
(このコースは最終的なものではない)
スタート地点のカフェレストランにはまだほとんど人は集まっていなかったし、お店も開いていない。それもそうだ。朝5時半前。こんな時間に開いている店はほとんどない。ガソリンスタンドくらいだろう(実態としてはガソリンスタンドさえ夜間は閉まっていることが多かった)。すでに主催者のトラックは到着していて、ドロップバッグが満載されている。大方の参加者は昨晩の食事会の時に預けているからだ。食事会といっても大仰なものではなくって誰からだったか「かくかくしかじかの時間に、どこどこで飯を食おう」というメールと主催者から「ドロップバッグの荷物も預かるよ。そしたらスタート来るの楽だろ」という連絡が来て、行って見ればばらばらと集まり、適当に飲んで食って、それぞれ払って帰ってくというテキトーなものだ。
その話はいずれまた別の機会に譲るとして、スタート地点では主催者のクレイグが名簿を持ってうろついていたので、受付をしてもらいブルベカードとキューシートをうけとる。キューシートはきれいに畳まれて、防水の袋に丁寧に納められている。さらに大型のGPS端末くらいのガジェットを渡してくれる。レンタルをお願いしていたスポットトラッカーだ。スポットトラッカーというのは一種のビーコン装置で、所持者の位置を定期的に独自の衛星サービスを通じてアップロードしてくれる。山登りやマリンスポーツなどで主に使われる装置だが、オーストラリアなどのブルベではよく用いられているようで、持っていない人に貸してくれるのだ(スポットトラッカー自体は日本もカバーしているものの、いろいろな事情で日本で購入、サービスへの登録はできない)。
ウェブなどを通じて家族や友人などにも進み具合がリアルタイムでわかるのはおもしろそうだ。スタッフもちょくちょくこれを見て、有人チェックポイントの開設や撤収の把握、参加者の安否の確認などをしているようだった。
どこへ取り付けるかはちょっとしたも問題だ。僕はバックパックを背負っていたので、そこへくくりつけた。たいていはサドルバックのあたりにぶら下げるようだ。

コースを簡単に説明しよう。
南島の中央西側にあるクライストチャーチの南側を反時計回りで回って海沿いを北上。すぐに内陸に入って、ひたすら北へ北へ。ハンマースプリングという温泉保養地がゴール。RIDEwithGPSの情報だと1700mちょっと登ることになる。100km1000mの法則からすると若干緩めというところ。後半はずっとゆるーーーく登り続けるが問題にはならないくらいだ。
と思っていた。
さて、スタートするとすぐに登りにはいる。クライストチャーチの南側にそびえる400メートル弱の山に一気に登るのだ。しかも半ばまでは10%ほどの坂がずっと続く。住宅地(たぶん高級住宅地なのだろう。とても景色がいいはずだ。今は真っ暗だけど)で広い通りだが、きつい。一気にごぼう抜かれる(ちなみに参加者は20人に満たない)。前輪駆動のリカンベントさえ、するすると前へ。おかしい。前輪駆動のリカンベントは坂に弱いはずでは。そして認めざるを得ない。みんなはええ。

稜線に達すると空があけてきた。ここらへんは牧場のようだ。ゲートがあったりするが、横から入り込んで進む。入り江を見下ろすようにのぞき込むと羊たちと目があった。羊はもともと崖を好んで暮らすものだったらしいけど、ほんとなんだな。あちらこちらでひょこひょこ歩いているのがなんとも微笑ましい。

ゆるやかにアップダウンを繰り返す稜線の先に、はじめの有人チェックポイントがあった。ここまでわずか30kmしかないうえに、かなりの登りがあったのでほとんど時間的余裕は無い。そうそうに折り返す。今度は稜線を途中ではずれ、海岸線を北上。嫌なことに北風だ。やはりそうなのか。これはつらいな。このコースはこれからほぼすべて180km(210kmほどある)すべて北進なのに。

残念ながら海岸線とはいってもあまり海は見えない。クライストチャーチから離れると道は内陸へ入り込み、景色は圧倒的に郊外なアトモスフィアを呈してくる。つまり何にもなくなるってことだ。そして、雲が少ないというか陽光が強くなってきた。これは思ったより気温が上がりそうだ。
路面はオーストラリアと似ている感じだ。鏡のようにスムースな場所もあるが、たいていは若干荒いサーフェスで走りだしてしばらくは微振動が気になった。けれども、わだちやヒビ、穴などはほとんど無くその点は安心だ。しかし今回(全体で)は工事のため舗装がはがされている場面に何度も出くわした。そういった砂利道が数キロにわたって続いたりするのでそれには閉口した。この200kmでも工事で迂回(もう長いこと閉鎖されているっぽかった)することもあり、さらには「これは四輪車でもなかなか通行できないぞ」という牧場を抜ける道を通ることもあった。枯れた川の河床を渡河することあった。さすがにそこは乗車して進むことはできない。そしてそんなひどい道でカメラを吹っ飛ばしてしまったことに気づく。でもどうしようもない。ヤンナルネ。
※そんなわけで、本シリーズ記事についてはAkiko Obataさんの写真を多数使わせていただいております。

※「ほんとにここかよ・・・」と途方にくれるオーストラリアのラス氏。
完全な砂利道をなんとか通り抜けて110km地点の町、アンバーリーがPC2。PCは基本的にその町の店舗を利用するなりして、現地の人からサインをもらいレシートを受け取ることになっている。レシートはサインしてもらうのを忘れたときに通過の証明とすることができる。後の話になるけど、現地に人がいないなどの場合は参加者同士でサインをすることもあった。
ここではスーパーでサンドウィッチを買い、水を補給した。110km地点だけど、残りは100km。もうPCは無い。補給ができるような場所が70kmくらい先にあるはず。そしてその間には一切なにもない。文字通り。
陽光が燦々と照りつけ、そして容赦なく北風が吹く。景色はだいたい牧場だ。気分がひどく落ち込み、ペースも落ちる。PC2までは数人で走っていたけど、今は一人。ペースがあがる要因はなく、無心にもなれずつらい時間を過ごしていた。すると対抗車線をノーススターハンドルをつけたクラシカルな自転車に乗った若者が戻ってくる。
「道を間違えた」という彼はイギリスからロングステイでクライストチャーチに住んでいるのそうだ。ブルベは今回が初めてで、200kmを力試しに参加してみたとのこと。この風の中をクラシカルな自転車で悠々と走る彼は、どう考えたって僕よりずっと強い。上体をはっきりと起こした姿勢なのだ。
「200だけってことは、明日は自転車でクライストチャーチヘ帰るの?」と聞くと「ヒッチハイクで!」とのこと。たしかにバックパッカー的な文化が一般的で、かつ治安もよいこの国ではヒッチハイクも難しくはないのだろう。道沿いを大きなバックパックを背負って歩く旅人を何人も見かけた。けっこうな夕暮れにもそんな人がいたから、つまり治安に問題なく、危険な野生動物もいないということだろう。
170km地点の町に入る。水もなくなっていたし、トイレにも行きたいので彼と別れた。気温は30度を超え、道には日光を遮るものも無い。スーパーの前で腰を下ろしてくつろいでいるほかの参加者が氷をくれた。水を買ってボトルにつめる。750ml一本。待っていたところで風は弱まりそうもないので、休憩もほどほどにして出発。
残りの40kmもひたすら向かい風との格闘。残り10km弱で幹線道路からハンマースプリングへの道へと分岐。ゴール気分が出てきたので少し気持ちが改善される。ハンマースプリング方面から来る車が多いということは、それなりの観光地なんだろうな。ラフティングやバギーなどの看板も見える。ちょっとした橋を渡ったのだけど、そこではバンジージャンプをしているようだった。歩道がせり出していて係員らしき人たちが片づけをしていた。
もうついた、と思いつつなかなかたどり着かないもどかしさを感じ始めた頃に、ゴールとなるロッジへ到着。特に案内もなかったので、ちょっと不安になりつつ入っていくと、入り口付近に自転車がばらばらとおかれていたので安心。ロビーにはいると見知った顔がいたので「ブルベカードをどうしたらいいんだろう?」という雰囲気をかもしだしながらブルベカードを掲げてみると、奥を指さされる。食堂兼キッチンのような部屋でクレイグがパソコンに向かって入力処理をしているようだった。
ゴールの受付をしてもらいながら「そうだ、カメラを拾ったと聞いたけど」と話すと、後で誰かが拾ってくれたカメラを渡してくれた。シャッターなどは生きているようだったけど、液晶は完全に死んでいてカバーも開きづらい、ほぼ半壊状態。
とりあえず一日目。11時間弱にてゴール。GPSの累積高度はRIDEwithGPSより若干少ない。これはちょっと明るいニュースだ。けど、それにも関わらず、タイムは良くなく疲労もひどい。あとの三つのブルベは今日より格段にキツいはずだ。ちょっとネガティブな気分になりながら、部屋へとむかった。
ハンマースプリング滞在記

ロッジはほぼバックパッカー宿で、割り当てられた部屋はベッドがよっつあるだけ。トイレシャワーは共同。さっさとシャワーをすませて着替えて洗濯機を回す。それからロビーへ戻ると「他の連中は町に行って飲んでるよ」という。2ブロックほど先にいろいろあるらしいので、そこまでテクテク歩くことにした。
ハンマースプリングは100年以上前に欧米で巻き起こった温泉リゾートブームによって建設された町だ。ニュージーランドの南島で現存する唯一の温泉町。中心となるウォーターパークに温泉をひいたプールが少しだけあるらしい。もちろん水着着用。今回はゆっくり休みたかったのでいくことはなかった。また、ここを訪問する観光客も、今では温泉目当てと言うよりは充実したアウトドアアクティビティを楽しみに来ているようだ。
町と言っても、ちょっとしたメインストリート沿いにレストランや商店がいくらかある程度。レストランはお洒落な感じの店が多い。とりあえずピザを食べて帰り、その後他の日本人参加者のゴールを待ってデザートを食べに町へ出掛けた。気温は暑く、Tシャツでも汗をかくくらいだが、湿度は低いのですぐに乾く。
夜になってもそこそこ暖かく、200kmでも北上するとずいぶん気温が違うのだなと感じたのだった。