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【落武者魂】

落武者魂

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MOUNTAIN SPRINGS 300km

ロッジの前にだらだらと集まると、昨日と同じようにブルベカードとキューシートを渡された。やはりキューシートは丁寧に折り畳まれて防水の袋に入れられている。ありがたいが、前もって全部渡してもらった方がお互い楽なんじゃないだろうか。
 ちなみにキューシートはRIDEwithGPSが自動生成したものそのままだったはず。

 初めのしばらくは緩い下り。ぐんぐん進むが、忘れ物をしたんじゃないかと心配になる症候群のせいで路肩に寄せて、持ち物を確認する。大丈夫。しかしひとりになってしまった。さらに幹線道路へ出るところでウィンドブレーカーを脱ぐ。陽が射してきた。ここからは昨日の続きで北へ向かう。風が出てきているが、体を動かし初めてしばらくたっているので寒くはない。
 道は緩やかだけどひきつづき登り基調。時間が経つにつれて風がだんだん強まってくる。今日も一日これかい、とうんざりする。
 2時間くらいたってようやく最後尾(途中でパンク修理の数人を見たので正確な表現ではないな)の方をパス。さらに少し前方でワシントン州のブルベ団体、シアトルランドナーズの面々を見つけたのでなんとか食らいつく。
 シアトルランドナーズは、正式名称をシアトル・インターナショナル・ランドナーズと言って、その名のせいなのか主立った1200クラスのイベントには必ず顔を出す人たちだ。僕らは「シアトル軍団」と呼んでいる。ちなみにシアトル軍団のリッキーというおじさんに「なんでインターナショナルなの?」と聞いたが「よくわからん。ACPと関連するらしい」と言われた。あとでシアトル軍団代表のマークに聞いてみようと思っていたが忘れてしまった。
 さて、なんとかくっついたトレインはマークとリッキーのシアトル軍団に、ラスというオーストラリア人。昨日、干上がった川を渡河するときに「ここなのか本当に」といぶかしがってた人。ときどき主催のクレイグらが増えたり減ったりという小集団。
 この300kmは1000mクラスの大きな峠が二つと、小さな峠がいくつかある。まず初めの1000m級峠リーバイス・パスへさしかかっているのだけど、向かい風と登り基調でペースは微妙だ。ひとりになればもっと微妙になるだろう。

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 峠に近づくにつれてキツくなる斜度に、もしかしたらPC1までにタイムアウトしちゃうんじゃないだろうかと、焦りながらリーバイスパスへ到着。うっすらと霧が流れている中をダウンヒル。登りも長いが、下りもそれなりに続いていて、時間を稼ぐことができた。
 スタートから100kmほどはコンビニや商店どころか、民家さえ見えなかった。考えてみれば、この道沿いにはガソリンスタンドだって140kmほど無かったはずだ。そんな漠野を走り続けてPC1に到着したのは、すっかり晴れ上がって気温もヤバげなお昼頃。112km地点にちょこんとあるカフェだ。

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 しっかりとランチを取り、トイレや補給をすませて皆について店をでる。次のPCは約60km先のマーチンソン。65号線、通称「シェナンドウ・ハイウェイ」をずっと走るだけの簡単なお仕事だが、つらい。なにしろ暑い。そしていくら絶景でも飽きることは飽きる。とにかくグループからはぐれないようにして3時間、ただただ我慢我慢。
 マーチンソンのPCはこの町であればどこでもいい、というやつ。グループにくっついてあまりぱっとしないスーパーへ入り、サンドウィッチとジュースで空腹を抑える。他の人たちはアイスクリームを食べたりしていて、ちょっとうらやましいが僕は内臓弱いからなあ。

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 ここからまた登り基調を60kmでPC3のセント・アーノード。地図で見る限り、街という街があるようにも思えない。湖のほとりでちょっと人家があるくらいのようだ。途中、先頭交代で後ろに下がろうとしていたところで首筋に衝撃。痛み。どうやらミツバチに刺されたようだ。いや先頭にいるときだったらわかるけど、交代して下がっているところでやられるなんて解せぬ。強い痛みではないけど、じんじんと痛むなあ。だんだんと腫れてもきた。もしかしたらこれはどんどん悪くなってしまうのではないだろうか。この300もDNFせざるをえないかも。そして今日以降のライドはキャンセルすることになるかも・・・など走らなくていい理由が頭を占めるが、とりあえず今のところ走れているので走り続けるしかない。

 だいたいどのライドでも120kmあたりをすぎると盛り上がっていた気持ちも途切れ、飽きてきて疲れもあって「やめていい理由」がたくさんわき上がってくる。けれども決定的ではないのでだらだら続けてしまう。決定的でない理由で辞めたら、次もなんとなく辞めてしまうだろうという漠とした不安がある。いろいろくだらないことを考え続けているが、しかし風が強いな。ようやく200kmを過ぎた。ここを越えればゴールは海面高度まで下がる。とりあえず進もう。

写真 2015-03-02 14 35 46

 セント・アーノードまでの登りは存外に緩かった。日が傾いてきて気温が下がってくれたのもよかったのだろう。メンタル的にはずいぶんやられてきている(疲労や退屈、蜂さされ、さらに10日ほど前の落車の擦り傷がふさがっておらず、ちょっと困っていた)。PCは湖畔に面した駐車場かキャンプ場らしかったが、そこに到着しても誰もいない。いや、キャンプを楽しむ人たちはいるのだけど、ブルベカードをチェックするべき人たちはいない。キャンプサイトで水をくんだり、トイレに行ったりするが、やがて湖畔から戻ったところにガソリンスタンドがあったから、そこでサインとレシートをもらおうというような話になった。本来はスタッフが常駐しているはずなのだけど、買い出しでも行ったのだろう。

 と、幹線道路に出るところで見慣れたバンがやってきた。運転しているのはオーストラリアの女性だ。200kmをDNFしてスタッフへ早変わりしたらしい。ちなみに彼女はこれからほぼ一人で300と400のスタッフ&サポートをすることになる。すごい。
 さて、やはり彼女はいろいろな補給物資をゴールの街へ買いだしに行っていたらしい。皆に水やコーヒー、果物やスナック菓子をどうぞと示す。ぼくらはブルベカードにサインをもらい、補給をいただいて走り出す。ここから先はゴールのリッチモンドまで70km、ほぼ下りしかないはず。いや、いくらか大きな登り返しもあるな。

 ずっと一緒のグループで走ってきているが、なぜか下りでは僕の方がやや速い。平坦や登りでは引き離されてしまうので、下りで追いついて抜かして先行する感じ。体重やなんやかんやを考えてみるに、彼らの方が下りが遅い理由がないので、おそらくは意図的にある程度以上の速度を出さないようにしているようにも感じる。たぶん安全策なのだろう。

 ようやく陽が落ちる。街頭などはまったくないので真っ暗だ。暗くなると気分がぐんと落ち込む。心の余裕がなくなる感じ。登りでグループにまったく追いつけない。最後の登り返しを終えると一人になってしまっていた。ここからは下りが続く。一生懸命こぎ倒してなんとかグループに戻った。斜度が緩くなると振り切られそうになるので、なんとか食らいついていく。街灯が現れた。文明に帰ってきたんだ。あの信号機はリッチモンドの町だ。交差点の一角にあるモーテルへ到着。入り口近くの部屋が受け付けになっていて、そこへブルベカードを提出。16時間ちょっと。ほぼノンストップで走ってきてこのタイム。RIDEwithGPSの累積高度よりGPSの実測値はやや低く信号もないのだから、あと1時間は早く到着するくらいが想定だ。先行きに暗雲立ちこめる。400kmは事前情報ではもっとも累積高度があるのだ。
 とにかく明日は休養日。今は休みたい。
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HANMER HOT TUB 200

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(このコースは最終的なものではない)

 スタート地点のカフェレストランにはまだほとんど人は集まっていなかったし、お店も開いていない。それもそうだ。朝5時半前。こんな時間に開いている店はほとんどない。ガソリンスタンドくらいだろう(実態としてはガソリンスタンドさえ夜間は閉まっていることが多かった)。すでに主催者のトラックは到着していて、ドロップバッグが満載されている。大方の参加者は昨晩の食事会の時に預けているからだ。食事会といっても大仰なものではなくって誰からだったか「かくかくしかじかの時間に、どこどこで飯を食おう」というメールと主催者から「ドロップバッグの荷物も預かるよ。そしたらスタート来るの楽だろ」という連絡が来て、行って見ればばらばらと集まり、適当に飲んで食って、それぞれ払って帰ってくというテキトーなものだ。
 その話はいずれまた別の機会に譲るとして、スタート地点では主催者のクレイグが名簿を持ってうろついていたので、受付をしてもらいブルベカードとキューシートをうけとる。キューシートはきれいに畳まれて、防水の袋に丁寧に納められている。さらに大型のGPS端末くらいのガジェットを渡してくれる。レンタルをお願いしていたスポットトラッカーだ。スポットトラッカーというのは一種のビーコン装置で、所持者の位置を定期的に独自の衛星サービスを通じてアップロードしてくれる。山登りやマリンスポーツなどで主に使われる装置だが、オーストラリアなどのブルベではよく用いられているようで、持っていない人に貸してくれるのだ(スポットトラッカー自体は日本もカバーしているものの、いろいろな事情で日本で購入、サービスへの登録はできない)。
ウェブなどを通じて家族や友人などにも進み具合がリアルタイムでわかるのはおもしろそうだ。スタッフもちょくちょくこれを見て、有人チェックポイントの開設や撤収の把握、参加者の安否の確認などをしているようだった。
 どこへ取り付けるかはちょっとしたも問題だ。僕はバックパックを背負っていたので、そこへくくりつけた。たいていはサドルバックのあたりにぶら下げるようだ。

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 コースを簡単に説明しよう。
 南島の中央西側にあるクライストチャーチの南側を反時計回りで回って海沿いを北上。すぐに内陸に入って、ひたすら北へ北へ。ハンマースプリングという温泉保養地がゴール。RIDEwithGPSの情報だと1700mちょっと登ることになる。100km1000mの法則からすると若干緩めというところ。後半はずっとゆるーーーく登り続けるが問題にはならないくらいだ。

 と思っていた。

 さて、スタートするとすぐに登りにはいる。クライストチャーチの南側にそびえる400メートル弱の山に一気に登るのだ。しかも半ばまでは10%ほどの坂がずっと続く。住宅地(たぶん高級住宅地なのだろう。とても景色がいいはずだ。今は真っ暗だけど)で広い通りだが、きつい。一気にごぼう抜かれる(ちなみに参加者は20人に満たない)。前輪駆動のリカンベントさえ、するすると前へ。おかしい。前輪駆動のリカンベントは坂に弱いはずでは。そして認めざるを得ない。みんなはええ。

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 稜線に達すると空があけてきた。ここらへんは牧場のようだ。ゲートがあったりするが、横から入り込んで進む。入り江を見下ろすようにのぞき込むと羊たちと目があった。羊はもともと崖を好んで暮らすものだったらしいけど、ほんとなんだな。あちらこちらでひょこひょこ歩いているのがなんとも微笑ましい。

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 ゆるやかにアップダウンを繰り返す稜線の先に、はじめの有人チェックポイントがあった。ここまでわずか30kmしかないうえに、かなりの登りがあったのでほとんど時間的余裕は無い。そうそうに折り返す。今度は稜線を途中ではずれ、海岸線を北上。嫌なことに北風だ。やはりそうなのか。これはつらいな。このコースはこれからほぼすべて180km(210kmほどある)すべて北進なのに。

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 残念ながら海岸線とはいってもあまり海は見えない。クライストチャーチから離れると道は内陸へ入り込み、景色は圧倒的に郊外なアトモスフィアを呈してくる。つまり何にもなくなるってことだ。そして、雲が少ないというか陽光が強くなってきた。これは思ったより気温が上がりそうだ。
 
 路面はオーストラリアと似ている感じだ。鏡のようにスムースな場所もあるが、たいていは若干荒いサーフェスで走りだしてしばらくは微振動が気になった。けれども、わだちやヒビ、穴などはほとんど無くその点は安心だ。しかし今回(全体で)は工事のため舗装がはがされている場面に何度も出くわした。そういった砂利道が数キロにわたって続いたりするのでそれには閉口した。この200kmでも工事で迂回(もう長いこと閉鎖されているっぽかった)することもあり、さらには「これは四輪車でもなかなか通行できないぞ」という牧場を抜ける道を通ることもあった。枯れた川の河床を渡河することあった。さすがにそこは乗車して進むことはできない。そしてそんなひどい道でカメラを吹っ飛ばしてしまったことに気づく。でもどうしようもない。ヤンナルネ。
※そんなわけで、本シリーズ記事についてはAkiko Obataさんの写真を多数使わせていただいております。

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※「ほんとにここかよ・・・」と途方にくれるオーストラリアのラス氏。

 完全な砂利道をなんとか通り抜けて110km地点の町、アンバーリーがPC2。PCは基本的にその町の店舗を利用するなりして、現地の人からサインをもらいレシートを受け取ることになっている。レシートはサインしてもらうのを忘れたときに通過の証明とすることができる。後の話になるけど、現地に人がいないなどの場合は参加者同士でサインをすることもあった。
 ここではスーパーでサンドウィッチを買い、水を補給した。110km地点だけど、残りは100km。もうPCは無い。補給ができるような場所が70kmくらい先にあるはず。そしてその間には一切なにもない。文字通り。

 陽光が燦々と照りつけ、そして容赦なく北風が吹く。景色はだいたい牧場だ。気分がひどく落ち込み、ペースも落ちる。PC2までは数人で走っていたけど、今は一人。ペースがあがる要因はなく、無心にもなれずつらい時間を過ごしていた。すると対抗車線をノーススターハンドルをつけたクラシカルな自転車に乗った若者が戻ってくる。
「道を間違えた」という彼はイギリスからロングステイでクライストチャーチに住んでいるのそうだ。ブルベは今回が初めてで、200kmを力試しに参加してみたとのこと。この風の中をクラシカルな自転車で悠々と走る彼は、どう考えたって僕よりずっと強い。上体をはっきりと起こした姿勢なのだ。
「200だけってことは、明日は自転車でクライストチャーチヘ帰るの?」と聞くと「ヒッチハイクで!」とのこと。たしかにバックパッカー的な文化が一般的で、かつ治安もよいこの国ではヒッチハイクも難しくはないのだろう。道沿いを大きなバックパックを背負って歩く旅人を何人も見かけた。けっこうな夕暮れにもそんな人がいたから、つまり治安に問題なく、危険な野生動物もいないということだろう。

170km地点の町に入る。水もなくなっていたし、トイレにも行きたいので彼と別れた。気温は30度を超え、道には日光を遮るものも無い。スーパーの前で腰を下ろしてくつろいでいるほかの参加者が氷をくれた。水を買ってボトルにつめる。750ml一本。待っていたところで風は弱まりそうもないので、休憩もほどほどにして出発。

 残りの40kmもひたすら向かい風との格闘。残り10km弱で幹線道路からハンマースプリングへの道へと分岐。ゴール気分が出てきたので少し気持ちが改善される。ハンマースプリング方面から来る車が多いということは、それなりの観光地なんだろうな。ラフティングやバギーなどの看板も見える。ちょっとした橋を渡ったのだけど、そこではバンジージャンプをしているようだった。歩道がせり出していて係員らしき人たちが片づけをしていた。

 もうついた、と思いつつなかなかたどり着かないもどかしさを感じ始めた頃に、ゴールとなるロッジへ到着。特に案内もなかったので、ちょっと不安になりつつ入っていくと、入り口付近に自転車がばらばらとおかれていたので安心。ロビーにはいると見知った顔がいたので「ブルベカードをどうしたらいいんだろう?」という雰囲気をかもしだしながらブルベカードを掲げてみると、奥を指さされる。食堂兼キッチンのような部屋でクレイグがパソコンに向かって入力処理をしているようだった。
 ゴールの受付をしてもらいながら「そうだ、カメラを拾ったと聞いたけど」と話すと、後で誰かが拾ってくれたカメラを渡してくれた。シャッターなどは生きているようだったけど、液晶は完全に死んでいてカバーも開きづらい、ほぼ半壊状態。
 とりあえず一日目。11時間弱にてゴール。GPSの累積高度はRIDEwithGPSより若干少ない。これはちょっと明るいニュースだ。けど、それにも関わらず、タイムは良くなく疲労もひどい。あとの三つのブルベは今日より格段にキツいはずだ。ちょっとネガティブな気分になりながら、部屋へとむかった。

ハンマースプリング滞在記

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 ロッジはほぼバックパッカー宿で、割り当てられた部屋はベッドがよっつあるだけ。トイレシャワーは共同。さっさとシャワーをすませて着替えて洗濯機を回す。それからロビーへ戻ると「他の連中は町に行って飲んでるよ」という。2ブロックほど先にいろいろあるらしいので、そこまでテクテク歩くことにした。
 ハンマースプリングは100年以上前に欧米で巻き起こった温泉リゾートブームによって建設された町だ。ニュージーランドの南島で現存する唯一の温泉町。中心となるウォーターパークに温泉をひいたプールが少しだけあるらしい。もちろん水着着用。今回はゆっくり休みたかったのでいくことはなかった。また、ここを訪問する観光客も、今では温泉目当てと言うよりは充実したアウトドアアクティビティを楽しみに来ているようだ。

 町と言っても、ちょっとしたメインストリート沿いにレストランや商店がいくらかある程度。レストランはお洒落な感じの店が多い。とりあえずピザを食べて帰り、その後他の日本人参加者のゴールを待ってデザートを食べに町へ出掛けた。気温は暑く、Tシャツでも汗をかくくらいだが、湿度は低いのですぐに乾く。
 夜になってもそこそこ暖かく、200kmでも北上するとずいぶん気温が違うのだなと感じたのだった。

国際シューペル・ランドヌール賞

附則1:国際シューペル・ランドヌール 賞
国際シューペル・ランドヌール賞は1991年にオダックス・ユナイテッド・キングダム(AUK)により導入された賞で、現在もAUKが管轄している。RMの会長によって認定されるこの賞は、自国のみならずRM傘下の諸国のRMイベントへ参加しようというランドヌール・サイクリストの活動を認め、奨励するために作られた賞である。国際シューペル・ランドヌール賞への登録書と申請書についてはAUKに問い合わせること。
--ランドヌール・モンディオ規定



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しばらく家を空けている間に届いたのがコレ。国際スーパーランドナー(International Super randonneur/以下ISR)賞の認定済みブルベカード(と写ってないけどワッペンとお手紙)。ISRはRMが認定する称号にして、とってもマイナーな賞。実態としてはAudaxUKの方がコツコツと認定作業を行っているようだ。認定条件を満たしている人も、あまり申請はしていないようで認定人数は少ない。
※申請と認定に関してはAJもACPも関与しない。

▪️条件
SRを構成する四種のブルベ(200,300,400,600)をそれぞれ別の国で完走し、認定を得ること。ただし、オプション条件がいろいろある。

▶︎距離
例)
一般的なSR(2,3,4,600)ならば無印
600×4なら600
1000×4なら1000
1200×4なら1200
※600,1000,1000,1000でも600として扱われる。

▶︎場所
大陸(エリア)にまたがるごとにxCのxの部分が増える。
例)
フランス、ドイツ、イギリス、イタリアなら無印(1c)
フランス、ドイツ、イギリス、アメリカなら2c
フランス、ドイツ、アメリカ、オーストラリアなら3c
フランス、日本、アメリカ、オーストラリアなら4c

僕は確認してないけど、この場合の大陸(エリア)区分は欧州視点。ヨーロッパ、アジア(トルコ以東?)、南北アメリカ、オセアニア、アフリカっぽい。

こんなものは一回しか狙えないだろうと、これを知ってからずっとISR 1200-4cを目指していた(認定を得ている人もほとんどが1200だけで構成している)。GRR、PBP、北海道でみっつまでは済んだのだけど、その後はCascade(北米)行ったり、オーストラリアのSMAを失敗したりで遠回り。SMAはトラウマになるくらい過酷。かつオーストラリアでは中堅難易度と言われて”無理”とも思ったけど、去年秋のPAPでなんとかケリをつけることができた。

申請方法はAudaxUKのサイトに。本来は事前にISR用ブルベカードを送ってもらうのだけど、すべてが終わった後でもOK。

Mad Dog Drag ブレーキを取り付けてみた

 自転車用のブレーキと言えば、ドラムブレーキがあげられるわけだけど、生産大手のアライがその製造をやめてしまったので困っている方も多いだろう。アライのドラムブレーキと言えば、超長距離自転車冒険旅行においてその超重量を支えるため、あるいはタンデム自転車で使われることが多いものだったからだ。製品の寿命、耐久性は非常にすばらしく、10万キロくらいではシューの交換さえ必要ないとも言われるが、もしもの故障、あるいは新造自転車に利用できないということで、世界中のサイクリストから不安の声が上がっていたのだ。

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※アライのドラムブレーキ。ずっしり。

 そんな中「アライのドラムブレーキの互換品を作る」という有志が現れた。それから数年、なかなか進捗のほどを聞くことは無かったのだけど、ついにMad dog drag brake(http://maddogdrag.com/)として世に出た。故あって、それを入手したので全世界数千万のタンデムバイクオーナーのためにレポートを記しておこうと思う。それと重旅行車オーナーの方々のために。

 まず、アライのドラムブレーキについて触れておこう。
 タンデムなどの重量車は下りにおいて速度が上がりやすく、減速は難しい。これはグラビティの問題であり、車両の問題ではない。問題というより特性と言うべきだった。映画”インターステラー”にあるように、重力は時空間を越えて伝わり、絆もまたそうであるので、タンデムはグラビティパワーを存分に使うことが出来るのだ。

 下りにおいて最大の問題は、その速度を殺すために発生する熱量だ。きちんと放熱を考えながら運用すればよいのだけど、なかなか常にそうはいかない。あまりにリムが加熱されるとタイヤチューブ内の空気が膨張し破裂することもある。ときに、それはリムを破壊することさえあるという。
 そこで、減速をしつつも、熱量によって破損を招かない装置としてドラッグブレーキ、つまり引きずるブレーキが用意された。これは、たとえばパラシュート(飛行機で言うドラッグシュート)でもいいのだけど、ダウンヒルごとにパラシュートを回収したたむのは大変だ。それでドラムブレーキがよく使われるようになった。自動車で言えば、ハンドブレーキを引きっぱなしにするようなものだ。
 これによって、長く急な下り坂でも、速度を事前に殺し、安全な走行を可能とする。スゴイね。

 ながらくこのドラッグブレーキとしてはアライの製品が用いられ、フレームでもこのブレーキ対応のダボが設けられ、ハブもそのためのネジが切られている。フレーム側ではアライドラムブレーキコンパティブルかどうか、ハブではスレッド(ネジ山)が切ってあるかどうかでドラムブレーキレディかどうかを判別できる。
 Mad dogブレーキは、このアライ規格に準拠するものだ。

 これは、アライのブレーキ。重量が2kg以上もあり非常に重い。熱容量の確保と放熱板が重みを増している。競技用のタンデムロードは、一般的なロードバイクと同様の装備であるので、このような重量物を用いない。また、そのため軽量化されたものも存在しない。このブレーキはもとは一般車向けに作られたのだと思われるが、そういった用途も現在はバンドブレーキなどに代わったため、金型劣化に従って生産終了となったのだろう。
 今では海外のオークションサイトなどでたまに入手できるくらい。ただ、日本各地の観光地のタンデムレンタサイクルに装着されていることがある。ブリヂストンのタンデム自転車が採用していたからで、廃棄車を入手するなどすれば、オークションサイトで少し稼げる・・・かな。

 Mad dogブレーキは、放熱板を廃するなどによって重量を1kg程度にしている。シューなどはアライ互換のようだ。取り付けてみよう。

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※ベースプレートを取り付けた状態。後に説明するが、ベースプレートとハブシャフトスリーブの間にワッシャーを挟んでブレーキカバーとの位置調整をしている。

 まずはベースプレートをハブにとりつける。ねじ込むだけでOK。その後はこんな感じ。

↑内側
ハブ
ベースプレート
ハブシャフトスリーブA
ブレーキカバー
ハブシャフトスリーブB
↓外側

DSC01116.jpg
※ブレーキカバー。というかブレーキ本体。レバーがワイヤで引かれると、内側の半円形のブレーキシューが左右に拡大してベースプレート外径に押し付けられて制動する仕組み。こんなん読むより実際に見れば一目で分かる。

 今回利用したWhite Industryのタンデムハブでは、それがスレッドを切ってあるモデルであっても現在はハブシャフトスリーブが一体化されてしまっていて、ドラムブレーキの取り付けが出来ない。その旨を先方に申し出て、WI社の社内に転がっていた三分割のハブシャフトスリーブを送ってもらった。三分割の真ん中部分を抜いて、そこにブレーキカバーを挟むようにして取り付けるわけ。もしこのブレーキを使うために新造するときは、事前に伝えておくようにした方が良い。もしかしたら、もう無いかもしれない。

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※カバーの表側。

ブレーキカバーと書いたが、こちらが本体とも言える。裏側にはシューなどを動作させる機構、表側にはフレームとの取り付けアームと、ワイヤーで引く動作アーム。フレームとの取り付けアームだが、フレームとブレーキの位置は規格化されていないので、あわないときは「慎重にアームをまげて動作するようとりつけろ」とのこと。精度? なにそれ? ヤンナルネ。

 シャフトが通る穴にはシムがはめ込まれていて、複数の規格に対応する(規格があるか判然としないし、二種類しか対応できないけど)。この写真ではすでに取り外したあとだ。これはただはめ込まれているだけなので、おしこめば外れる。ブレーキカバーとベースプレートとの隙間はシャフトにワッシャーを噛まして調整する。ただまあ、フレーム合わせの割合が多分にあるので、どのような状況にあっても異音を無くすというのは難しいだろう。そこまで規格がしっかりしていない。多少シャリシャリと音がしても、気にしない胆力が必要。

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※手にしているのがハブシャフトスリーブ。三分割されたもっとも外側の部分。真ん中の部分はブレーキを挟む空間になるので、ドラムブレーキ使用時には使用しない。これはWhite Industryのハブの場合なので、他のハブだと違うやり方かもしれない。たとえばWI社のスリーブはネジで固定されるが、DT Swiss社の古いタンデム用ハブでははめるだけ、など。

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※取り付けた状態。結構、高級感がある。

 自転車用ドラムブレーキの仕組み、取り付けに関してはネット上に情報が皆無に等しい。だいたい1990年以前の物事の情報はネットでは見つかりにくいのだ。Mad Dogブレーキを取り付けてる英語のサイトもみつけたが、どうもワッシャーによる隙間の調整を間違っているか、ハブシャフトスリーブの形状上、どうにもならないのか、微妙な感じになっていた。なので、このだらだら書いた読みにくい文章がMad Dogブレーキの唯一のレポートとなるらしい。

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※最終的にはこんな感じ。ワイヤーはちゃんとクイックリリース可能。アライのドラムではクイックリリース用の部品はサードパーティが作っていたようで入手できるかどうか不明。Tandem's Eastに在庫見たような気がする程度。アライに比べるとずいぶんコンパクトに見える。放熱板がないだけだけで随分変わるものだ。

 質感はいいし、重量がほぼ半減するのはとても魅力。旧来のタンデムバイクをモディファイするには悪くない選択だ。もっともドラムブレーキは10万km使ってもシューの交換さえ必要ないというくらい耐久性があるので交換する機会があるのか微妙。また新造する場合にはほぼディスクブレーキになってしまうだろう。
 それでもなお、新しいドラムブレーキを使いたいという方にとってはMad Dogブレーキは最高の選択となるだろう。

シドニー!!!!?

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 さて、1200kmの一方通行のブルベコースともなれば、スタートへどうやって戻るかというのもひとつの問題になる。もちろん日本からシドニーへ飛び、帰りはメルボルンから飛ぶことにすれば問題ないわけだ。けれど、僕はシドニーのホテルへ荷物をおいてきていたし観光もしたかったので、メルボルンから”自転車以外”の方法で帰ることにした。鉄道だ。オーストラリアの長距離列車XPTのシドニー-メルボルン路線(カントリーリンク線)。しかも寝台列車。

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※メルボルン駅。世界的に有名な建築らしい。そして、これは近郊路線。

 メルボルンの駅は有名な建築物のひとつ。広大な波打つ天井が空高くに張られ、その下に多くのホームが並んでいる。その一番はじがXPTのホーム。一日二便が朝晩に出発し、約12時間をかけて両都市を結ぶ。日中を走る昼行便は、ずーっとひたすら荒野を眺め、夜行はひたすら真っ暗な荒野を眺めることができる。なんというか景色的には微妙な路線だが、旅客鉄道としては2011年のPBP後に乗ったパリ-ベニス便の100倍はコンフォータブルであった。

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※ドアの横に荷室っぽいのがあったので自転車などをしまった。右下にあるホイールバッグと灰色のケースがそれ。なお、輪行袋不可。段ボール化。

 車両は1970年代にイギリスで製造されたもの。まだ樹脂よりも金属が幅を効かせていた時代。ステンレスの御殿のような趣がある。なお、自転車を持ち込むには箱(段ボール可)が必要。輪行袋でさえNGとされてしまうので注意。箱がないときは駅で買えるんじゃ・・・ないかな? どうかな?

 車両は二等車、一等車、一等寝台車に別れる。これに食堂車がついている。食堂車というか、売店車か。ちょっとしたスナックなどを購入可能だ。僕らはせっかくなので一等寝台車に乗った。この車両は10個ほどの個室が備えられたもので、個室一つにつき日中便は三名、夜行便は二名が割り当てられる。二つの個室につきひとつのシャワーブース兼洗面所がついているが、これはもうステンレスの工作に溢れた部屋でちょっと圧巻。狭いシャワーブースに洗面ボウル、便座、シャワー台が必要なときにだけ展開するように誂えられている。

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※一等寝台。昼行モードは3人がけ。

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※一等席。二等とどう違うか不明。

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※食堂車・・・というか売店車。

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※ユニットシャワールーム。上段が洗面台、下段がトイレ。下ヒンジの引き出し式。流すときは「戻す」とその傾きで流れる仕組み。二つの向かい合った個室の間にひとつ設置。

 搭乗すると車掌さんがチケットの確認とお泊りセットを持ってきてくれる。これには軽食や飲み物なども含まれており大変オトク。また、このときに朝食のメニューなんかも聞いてくれる。メインはサンドウィッチだったけど、それにつう副食や飲み物なんかを選択できる。

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※一等寝台寝台モード

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※乗客用お泊りセット

 また、ベッドをしつらえてくれるのも車掌さんだ。すぐに寝台状態になってしまうので、座席に座れるのは発車待ちの間だけと思って良いくらい。発車してしまうちまもなく日が落ちてしまうので、シャワーをあびて寝るくらいしかすることがない。そして、目が覚めればもうシドニー間近だ。
 シドニーの駅は、こちらはクラシカルで味わいがある。料金も一泊分のホテル代を考えれば、そう高くはない。ゴージャスな列車ではないけど、ちょっとだけ変わった旅を気軽に楽しめるだろう。

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※シドニー駅!
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