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落武者魂

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ひとりみちのく旅。二日目 庄内から秋田

2日目 湯野浜-秋田

 うしお荘には無料で使える全自動洗濯機があったので、前夜のうちに洗濯乾燥を済ませてしまった。すると、同じウェアを着ることができる。なんということか、着替えなんかいらないじゃないか。なんとウェアを着ている分を含めて3セットに、普段着を1セット持って走っている。まあ、洗濯できないということもありうるだろうから、予備のセットは必要だとしても、3セットはいらなかったかなあ。あと壊れてるっぽいACアダプタとかいらんもんが積み込まれてるなあ。まあ、いい。この先は長いし着替えは必要になるかもしれない。走行の振動でACアダプタも直るかもしれない。



 朝食をいただいて、8時ごろに宿を出る。通学の生徒に挨拶されたりしながら、庄内空港の方へ。すぐ脇を通っているのだけど空港は見えない。そういえば、山形県は山形空港と庄内空港という二つの空港を持つ珍しい県だなあ。空港の先は酒田。江戸時代頃までは北前船の経由港として、非常な繁栄を見せた街だ。現在は本間ゴルフとして知られるだけだけど、あの本間家の本拠地。本間家は「本間様にはなれなくても、せめてなりたや殿様に」と謳われたほどの栄華を誇った一族。その財力は庄内藩が維新よりかなり早い時期に洋式軍隊を整えることができた一因だろうし、戊辰戦争でも資材資金の供給源となったという。



 酒田から北上していくと、鳥海山が……見えないねえ。
 しかたがないので、鳥海山へ針路をとって登ることに。そう思って吹浦の町で国道7号バイパスを外れると、予想外の強烈な激坂を登らされるはめに。ちょうど向かいから保母さんに引率された幼稚園児たちがやってきて「Allez! Allez!」と声援をしかけてくれる。それに応えてバイパスを越え、鳥海山へのルートへ。県境まで18kmの表示がでた。



 だいたい標高1000メートル弱くらいかな?
 そう思って登っていると、霧が……強風が……。寒いッ! でも防寒具は無いッ! いや……かろうじてウィンドブレイクベストがあった。風がごうごうとうなると、体感温度が一気に下がる。できるだけ雪壁によったりして、少しでも風を避ける。



 ぐぉおッ! 雪の壁がッ! 強風がッ! なんだかわかんじきを履いて雪山へ分け入ろうという一団がいるのに、こっちは半袖半ジャージ。こういうキャラじゃないのにッ! しかも、どこもかしこも10%の標識。10%-250m間みたいな表示の標識、250mを走ると、10%-90m間、と続いていく。県境までの距離が書かれた看板が立っていたので、そこが鞍部だと思っていたら、そうではなかった。とっくに1000メートルはとっぱしているのに。実は、さらに県境から100メートルほど登ったところが鞍部。その先にビジターセンターなどがあって、食事ができそうだったけど体を冷やして下るのは不味そうな気がして下山を開始することにした。



 この下りもッ! 寒いッ! 死ぬッ! 死ぬぅ〜ッと叫びながら下っていく。上りには2時間くらいかかったのに、下るのは30分くらい。あっという間に気温も上がって、ふたたび日本海沿いへ出る。象潟の道の駅があったので、食堂で海鮮丼を食べ一休み。

 国道7号線は日本海沿いをつなぐ幹線道路。新潟から秋田までの数少ない主要道ということもあって、交通量は決して少ないとはいえない。しかも港をつないでいるので大型車が多い。さすがに新潟港付近の恐怖の113号ほどではないけど、ストレスはある。コースは勝手気ままに決めることができるので、側道というか、旧道っぽいものがあると出来る限りそちらへそれるようにした。



 すると、たいていそこには静かな人気の少ない漁村が残っていて、ひなびた佇まいを感じながらのサイクリングができる。そんな物音のない町並みをしばらく走っていると、世界は全て死に絶えていて、今この世界で生きているのは自分だけというような気分にさえなるのだ。



 秋田まで10kmを切っているのに、ずっとそんな感じ。自転車的にはとてもうらやましい環境だ。僕の自宅からだと50km走っても、まだ住宅地が広がっているし、のんびり走れるようなところもロクに無いしねえ。それでも雄物川を越えると秋田の市街だ。秋田といえば岩明均の「雪の峠」。そう思いながらこの日の宿泊地へ。ホテルパールシティ秋田川反に到着でだいたい今日の走行距離は170km。まだ午後4時過ぎなので、チェックインしてから付近にあった旧秋田銀行の建物を見学したり、ステーキガストで一回目の夕食を摂ったりした。



 秋田のホテルを探している時に、やたら「川端から至近!」みたいな文句があったから、ビジネス街かと思ったら夜の街だった。夜の遊びには縁も無いので、暗くなる前に部屋に戻る。自転車はスタッフルームへしまってもらえた。コインランドリーがついていて、洗濯200円、乾燥100円だったかな。

 しばらくテレビを見て過ごす。ニュース番組は世田谷の民家火災なんかがトップニュース。天気予報も渋谷の天気から入る。別に飽きただけじゃなくって、どこでもそうなんだけど……それってどうなの?

 

ひとりみちのく旅。一日目 新潟から庄内

 父方の実家が山形県の庄内地方にあるので、子供の頃からたびたび訪れたことがあった。当時は国鉄の特急「いなほ」が上野から直通で走っていて、その車窓から眺めた景色のせいだろうか。日本海にはなにかしらの郷愁を強く感じるようだ。夏休みには由良という海辺の集落の民宿に長いこと宿泊して、毎日海へ通った。日本海の浜辺はどこも芋洗い状態になるということはなく、水は澄んでいて穏やか。残念ながら、泳ぎはさして上達しなかったけど。
 そうだ、あの頃は花火大会もやっていた。一発打ち上げるごとにスポンサーの紹介が続いて、なかなか次のが放たれない、そんなのんびりしたやつだ。最後は沖合に浮かぶ白山島へ伸びる橋を使ったナイアガラの滝花火で締めくくるのだったのだけど、今はもうやっていない。その白山島が花火の音響の衝撃で崩壊の可能性がでたからだとか。

 冬の日本海は、もちろんまったく違う。
 荒れた日には、ダムのように高い防波堤でさえ、近寄るのは危険なくらい。あんな状況で、由良の集落はどうなっていたのか、何をして暮らしているのか、いまでも不思議だ。
 さすがに、そんな場所には用事は無くって、たいがいスキーに行ってたけど(こちらも上達しなかった。だいたいにおいてスポーツは苦手だな)。

 さて、そんなわけで自転車である程度の距離が走れるようになったとき、是非に走ってみたいと頭に浮かんだのは日本海絡みのコース。自転車旅行のノウハウも無く、スケジュールも組めなかったからなかなか行けずにいるうちに、ブルベにはまり、今度は距離感が崩壊してしまってかえって走れなくなる。2009年には東北一周1000kmなるブルベが開催されたけど、その頃は海外で暮らしていたから参加できず。
 そんなこんなで、いつものように腰を重く過ごしていたのだけど、ようやく一念発起。PBPが終わってから行こうと心の底で決めた。2012年には1700kmの東北連続ブルベがアナウンスされたのだけど、やはりこの旅は自分の私的な体験たるべきと思ったし、走りたい場所もあったのでエントリーしなかった(すごく楽しそうだったので、ちょっと残念)。


1日目:新潟-湯野浜温泉(鶴岡市)



 前置きはこのあたりで打ち切ろう。
 池袋から始発を乗り継いで新潟駅に到着したのは8時過ぎ。天下のデローザ・ネオプリマートに荷物をしこたま積み込んで全重量で20kgくらい。もはやロードレーサーの軽快さなんていうのは無い。空気抵抗もでかいし。でも、これしか旅行向きの自転車がないからいいんだ! おれには、これしかないんだ! だから、これがいちばんいいんだ!!

 コンビニで朝食をすませ、県道3号を東へ。新潟港から国道113号に。これは日本海沿いを通る道なのだけど……ものすごく危ない。休祝日など大型車の通行が減る時ならば、快走できるかもしれないのだけど、この日は辛かった。古い規格の対面2車線、しかも大重量車両の轍がしっかりと残り、車線の左端はアスファルトがめくれまくっている。それでも、そこを走るしか無い。ガードレールがないのは幸いだけど、そのかわり草むらの中に排水溝なんかがかくれている。ほんの30センチほどの、ぐちゃぐちゃの舗装の上を綱渡りのように走り、脇をかすめる自動車の風圧にさえ怯えながら走る、そんな道だ。途中でハンドルにつけているライトの取付部が振動で破断して吹き飛んだ。まあ、このライトのブラケットは作りがちゃちかったから仕方ない分もあるけど。
 さらに悪いことには、この道に入ると脱出路も無い。
 もし、新潟から日本海沿いを北上するルートを考えている方は、悪いことは言わないから内陸を並走するルートを探していくか、村上まで輪行したほうがいい。


※唯一、ここを通る意味があるとすれば岩船沖油ガス田の海上プラットフォームを見ることができるということだろうか。でも多分、瀬波温泉からも見えるし、そこまでして見るほどのものでもないし……。


 
 荒川を越えるあたりから状況は改善していく。国道を離れて瀬波温泉入り口のコンビニで早めの昼飯。毎食コンビニ食じゃ、ブルベと変わらないじゃん、とひとり思う。瀬波温泉の旅館街を抜けて羽越本線沿いに国道345号に入ると、交通量は激減する。ほとんど車が無いといっていいくらいに。
 さあ、笹川流れへ向けて……と斜度のある坂を登り切りながら、こんなに荷物が必要かなあ、自宅へ帰る前にいくらか荷物を送り返そう、とか考える。さて、その荷物はどの袋に入れてくか、というところまで考えて気付いた。バックパックを背負ってないぞ? そのままUターン。さきほどのコンビニまで10kmほど戻る。往復で20kmのロスだよ……。



 笹川流れは山形県と新潟県の間の日本海沿いに続く景勝地。非常な交通難地で、昭和四十年代にいたっても、手堀で一車線分ぎりぎりの隧道を掘っていたような場所だ。江戸時代には松島と男鹿の景観を併せ持つとも謳われたと石碑にあった。海へつきだした岩山を避けるためにトンネルが多いが、交通量がほんとうに少ないので、特に気にならない。現在のトンネルの脇には、小さな岩肌を剥きだしたままの小さな隧道(”隧道”という表記がふさわしい気がする)が顔をだしていたりする。丸太を組んで補強をしているそんな廃隧道が、僕が子供の頃は現役であったのかと思うと驚きだ。もしかしたら「いなほ」の車窓からその現役の姿を見ていたのだろうか。



 このあたりには、小さな入り江にほんとに小さな集落があるくらい。その中でも唯一といっていいくらいの漁港があったので降りていく。観光汽船がでている港だ。干物を売っているお店があって「おつまみセット」なる干物を炭火で焼いたものをいただき、さらにおみやげがわりに干物をいくらか自宅へ送ってもらうことにした。


※いろんな干物を薦められるので、結局おつまみセットよりたくさん食べることができたりする(w


※遊覧船もある。源義経の逃走経路だったとされる海岸で、遊覧船から義経が見た景色が紹介される。

 やがて勝木という集落で、この難地から逃げていた国道7号へ合流する。つまり笹川流れも、もう終わりってことだなあ。でもすぐに国道7号を離れ内陸方向へ。県境は雷峠という道を行くつもりなのだ。新潟の県道52号を登って行くと、日本国まで〜kmという表示が見られる。なんだそりゃ? という感じだけど、この県境には日本国という名の山があるのだ。標高555メートルというから、ピクニック感覚でも登れる山だけど、名前が名前なので「日本国征服登山」などが行われている。その登山口には明治以来の町並みの残る小俣の集落がある。



 その東側にある雷(いかづち)の集落をすぎると、道は更に狭くなり斜度もあがる。それでもさほど登ることもないうちに峠のてっぺん、雷峠だ。日本海から東へ続いてきた道はここで途絶え、山形側へ北上する道か、ふたたび日本海へ戻る道しかない。この道は出羽街道に由来する道で、新潟の村上から庄内の鶴岡へ山間をほそぼそと貫いていくルートなのだ。この街道を櫛の軸と見立てれば、そこから櫛の歯のように日本海へ降りていく道のみがある。東側へ進むことはできない。



 さて、雷峠を山形側へ降りていくと、関川の集落へと至る。ここで庄内平野へ降りていく道と日本海へ戻る道に沸かれるのだけど、少しうろつくことにした。ここには古代布のひとつであるシナ布が織られていて、その技法を保存する施設があるのだ。そこでもキーホルダーなどの土産を買い、戊辰戦争の記念碑の残る神社へ。
 ここ関川は戊辰戦争での本州側最後の戦闘が行われたところとのこと。あまり知られてはいないけど、戊辰戦争の際に幕府側として中心のひとつとなった庄内藩は、会津藩と違って連戦戦勝を続け、討伐軍を撃破して秋田藩の多くを逆に占領するにまで至った。新政府軍が唯一庄内藩の領土へ侵入を成功させたのは、ここ関川の集落のみ。その戦火によって、この集落は長いこと貧窮を極めたことが記されていた。

 新潟側の小俣集落が「明治以来の建物」が集まっているのは、維新の際に焼き払われて再建されたから。もしかすると、このあたりで「前の戦争」つったら戊辰戦争なんではないかというくらい、その痕跡はチラリチラリと見ることができる。

 さて、再び日本海側へ降りた。そこは鼠ヶ関といって、白河の関と同じく東北への入り口。そし源義経の勧進帳の舞台であったともされる場所。今ではマリーナなんかもあってこのあたりでは大きな街区。おいしい寿司屋もあるんだけど、今回はパス。うどん屋併設?のファミマで少し休んでから北上する。

 あつみ温泉を超えた先が由良の海岸。湯野浜方面はがけ崩れで通行止めなる恐ろしい看板がたっているけど、自転車は行けるんじゃないかな、と海岸沿いへ降りていく。ちなみに、由良へ降りていかず、丘を越えて行くと庄内平野に達する。庄内藩の中心、鶴ヶ岡城も遠くはない。藤沢周平の小説のモデルともなっている町だ。


※この後ろの橋が、かつて花火大会でナイアガラの滝を吊るしていたもの。その奥は「東北の江ノ島」白山島。

 この分なら旅館の部屋から夕日が沈むのを見ることができるんじゃないかな、とか思って走る。車通りも少ないながらあるので、もしかしたら通れるんじゃないか? としばらく走ったところで、ジョギングしている人たちが居たので「人は通れますよね?」と聞くと、「全部崩れ落ちてるから無理じゃないかな?」と。マジで?



 Uターンして国道へ戻る。また10km程のロス。初めの日だし、走り初めが遅いから距離短めにしたつもりだったのに、いきなり190km。ブルベと変わらん……。小さな山を越えて、クラゲで有名な加茂水族館をかすめて湯野浜温泉。庄内交通湯野浜線の駅跡を活かした足湯広場を抜けて本日の宿、うしお荘へ到着。なんとか暗くなる前に着いた。


※とはいえ、袋小路ではなくって油戸の集落からの脱出路もあったみたい。そしたら無理に国道へ戻る必要なかったなあ。

 宿ではお風呂をもらって、お食事。部屋に持ってきていただくが、なんでも料理長がかつて自転車乗りだったということで一品サービス。ローストビーフがついてきた。全部きれいにいただくと、さすがに満腹。無料で使える全自動洗濯機で今日一日のウェアを丸洗いすると、少しテレビを見てから寝ることにした。明日は秋田まで。週間天気予報はあまり良いニュースを伝えてこないけれど、大丈夫かな……。




米沢自転車旅行 二日目

 さて、米沢の朝。
 6時半にセットしたアラームで起き上がる。ユニットバスに干してあるウェア類を触ってみると……八割乾きってとこかなあ。搾りがあまかったかなあ。特に靴下は、かたくなにユニクロ靴下なので素材が速乾性ではないため、まったく乾いていない。仕方ないので、ホテルの向かいにあるコインランドリーへ。20分乾燥をしかけてホテルの朝食をとる。

 さて、今日はどうしようかな。もとの構想では、昨晩越えてきた雪の峠を戻り、会津若松と猪苗代湖の間を取って一関、那須、宇都宮。東北1700km参加者を応援しつつ、帰路につくというもの。けれど、なにしろHI-LOの二速しかないのだ。気楽な自転車旅行なのに、わざわざ苦しむこともあるまい。

 であれば、米沢からいきなり新幹線に乗って、東京へ帰るという手もあるな。
 それ魅力……。まずは米沢観光からだな。

 ホテルをチェックアウトすると、まずは上杉神社へ。
 なんかお祭りやってるみたい。



 敷地内に自転車はどうかなーとか思ってると、地元のおっちゃんがママチャリでごんごん走りまくっているので、そんなもんかと奥へ押していく。板塀の脇にたてかけると、ああ、雪だ。



 参道を進んでいく。



 上杉神社。なにか催し物があるんだろうけど、まだ時間が早すぎて誰もいない。



 こちらでは演舞のリハーサル?



 米沢城のお堀沿いには、桜と幟がぐるりと並んでいました。



 城の隣地にある米沢藩主の邸宅(だったはず)。現在はレストランになっているのだけど、残念ながら、まだ開店前。米沢牛アゲイン……。



 もう自転車なんかどうでもいいし。



 東北1700kmのみなさんも、今晩にはここに来るはず。
 朝までゆっくりして、この景色が堪能できたかな。



 さて、帰りますか。



 山形新幹線。焼肉弁当を持って乗り込みます。
 さらば米沢。



 群馬駅で乗り換え。



 新一関で降りてしまった。ここから宇都宮へは100kmくらい。それくらいなら二速しかなかろーが、タイヤがいつバーストしよーが、なんとでもなる。と思って駅から出ると、ものすごい向かい風。いきなり後悔。



 那須高原へ登っていく。まさに高原というところで自転車を停めた。
 この写真の右側では、老夫婦がブルーシートを広げてお弁当を食べていた。とても良い感じだ。

 そうしてだらだらと那須塩原へ向けて走っていると、反対車線に反射ベストをつけたライダーが。
「先頭ですか!?」
「せんとー!」
 一瞬で行ってしまった。
 なんという速さ。想定では那須のPCまでもう少しかかると思ってたのだけど。勝手に一番乗りの夢敗れる……。



 二人目。速すぎてぶれた。



 まとまって走っているわけではないようだ。それぞれ結構離れていた。このままじゃ、PCについた頃には、もう知った顔はいないのでは。



 連休だけに車が多い。ちょっと休憩したり。



 3、4、5人目。この次にプロ。



 ようやくPC。
 まだ楽しそうな参加者たち。



 楽しそう!



 表情が明るい!



 ダブルピース!

 三時間くらいだらだらと参加者の方々と過ごし、誰もいなくなったところで僕も出発。



 宇都宮へは下り基調。ただし、ローギア付近で固定のため、くるくる回しきっても29.5km/hくらいまでしかいかない。

 それでも回し続けて宇都宮駅。



そして飯。



 帰りはまたしても宇都宮線。
 眠くなってきたので、これでおわり

米沢自転車旅行 一日目

 巷ではゴールデンウィークということなので、どこかへでかけようと思いました。
 実はこの週には「東北1700km」というイベント(600km、200km、200km、300km、400kmのブルベが連日開催される)があったのですが、個人的に日本海側の東北旅行がしたかったので、それには参加しませんでした。今思えば、参加しておけばよかったかなあと思うことしきり。

 さて、それはさておき。
 ゴールデンウィークの妻の予定の方は詰まっていて、僕自身はなんか放置状態。来るべき東北自転車旅行に向けて、練習旅行をしようと思い立ちました。600kmを40時間以内で走るとか、1200kmを3日半で走るとか、そういうのではなくって、夜はしっかり寝てちょっとは観光もして、着替えも持って……というようなツーリング。漆黒の空間を指さして「ほら、日本海だよ」とかいうのではない旅。

 さて、どこに行こうかと思った時、せっかくなので自転車で行ったことのない方角、かつ混んでなさそうなところ、ということで東北方面へ。東北1700kmのコースも見ていて、そちらの参加者が初日の仮眠場所にしそうな米沢がいいんじゃないかと決めました。このさい1700kmのコースを前日にトレースするのもいいかなと思ったんだけれども、それはやめて宇都宮から鬼怒川、南会津、会津若松と辿って米沢へ行くルート。210kmで2100メートルくらいの上昇量。
 あれ? 普通のブルベコースっぽい……。

 自転車は扱いの面倒な新鋭機(カルフィー・アドヴェンチャー)の投入をやめて、去年までの主力機ネオプリマート”鉄血長征号”を再就役。ブルベ向けの装備は全部取っ払っていたので、手元にある使っていないパーツで急遽ツーリング車に仕立て上げます。ハブダイナモ用のライトがついてないのに、ハブダイナモのホイールとか無駄に重い自転車が出来上がりました。



 ハンドルバーエンドのプラグも脱落しちゃってる……。

 とはいえ、鉄のフレームで鉄道輸送なんかも気軽。ペダルもLOOKからSPDにしたので、歩行も楽々ですよ。
 しかも、ライト兼用というMP3プレイヤーなんかもついているので、山間の長い長い田舎道も退屈しません。

 さて。
 当日は早朝に新幹線で宇都宮へ行くつもりが、一本早い埼京線に乗れたので、在来の宇都宮線でゆっくりと宇都宮まで輪行。実は前夜あまり寝れなかったので、この長い車中はずっとうつらうつら。でもしっかりとは寝付けない。七時前に宇都宮へついて、改札へ向かうと、ちょうど日光線が来ているとのアナウンス。せっかくなので初めの20kmほどをズルして今市駅まで行くことにします。



 今市駅前で自転車を組んで、ふとグローブが無いことに気づきます。
 あれれ?池袋駅で置いてきちゃったかな? 実は、家に置きっぱなしでした。

 まあ仕方ない。まずは鬼怒川温泉へ向けて走りますよ。



 ひとときの熱海よりは寂れてはいないようにも見えるけど、駅前は全部廃墟ホテルという鬼怒川温泉。
 通過します。ここから川治温泉、そして五十里ダムまでは今日一番きつい登り。



 それらを通り越して、五十里湖。
 会津西街道を北上します。この道はかなり交通量が少ないのですが、さすがゴールデンウィーク、それなりに自動車を見かけます。まあ、ほんとうに「それなり」ですが。この道沿いは、かなりの秘境。たしかイザベラ・バードも通った道のはず。かなりの秘境であるという描写だったはずです。東北側からも関東側からも、日本海側からも太平洋側からも山脈で隔絶された細長い谷間。静かな旅が続きます。



 福島県との境は峠となっていて、ある程度登ったらトンネルで越えます。
 あとは会津田島まで下るだけ。



 会津田島はこのエリアで一番の街。街の入口にあるいつものコンビニへよって、一休み。60km進みました。



 うーん、こんなペースで走っていたんではブルベみたいだ。コンビニ休憩だし。せっかくだから大内宿まで登ってみるかな、と思っていました。


 桜も綺麗だな、と思って後輪側変速器を操作した瞬間、カチン!という小さな音がして変速レバーがぶらぶらに。あっ!こ……これは……。あれだ。ワイヤー巻上げラチェットを固定する爪(針金の輪っかだけど)が折れたんだ!どうしようもないので、しばらく走り、路肩へ寄せて「会津若松の自転車屋情報求む」とツイートします。まあ、まず部品はないだろうし、あっても今日中に修理はしてもらえるかどうか。自分でやってもいいけど、結構時間掛かるんだよねえ。指が痛くなるし。

 ツイートして走りだす。大内宿案はキャンセル。会津若松までは下りだから、トップしかギアが入らなくてもなんとかなるぜ! とスピードに乗っけた瞬間に、後輪がバースト。なんかタイヤサイドが小さく裂けてるし。中の繊維がちぎれてるし。どうしよう。どうしようもないので、とりあえずチューブ交換。空気を入れてみると、チューブがはみ出してくるようなことはない。さすがアルトレモDD。とりあえずこれで行くぜ。もっかい同じ所にダメージ食ったり、時間がたったりしたらまずいだろうけど。



 ゴールデンウィークなのに、そんなに混んでない観光列車。
 まあ、明日からかな。今日は一日目で土曜日なので、トラックなんかも結構多い。



 塔のへつりなんかもパス。
 前の車についていたカーナビの音声認識は、目的地を発声すると、なぜか「塔のへつり」と認識しまくってたなあ。



 会津若松へはサイクリングロードを使います。
 しかし、ずっと北風なんだけど。ルート的には200km向かい風?
 畜生、明日の1700km組も苦しめ。



 ツイッターで教えてもらった自転車屋さんへ向けて彷徨います。
 今、会津若松は桜ざかり。でも気温は27度くらい。あちーよ。



 自転車屋さんへ到着するものの、やはり抜本的な解決は無し。
 ここまで走るまでに考えていたように、ワイヤーを引っ張って、ローギア側でリア変速器を固定します。
 フロント側の変速器は使えるから、ローとハイのみの二段変速。アウトランかよ。せめてターボアウトランになってくれ。



 今市市や足利市、それに会津若松なんかで時折見かける自転車レーン。この簡潔にして完全な解答が実はとっくに存在しているのに、どうしてへんてこ自転車レーンを作り続けているのだろう? つうか、亀戸の基地外自転車レーンなんか報道せずに、こういうのを知らしめろと、いつも思う。



 ここから米沢まで行くかなあ、それとも会津若松で一泊しようかなあ。
 でも、米沢からなら新幹線一本で帰れるじゃないか、などと悩み続ける。
 そうだ、さざえ堂に寄って行こう。観光してから米沢については考えようよ。

 また道に迷って、地元のお子さん連れママさん集団に道を聞いたりしながら飯盛山へ。



 げえ、これ登るのか……。



 ん? これは何?



 エスカーだ!



 登り切って奥へ歩くと、白虎隊自決の地へ。いや、さざえ堂に行きたいんだよね。
 なんか白虎隊にはシンパシー感じないんだ……。ごめんなさいね。



 エスカーの降り口近くの分かれ道からすぐ先にありました。



 そっちへ向かいます。
 ちなみにこのあたりから白虎隊はお城を見渡して、落城したんだと絶望したはず。



 会津のさざえ堂は二重らせんの構造になっている珍しい建築物。てっぺんで太鼓橋によって螺旋が繋げられていて、まっすぐ歩いて行くだけで、登って降りてくることができます。外観からもその特異な構造が見て取れるのは、此処くらいなもののようです。
 DNAがどうとか、ダ・ヴィンチがどうとかいう説明もあったけど、それは眉唾だな。さすがに。



 孤立した白虎隊が、連絡線を回復するために通った水道とのこと。向こうからやってきて、さざえ堂の脇を抜けて先ほどの高台へ至り、炎上する市街を見たのかな。

 よし、米沢へ行こう。最後まで諦めない。



 桜まつり。



 桜の綺麗な田舎道。

 しかし暑い暑い。まずいよ、水がない。店もない。
 お! 自販機だ!



 水を売れよ!



 綺麗だなあ。1700km参加者はここを日没後に通過するはず。
 そんなの不健康だよ!



 とはいえ、僕にも日没が迫ってきています。
 これから山形県境の大峠なる峠を超えなくてはならないのに。

 大峠へ続く道は、広く新しいのだけど、トンネルだらけ。トンネルに入ると、他の車の音が大反響してすごい怖いんだよね。音圧だけでびっくりするくらい。すでに反射ベストをみにつけ、後方へのライトもバリバリつけてるけど、居眠りやらちょっとした見落としでいつかやられるんじゃないかとビクビクしながら登る。

 そして寒い。
 トンネルが冷風機のように感じる。
 グローブないし、半袖短パンだし。
 唯一の幸運は、この道の斜度はゆるくって、アウター(ハイ)側のギアでも登っていけること。



 頂上。
 なんかの冗談のようだ。
 さっきまで28度あったんだぞ?



 寒いよ寒いよ。


 雪解け水が気温の数値以上に空気を冷やしているみたい。
 ここにとどまっているのは危険だ。



 てっぺんのトンネルは4kmもある。幸い下り基調なので、あまり車に抜かれることはなかった。
 さすがに交通量はかなり減っている。




 なんで俺はグローブをおいてきてしまったんだ!
 

 下れば下るほど……寒い! 雪解け水が溢れんばかりの最上川が近づくと、ものすごい冷える。
 離れると少しだけ暖かい。それを繰り返しつつ、やがて米沢市街。駅まで行って、米沢牛を食えるところを探し迷う。



 米沢の味を堪能して、ホテルへ入ります。

 タイヤのアナを瞬間接着剤で埋めたり、お風呂で洗濯したり。乾くかなあ?

 それにしても、明日はどうしようかな。大峠を戻るつもりだったけど、あの4kmの登り基調になるトンネルを越えたくはないな。それも壊れた自転車でねえ。米沢には山形新幹線が来てるから、すぐに東京へ帰れる。荷物も重いし、それもありかなあ……。

 つづく。

アタック日光&ビーフ400km

 青葉200kmと同じ週に400km。
 これで12週間12イベント(DNSで-1)の三ヶ月間が終わります。
 さて、

 アタック日光&ビーフ400km。前回はわざわざ来日して参加したのに僕にぶつかって落車し、腰を強打したマシュー君を連れて、タイムアウトぎりぎりでゴールした記憶があります。ただ、コース設定はきつくはないので、今回はあっさりかな? 雨さえなければ……。実際、ほとんど雨らしい雨はなかったので、あっさり風味で。

 スタートからしばらくは、人が多くてごちゃごちゃしちゃうから、ということで遅れてスタート。さらにトイレに行きたかったので、十分も走らないうちに、ひとりコンビニに突っ込んでトイレ休憩。完全な最後尾から走りだすも、やっぱり追いついちゃう。今回は「ゆかいな仲間たち」だけでも結構な人数になってしまうので、勝手きままに……と越谷あたりから前へ。はじめのPCまで110kmはど平坦。なんのためのディープリムかと前へ前へ。



 4人ほどで、それぞれ2〜30kmずつくらい先頭をひいてPC1へ。



 そこから日光へ。一個だけ峠っぽい峠があって、あとはちまちま登り下り。



 山間の集落が綺麗。まだまだ日光あたりの緯度では梅や桜が盛り。



 その日光駅前には綺麗なホテルと、温泉施設ができてました。ちなみにこのJR日光駅はあまり使われませんが、大正時代の建築だったはず。



 前回は日光のPCを出たらもう日没近かったけど、今回はまだまだ。こっからはしばらく下り基調。



 桜も綺麗。写真はないけど妖しく浮かび上がる夜桜の下を疾走するような場面も、多々ありました。



 夜間走行はランドヌーリングの華。
 しかしどうして闇は人の心をネガティブにして、モチベーションを奪うのか。



 早くもなく、遅くもなく。あっさり風味でゴール。

 今回は気温5度前後まで下がったのに、スキンズの長袖インナーと半袖ジャージにウィンドブレーカーでしのぎ切りました。下はスキンズとぼろいモンベルの短パン。250km地点くらいから股間の靭帯が痛い痛いと思っていたら、股ずれだった。
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