、と言われるがいくらなんでもそんなに速く無いw

 PC1には平均速度28km/hくらいで到着。たしかにコンディション次第では早着もありえたかも。というか剛脚の人は時間調整したかもしれない。とりあえずおにぎりを食べて出発。PC2へは最上川沿いを行くのだけど、25kmくらい続く川沿いの幹線道路がやや走りにくい。道幅がそれほど余裕が無いところに、庄内-新庄を結ぶのはこの国道しかないので物流系の大型車が多いのだ。本当は片道だけ通る場所なんだけど、通行止めに従うルート変更で戻りもあるのかと思うとちょっとだけ憂鬱。

 PC2に到着。自転車に乗っている間は時々しか腰の痛みを感じないのだけど、降りるとヤバい。何かに捕まっていないと立っていることさえ出来ない。両手を離して直立しようとすると腰が砕けて上半身が倒れそうになる。コンビニの中でも何かに捕まっていることが必要で、棚から棚へ手をかけながら歩く不審者。
 トイレもヤバい。男性用小便器で用を足そうとするけど、直立ができない。丁度良い高さに小物置きの棚が出っ張って来ていたので、それにあごをひっかけて首の力で体を吊って用をすます。だんだんサバイバル化してきた。自転車とは関係ないところで。

 PC2から次までは毎度の暴風地帯。庄内平野に海から吹き付ける風は、なんにも遮られるものが無いのでもうやりたい放題なのだ。子供の頃、このあたりのよく祖母の家に行っていたものだけど、冬の地吹雪しか記憶に無い。そのおかげで?あまり高く雪は積もらないのだけど(風が当たらないところに大量に吹き溜まる)。

 雨は止んだ。レインウェアを来たり脱いだり。後ろの人は「いちいち止まって云々」と文句を言うけど、それはそっちは雨よけ風よけになる「前の人」がいるからいいけどさあ・・・。人間風防ですよ・・・。まあ、いいや。

 PC3には謎の子猫。雨はすっかりあがって地面も乾いていたので座って食べていたのだけど、子猫が執拗にその食べ物を狙ってくる。しかし、こっちは一旦座ったら身動きがとれぬのだ。子猫とおにぎりをめぐって激しい攻防。もう軽く叩こうかと思うけど「よい人」のふりをしないとならないのでそれもできぬ。さらに強風でタンデムが(あのクソ重いタンデムが)倒れた。でも、立ち上がるのが難しいので倒れてるタンデムを見ながら食事。見るに見かねて、近くにいた参加者の方と妻がタンデムを持ち上げてくれた。申し訳ない。

 そういえば、腰以外でもGPSにトラブルが出ていた。なんか時々位置表示がアフリカ沖にずれるのだ。いきなり真っ青な画面になってすぐ戻るのだけど、なかなか戻らない時もあって困る。なかなか戻らない時にスケールを広げていったらアフリカ沖だとわかった。正確にはギニア湾、ガーナ沖1000kmくらい。そしてGPSの平均速度が2500km/hを超える。これならアメリカの誇った超高速偵察機SR-71に勝てるのではとおもったのだけど、あっちは最高時速3500kmオーバーだとか。バケモノか。

 この山形のコースできついのはここまで。本来ならこの先に長い峠越えがあるのだけど、それはキャンセルされたので長い追い風セクションがあるのみ。最上川沿いの国道はやっぱり気を使うけど、そこを抜ければ牧歌的。PC4を過ぎてPC5へはいくつかの小さなひなびた温泉地を抜けていく。その前に新庄の町がちょっと混んでたな。

 このへんのコンビニで店員のお姉さん(当社比)に「やめたほうがいいじゃねw?」って言われた記憶が。なにしろ歩行はかろうじてカニ歩きかバック歩行。あとはどこかをつかんでいないとままならない。たしかに辞めたほうがよさそうに見えるけど、自転車に乗っている間はそれほどやばくないし、なにしろこっからスタートまで戻る方法は面倒そうだ。なので続行。

 ゴール地点の直ぐそばに温泉施設があって、午後8時くらいまでなら食堂で「米沢牛」が食える。それを目標にしてきたのだけど、やっぱり難しい。PC5を過ぎてすっかり陽は落ちた。山刀伐峠という小さな峠(松尾芭蕉が越えた峠。盛り過ぎって話だ)を越えればやや下り気味のフラット。米沢牛の時間には間に合わなかったけれど、それほど遅れたわけでもない。雨が降ってきていて、スタッフの方がテントの設営をしていたのだけど、二足歩行ができるまでに進化できていないので手伝うこともできず。妻にやらせようとしたら背が足りずw

眠いのでこんなところで。
スポンサーサイト

Google Earthがすごいことになってる件について

 すごいけど使い道の無いGoogle Earthを久々に立ち上げてみた。そしたらもっとすごいことになってた。どこまでいくのかGoogle Earth。不動産探しにはいいかも。あとロケハン?


BRM515千葉 覚書

残り35km地点の駅舎で仮眠した。これで駅寝の仲間入り。
さらに5km進んだあたりのコンビニで何人も仮眠してた。
さらに残り15kmくらいの幹線道路の広い歩道で仮眠している人が。
思い起こせば深夜の山中でも駐車帯で仮眠している人が。
あちこちで仮眠している人が。

高レベルのMAGEがKATINOを唱えたのか。

愛媛もtandem走行解禁

愛媛県もタンデム走行解禁になったそうなので、しまなみ海道へ行ってみるつもりです。尾道から入って道後温泉へって感じかな。四国もうろうろしてみようかな。

クリスマスプレゼント



 あるクリスマスの近い朝、ポストに届いた封筒。ついにGold Rush Randonneurs 1200kmメダルとあの戦いをともにしたブルベカードが届きました。エントリー時にトラブルがあったので、メダルはあきらめていたけどやっぱり届くとうれしさ満点。主催団体のDavis Bike Clubには秋口に届いていたそうなのですが、Randonneurs Mondiauxからの単なる完走メダルでは完走者の栄誉をたたえるにシンプルすぎるということで背面に完走時間と名前が刻印され、リボンがかけたので時間がかかったとのこと。83時間21分。ああ、とにかく眠かったのと胃腸が苦しかったなあ。トイレがきれいで並ばなくてよかったのが僥倖。



 これはRM管轄のの1200km共通メダルなんでしょうかね。青と黄色はGRRのテーマカラーです。理由は知りません。多分、青い川と砂金を意味しているのではないかと。また景色的にも黄色っぽい大地と青い空ばかりなのでとてもよく特徴を現しているかと。



 ブルベカードに記載された記録を眺めていると、あの日々のことがついこないだのように思い出せます。スタートから田んぼの中を夕暮れを望んで走る自転車の車列。震えながら夜明けを待ち望みつつ上り続けた初日の夜。GreenvileのInfo controlではすでにつかれきった初老の男性が朝日を受けて座り込んでいました。体調を崩しながら足りない防寒にダウンヒルの途中で立ち止まって泣いた深夜のEagle lake。同じ区間の帰路では睡魔に襲われ同じところをぐるぐる回っているのか実は眠りに落ちているのかもわからないほどになったなあ。天候には恵まれてよかった。よっぽどSD1000kmのほうがよほど厳しかったと話してたら、そりゃ今年は天気がよすぎたからなあ、と言われた。後から見てみると雷雨と雹の第一回、気温40度以上になった第二回と比べると雨も降らず気温も30度程度で収まった今回は理想的な環境だったみたいだ。



さらに同日届いたPCHRのSuper Randonneur記念ジャージに1000kmメダルを重ねて。SD1000kmで思い出すのはただひたすら孤独だったこと。ひとりブルベ。よく走ったもんだなあ。